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来訪者は突然に

とある休日。
アオイはいつもの如く、家の掃除をしていた。限らず、料理などの家事全般も、最近は彼女の仕事だ。

「姉様のためですもの」

と口癖のように言っている彼女だが、実際の理由はそれだけではない。万全なようでどこか抜けているスザクに任せていると、絶対にどこか失敗すると言う経験則からである。
ともあれそんな彼女は、締めくくりに自分の部屋の片づけを始めた。

(服はよし、衣替えも終わりましたわね。さて……)

最後に、引き出しの裏の隠し棚を開ける。そこにあるのは、スザク愛読の「幻想物語」の一つ、「Elysion~楽園~/ABYYS~奈落~」。テーマがテーマなので、現在恋路をひた走るスザクがこれを読むことに言いようのない不安を覚えたアオイは、これを隠したのである。幸いにしてスザクは、いつものドジでなくしたと思っている。
それでも一応、と確認のため棚を開け、

「え?」

硬直した。そこにあるはずの、11冊の本。それが、一冊もなかった。

「え……え? な、ない? ど、どうしてですの!?」

おかしい。確かに自分は、ここに第4シリーズを全て隠したはずだ。鍵こそなかったけれど、ここは引き出しの裏。よほど注意して探さない限り、これには気付かないはず。いや、そもそもなぜなくなっている?
混乱するアオイの頭を、


「―――探し物はこれかな、アオイ?」


部屋の入り口から聞こえた、聞き慣れた声が引っ叩いた。
ギ、ギ、ギ、と壊れたおもちゃのように振り返ったアオイが見たものは、


「す、スザク、姉様……」
「いかにも。さて、どういうことか説明してもらおうかな、『綾歌』?」


明らかに不機嫌な表情で、左手に紙袋を持ち、右手に1巻「エルの楽園-Side:E」を示す、姉の姿だった。





スザクが「Elysion~楽園~」を発見したのは、完全な偶然だった。買い物に出ていたアオイが帰宅する少し前、家に郵便が届いたことがきっかけだった。

一之瀬 ツバメ? ……ああ、ツバメ叔母さんか。アオイ当てか……』

『三鷹 かもめ』というペンネームで絵本作家をしている叔母からだった。母・琴音の双子の妹に当たる彼女は、両親を亡くしたアオイの育ての親だ。最近になって分かった話だが、こうしてたまに、近況を尋ねる手紙が来るのだ。

ともかく、アオイ当てなら当人の部屋に置いておくのが筋だろうと、スザクは妹の部屋に向かった。
とりあえず机の上に置いておこうと、歩み寄る―――のだが、

『! うわぁっ!?』

床の上に落ちていたビニール袋を踏んで盛大に滑り、前のめりに転んでしまったのだ。咄嗟に差し出した手が何かを掴んだものの、結局それごと床に転がってしまう。

『痛たたた……またやっちゃったよ』

ふと見ると、衝撃の走った右手が掴んでいたのは机の引き出しだった。中身が派手に散らばっている。

『あー……片付けないと』

とりあえず手紙を置き、中身を拾って引き出しに入れる。が、今度はその引き出しがなかなか入らない。
何度試行錯誤して、気付く。

『ぁ……枠が歪んじゃったのか、これ。直せるかな』

幸い大きなものではなかったため、力で何とかなった。が、歪みを直してふぅ、と一息ついたスザクは、転じようとした目線に何かを捉えた。無駄に高い視力が、引き出しのあるべき空間、その奥の暗がりにある不自然な部分に気付いた。

『……ん?』

壁であるべきそこに、取っ手の様な窪みが見て取れたのだ。引き戸のようになっているらしい。
アオイのプライベートな何かかも知れない、と一瞬思ったが、こんな分かりにくい所に置く意味がわからない。第一これでは、そこに何か隠してあるとしても、本人ですら簡単には取りだせないではないか。
―――待て。では、そこには何がある? 取りだすことを考えないようなこの扉の向こうには、何がある?

『…………ま、さか』

まさか。そう思いつつも、手を伸ばして扉を開け、手に触れたものを引っ張り出す。
窓から差し込む光を受けるそれは、仮面の男と何人かの少女が描かれた表紙。

『あぁっ!? これ、第4シリーズ!?』

叫ぶや否や、次から次へと棚から本を引っ張り出す。棚が空になった時、スザクの前には、なくしたはずの大4シリーズが全て揃っていた。

『……アオイが隠してたのか……でも、何で?』

確かに腹は立ったが、それよりも疑問が先に立った。なぜ、妹はこんなことをしたのか?
その当人が帰って来たのは、スザクが本を持って部屋に戻った、その直後のことだった。





そして、現在。

「申し訳ありません、姉様。心配になってしまって、つい……」
「いや、まぁ、気持ちはわかるけどな」

アオイから事情を聞いたスザクは、呆れとも慨嘆ともつかぬ表情で息をついた。

「自分の恋愛が色々と常識外れだっていうのはわかってる。けどな、アオイ。少なくとも」

言って、手に持った一冊――4巻「Baroque」を軽く振る。

「これよりは、真っ当な恋愛してるつもりだ」
「ど、どっちもどっちのような気がしますけど」
「いーや。僕もトキコも、事情を全部了解した上で選択したんだ。もしトキコにその気がなかったら、あの日即座に断られてた。違うか?」
「それは……はい」
「……心配してくれるのは嬉しいよ。だけど、な」


「人の本を勝手に持って行くのは、どうかと思うぞ?」


「……ごめんなさい」
「わかればよろしい。……ところで、アオイ。叔母さんの手紙、何て書いてあったんだ?」
「あ……まだ読んでませんわ。お待ちくださいまし」

持って来ていた手紙を開き、目を通すアオイ。すると、その目が「え?」と言わんばかりに見開かれた。

「ん、どうした?」
「そ、その……」

しばし逡巡し、アオイは言う。

「叔母様が、今日の午後1時16分21秒23242538、こちらに来ると」
「へ?」

と、間の抜けた声をスザクが返した瞬間だ。


「こんにちはー! 定刻通りにお邪魔しまーす!!」


―――玄関から、どこか母に似た、元気そのもののような声が響いた。


来訪者は突然に


(なくしたものが見つかった)
(心配も溝もなくなった)
(――作家が急にやって来た)

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最終更新:2011年06月20日 15:47