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『人間の血と妖怪の血』

「ほな、また来はってな」
「当たり前じゃろう、こんなに美味い和菓子は滅多にないからのう」
「あら、おおきに~」

いかせのごれで有名な和菓子店、風月堂
看板娘の咲埜子は、いつも通りに店の手伝いをしていた。

「…ふう」

疲労を感じた咲埜子は、一息ついて肩を軽く叩く。
その時、肩に誰かの手が置かれた。
咲埜子の母、九十九である。

「お母さん」
「ちょっと働き過ぎとちゃう? そろそろ休み」
「でも」
「店番なら私がやるから、な?」
「…分かった。じゃあお願いなー」

九十九と店番を交代し、咲埜子は奥に入っていった。
美しい花の絵が入った急須でお茶を注ぎ、それを一口飲む。

「…やっぱり、この急須で入れたほうが美味しいなあ。100年ものやし」

風月堂を経営している御影家は、この急須を大切に扱っている。
何故なら『九十九の元』だから。
九十九は普通の人間ではない。
つまり人ではないモノ―――妖怪なのだ。
彼女は『付喪神』という妖怪で、作られてから100年経った道具が妖怪化したもの。
そして彼女はこの急須の付喪神であるが故に、元である急須が壊れてしまえば、その瞬間に消える―――つまり死ぬのだ。
だから九十九は勿論、父と咲埜子もこの急須を壊さないようにしている。
そんな母を持つ咲埜子も当然、妖怪ではある。
しかし完全にそうだという訳でもない。
彼女の父である九十九の夫は、は妖怪ではなく人間。
そう、彼女は人間の血と妖怪の血を同時に引く、『半妖』という存在なのである。
人間でも妖怪でもない存在。
だが咲埜子は、自分の血について悩むことは無い。
職人気質な父、柔和な母。
咲埜子は二人を大切な家族だと思っている。
だからその事で思い悩んだり、疑問を抱くことはしなかった。

「あー、ちょっと疲れ取れてきたんかなあ…あ」

咲埜子は思い出したようにポケットから携帯を取り出し、スケジュール機能のカレンダーを見る。

「あかん! 今日は警備の日やないの! 急がな!」
「その必要は無いで」

のれんをくぐり、九十九が部屋に入って来て言った。

「でも行かな」
アキヒロはんから代わりの人にやらせるから、今日は行かんでいいって言うてたから」
「え?」

目の前に座った九十九の言葉に、目を丸くする咲埜子。

「ほら、昨日、百物語組カイムはんが来なはったやろ? 最近、妖怪ばかり狙う人がおる言うてたし」
「でも…お母さん。うちはいかせのごれの平和を守る、警備係の役目を受けとるんや。ちゃんと役目を果たさな」
「咲埜子」

九十九が強く言う。

「カイムはんが言ってた事、忘れたん? その人は人間じゃない人に容赦がないって」
「そんな、出かけてすぐ狙われる訳でもないやろ?」

笑顔を浮かべ、咲埜子は「それに」と続ける。

「うちには、『人間の血』が流れとうから大丈夫や」
「確かに、あんたには『人間の血』が流れてる。けどな」

一つ間を置いて言った九十九の言葉に、咲埜子は目を伏せた。

「私の血…付喪神という、『妖怪の血』も流れてるんよ」
「……」
「相手は人じゃかなったら襲う…いくら人間の血が流れていても、妖怪の血も流れていとうたら、狙われてまう」

九十九は咲埜子の手を優しく握る。
その時、九十九の体が一瞬光った。
光が消えた時には、肩ぐらいの長さの黒の髪が、簪をつけた、床につくほど長い抹茶色の髪になり、模様がない薄紫の小袖は袂のついた、急須と同じ花柄模様の白い着物へと変わっていた。
そして瞳の色は、人間のものとはかけ離れた様な抹茶色になっている

肌も人間とは思えないほどに白い。
この姿こそ、妖怪としての九十九―――『急須の付喪神』である。

「普段は人に変化しとるけど、これが私の本当の姿…妖怪としての姿なんよ。あんたも見たことあるやろ?」
「うん」
「この妖怪としての私の血が、あんたにも流れてるんや。人間の血だけじゃなくてな…」
「うん…」
「あんたは、あの人と私の大事な娘。失のうたないんよ。分かっておくれな…」
「お母さん…」

沈黙が流れる。
それを咲埜子が破った。






「…お母さんの気持ちはよう分かる。でも、今までに何人かの妖怪さんが襲われたんやろ? 同じ妖怪の血を持つ者としてその人達を見捨てとうない」
「咲埜子…」
「悔しいけど、うちには戦う力がない。だからせめて警備係としてうちが出来ることをしなきゃ駄目なんよ。うちにはそれしか、出来ひんから…」

だがそれを聞いた九十九は、咲埜子の言葉を否定する様に首を横に振った。

「そんな事はない。それ以外にも、あんたに出来ることはある」
「え…?」
「…あんたが生まれた時、あの人が言うたんよ。『この子はきっと、人間と妖怪の未来の象徴なんや』って」
「うちが…象徴?」
「そう。人間と妖怪が、手を取り合って笑い合える…そんな未来のな」
「手を…取り合って…」
「あの人も、私も信じとる。あんたが、人間の世界と妖怪の世界の架け橋になれるって」
「…なれる、かな」
「自信を持ち。あんたなら絶対…いや、あんたしかおれへん」
「……やってみるわ。うちにしか出来ひんのやろ? …必ず、人間と妖怪が仲良くなれる様に頑張る」

咲埜子の答えに、九十九は満足そうに微笑んだ。

「さ、仕事の続きしよか」
「うちも手伝うわ」
「もう休まんでいいん?」
「うん。これも『うちらにしか出来ひん事』やろ? お父さんが和菓子を作って、お母さんが仕上げをして、うちが店番する…『美味しい和菓子で人を幸せ』にする。うちらやから出来ることや」
「…確かにそやな。ほな、私らにしか出来ひん事をやろうか」
「うん」

人間と妖怪―――二つの血が流れている咲埜子。
彼女が人間と妖怪が共にいる未来を作れるのは、いつなのか。

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最終更新:2011年06月25日 23:02