「……」
マナが寝入ったのを見て、ランカはその隣に滑り込み、窓からちらりと空を見上げる。
星が輝いていたはずなのに、今はすっかり曇っている。そういえば、明日は雨だっただろうか。
「――――」
ふと、思い出す。
(そういえば、あの人に会ったのもこんな日だったかな)
それは、まだ彼女が幼かった頃。
アズールを拾って帰った、その日のことだった。
『?』
傷ついたアズールを抱えていたランカは、家へと走る最中に曲がり角からふらりと現れた怪人と遭遇した。
黒い短髪に赤のシルクハット、血色の目をした不気味な人物。
その男は、ランカを見降ろすと言った。
『お嬢さん。赤い色と青い色、貴方はどちらが好きですか?』
『?』
質問の意味は、その時のランカにはわからなかった。ただわかったのは、父親と
同じように、その男の中に確たるものがないこと。だから、口をついて出たのは問いへの答えではなく、こんな言葉だった。
『おじちゃん、どうしてこまってるの?』
『!?』
語彙の少ない幼子には、そんな表現しか出来なかった。しかし、それは知らず、男の弱さを突いていた。のみならず男は驚いていた。この少女は、なぜ「選択をしない」事が出来るのか。この力を受けて、なお。
『どうして、そんなにめがきょろきょろしてるの?』
アカネからの教えにより、ランカは「話をするときは相手の目を見ること」と言い含められていた。だから、視線を合わせようとしないこの男が気になった。
『そ、それは』
『じしんが、ないの?』
こうも言われていた。「目を合わせない人は、自分に自信がないか、人に言えない秘密があるか、どっちかなのよ」とも。
『わるいこと、したの?』
『………』
『ねえ、どうしたの?』
繰り返されるランカの問いに、男は答えることなく、
『………っ』
『あっ……』
マントを翻して、駆け去ってしまった。
『……あっ、はやくかえらないと』
傷ついた狐を抱え、幼いランカは家路を急いだ。
以来なんどか、ランカはその男と顔を合わせる機会があった。多くを語ることはなかったものの、不思議と親近感があった。だが、もっと話をしようと決意した矢先にスザクとゲンブを見つけ、同時期に体調が悪化。外出が出来なくなったうえ程なくして入院してしまったため、それ以来その男とは一度も会っていない。
(結局どこの誰だったのかなぁ、あの人……)
思い出は危機一髪?
(記憶に残るその人は)
(家族の一人の――――)
なお。
ランカは本を読んで「怪人赤マント」や「A」のことを知っていたが、その男と結びつくことはついぞなかったという。
最終更新:2011年07月29日 19:48