「…あそこだね、この前あのシナリオライターが言っていたのは。」
黒ずくめの男は、遠くのビルから一つの家を目隠し越しに眺めていた。
「『僕の妹(ボク)』も能力に目覚めたようだし、僕も遅れられないからね、早速…。」
彼は柵に足をかけ、抵抗なくそのまま飛び降りた。
「…はぁ、これじゃ虱潰しに捜しても意味ないだろうなぁ…。」
赤ずくめの男は、未だ探し人の噂すら聞くことができなかった。
「残り一時間。今日も無理だろうなぁ…。」
彼はそういい、近くのビルにもたれかかった。
赤の眼の前に降り立った黒。
偶然が重なり、二人ははち合わせてしまった…。
「…ん?あれあれ?」
黒い男…シンは着地するなり視界の端に映った赤いオーラの持ち主を見つけた。
赤い男…
エトレクは眼の前に現れた黒い人影の正体を把握するのに時間がかかった。
「…えっと…これは…;」
「…これはなんて幸運なんだろうね。こんなところに、人外がいるなんて。」
シンは興味深げにエトレクに近づく。
対するエトレクは状況をやっと把握し、後ずさった。
「…最悪だ、何でこのタイミングでこいつと逢っちゃうんだよ…!!orz」
(どうする、俺?このまま対峙するか、それとも逃げるか…?)
一回頭の中でそう思ったが、彼の答えはもう決まっていた。
「…逃げるに決まってんだろぉっ!!」
シンをおいて踵を返し、来た道を猛ダッシュで戻りだした。
「何で!何であんなはち合わせ方するんだよ俺!相変わらず運が悪いったりゃありゃしねぇ!」
叫ぶエトレクは既に涙眼である。しかも。
「そうかなぁ?僕はすごくラッキーだったと思うなぁ。」
「!?」
奴の方が足が速かったらしい。先回りされ、逃げ道をふさがれた。
「…さぁて、念のため確認するけど、君は妖怪なんだよね?」
「…っ;」
塀に追いつめられたエトレクはシンを見上げる。
「人外なら成敗しないとだね…。覚悟はできてる?」
ナイフを取り出しながらシンは、肯定できるわけがない言葉を吐いた。
「…っ、くく…。」
突然、エトレクが声を殺して笑い出した。シンは訝しげに彼を見下ろす。
エトレクは白い仮面を取り出した。吊りあがる口角と弧を描く目が彫られた仮面だ。
それをそっと付け、彼はシンを見上げた。
「…聞いたことないの哉、『怪人赤マント』の話を…?」
彼はおもむろに立ち上がると、シンの手を払いのけながら語りだした。
「夕方、陽が沈み始めたころ、子供が一人歩いていると、後ろから不気味な笑い声が聞こえる。」
シンはナイフを数本取り出すが、彼は気にしない。
「そして声は問う。『赤い色と青い色、貴方はどちらが好きですか?』その質問には絶対に答えてはならない。」
すっと、一本指が伸びた。
「赤い色と答えたものは、血まみれにして殺される。青い色と答えたものは、水に沈めて殺される――。」
その伸びた指は、真っすぐシンに向けられた。
「それでは君に問う哉。『赤い色と青い色、貴方はどちらが好きですか?』」
赤いオーラが、シンを襲った。エトレクの力『絶対選択』だ。
シンはその効果を悟り、口を開いた。
「…そうだね、今の話で大体把握したよ。だから、『どちらかを選ばなければならない』なら、答えようか。」
「僕が選ぶのは、「赤」だ。」
二つの刃が音高く交わった。
シンのナイフと対峙するのは、エトレクが何処からともなく取り出した巨大な鎌。
「…へぇ、やるねぇ。本気で僕を赤く染める気だ。」
「そうなる哉。おとなしくしていれば、直ぐに終わる。」
エトレクは間をとり、鎌を振り上げた。
(…なんか、大変なことになっちまった…;)
刃を交えながら仮面の奥でエトレクは冷や汗を流していた。
(あそこで調子に乗るんじゃなかった。逃げられないなら戦うまでなのは分かってたけど、俺、そんなに強くないんだよ…orz)
仮面のおかげで後悔の念が表情から気取られないのは幸いか。
(いっそ「青」を選んでくれれば一発で行けたのに…っ;)
「…あれれ?まさか、違うこと考えてないよね?」
シンのナイフが幾本も襲いかかって来た。咄嗟に鎌を回してナイフを弾く。
「まさか。そんなこと考えていたら此方が死ぬ。それよりも。」
一気に間を詰め、鎌を振り上げる。
シンはがそちらに気取られている間に、彼は開いている手を下に向けた。
「余裕ぶっていればそちらが死ぬ哉。」
手に現れたのは、もう一つの鎌。
草取り鎌と相違ないが、手元で扱うにはちょうど良かった。
エトレクはそれを下手でシンに向かって飛ばしたのだ。
「!」
反射的に反応したシンは鎌を弾くが、掌を僅かに切った。
「時間はあまりかけられない哉!」
エトレクは一気にたたみかけた。
弾かれた鎌を拾い上げ、2つの刃でシンの首を挟みこんだ。
つとも動かせば赤い液体が流れ落ちる位置で、刃先は止められる。
「「…。」」
その状態のまま、暫くの沈黙が続いた。
が、不意に声を殺して笑い出した。
驚き、相手を見る。
と、突然鳩尾に鋭い痛みが襲いかかった。
見ると、鳩尾に突き刺さる凶器。
武器を落とし、力なく膝をついて倒れ込んだ。
地面に伏したその人は、
――赤い姿をしていた。
「う…嘘だ、どうして…。」
枯れた声でエトレクは言う。シンは不気味に笑った。
「油断したね。あのくらいで、僕が君をあきらめるわけがないだろう?」
放たれるナイフが赤いマントを埋めていく。
最早エトレクに動く体力など残っていなかった。
「それじゃあね、人外君。君は僕にたてつくにはあまりに弱すぎたようだね。」
シンはナイフを抜き取り、夕陽の沈んだ空に溶けて行った。
残されたエトレクは、かすむ視界で夜空を見上げた。
(…甘かったな。まさか、こんな所で死ぬなんて…。)
(最期にもう一度だけ、「あの子」に会いたかったなぁ…。)
彼はそう思いながら、静かに目を――閉じた。
最終更新:2011年07月30日 04:34