2年2組の教室。
何やら
朱鷺子がご機嫌に机を眺めている。
傍観者である神江裏 灰音はその理由はもう知ってるけど、朱鷺子の答えを聞いてみたくて、何となくこう質問してみた。
<何をしてるのかな? 朱鷺子>
「あ、灰音ちゃん!」
<いかにも楽しいって表情だね>
「あのね、今
エドワードくんとゲームやってて、当てたらチョコケーキもらえるの!」
<ふーん…朱鷺子>
「何?」
<もし、そのチョコレートケーキの為に幾つかの命が犠牲になったら、それでも食べれるかな?>
するとにっこり笑って、朱鷺子は言った。
「うん、食べるよ」
へえ、「食べれる」ではなく「食べる」か。
中々面白い返答だね。
まあ、この純粋で貪欲な狂信者に、命の価値などあまり意味は成さないか。
聞きたいだけ聞いた神江裏 灰音は、屋上へ向かった。
どこにでも現れてはどこかへと姿を消すドリーマー。
今はどこで他人を困らせているのやら。
<…確かに、鳳凰の印に見えるよ。吸血鬼に狂信者>
命から漏れだした、13の赤い水。
それらの起点を繋げれば、一部だけだがここからでも鳳凰の印が見えてくる。
始まりは、吸血鬼からの龍の救世主に対する『試験』。
だが救世主は不吉に思いながらも、気付けなかったようだ。
『試験』に合格出来なかった彼は、吸血鬼にその正義感を益々否定されてしまった。
でも―――。
<やっぱり、神江裏 灰音には分からないな>
正義とは? 悪とは? 必ず必要か? 不要か? 存在の理由は? いつからある? どちらが有利?
いくつもいくつも出てくる疑問。
でも解決する事は無い。
神江裏 灰音は傍観者だから。
傍観者にそれを理解する必要など無い。
逆に他人は己の価値観の元に、正義と悪を理解する。
神江裏 灰音には全く分からない。
でもそれこそが、『人間らしい』という事なのだろう。
<…人間らしいといえば>
神江裏 灰音の脳裏に、火波 スザクとは違う雪色の髪と青い目を持つ、火波 アオイの顔が浮かんだ。
表情は、怒り。
神江裏 灰音を見た途端、その人は怒りを顕わにした。
神江裏 灰音は何故怒ったのかよく分からないけど、もしかしたら神江裏 灰音の態が―――『人間らしくない』のが嫌悪に感じたんだろうね。
神江裏 灰音は”わたし”が嫌いで嫌いでしょうがなかった。
愚かしいほどにカスな”わたし”が憎くて、恨めしくて、大嫌いで。
だから神江裏 灰音は”わたし”を殺して闇という闇の底に沈めた。
その時からあの憎い優しさは消え失せ、中立で平等で孤立で普通の傍観者になった。
そうすると、あの優しさは”わたし”という『人間らしさ』そのものだったのかもしれない。
他人は、それぞれの『人間らしさ』を持っている。
きっと”わたし”の優しさはそれに当てはまるんだろう。
現に”わたし”を殺してからは、神江裏 灰音から『人間らしさ』が消えたのだから。
<もしかしたら神江裏 灰音は、本当は『人間らしさ』というものを…否定していたのかもしれないね>
”わたし”という人間らしさを。
愚劣な優しさで構成された、人間らしさを。
正義と悪の間に引かれた境界線に怯えるくらいなら、それを無視した下らない優しさを振り撒くなら。
そんな『人間らしさ』はいらない、カスでしかないと思っていたんだろう。
だから殺して捨てたんだ。
『人間らしく』ある事を否定して。
傍観者になって。
全てを中立の立場から平等に見てきて。
”わたし”は―――神江裏 灰音は。
<自分の人間らしさ=カスな”わたし”>
そう、思っていた。
……かもしれない。
最終更新:2011年09月07日 18:38