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強者の強者による強者のための現実論

「……ふん」
「お疲れ様です、クロウ

鈴子と別れてしばらく後、クロウは別件で来ていたゼアと話していた。場所はロゼの経営するバー。ホウオウも時折足を運ぶという、グループの情報交換拠点だ。

「………」

肝心のロゼはさっきから無言。ゼアの話ではさっきロゼと自分も似たような暴言を喰らったらしく、そのためだとか。もっともゼアの方は「まあ、そうかもしれませんね」と軽く受け流して歯牙にもかけなかったのだが、ロゼの方はどうもトラウマを直撃されたらしく、クロウが来る少し前まで奥にいたという。

「悪意があるのか、ないのか……」
「あるんだろう。『強い』と見た人間に対しては、な」

最文 鈴子。自らを「弱者」と定義し、全ての「強者」に等しき憎悪と侮蔑を向ける、グループ唯一の異常才能保持者。「敗北しない」というチートじみたその「才能」は、生死の理さえ捻じ曲げる凄まじいものだ。

「何でまた、ああも強者が嫌いなんですかね」
「俺の知ったことじゃない。それに―――」


「奴の理想は、地獄でしかない」


地獄。不意にクロウが口走ったその言葉に、ロゼが顔を上げ、ゼアが振り向く。

「……それは、どういう?」

からん、と氷がグラスの中で鳴る。

「人類全てが弱者となれば、全てが平等となる……そう言っていた」
「確かに、常々そう言っていますね」
「だがな、ゼア。弱者……『弱さ』にも程度がある。全てが全て、同じように弱くはならん。奴にも言ったが、個性から来る差はどうしてもある。それに、平均化したところで、絶対に突出する奴がいる」
「まあ……確かに」

淡々と語るクロウに、ゼアは曖昧な返事で応じる。
しかし、次に彼が語った言葉に、瞠目した。

「……『愚者の楽園』という言葉を知っているか?」
「? いえ、知りませんが」
「今、自分は地獄のような場所にいるのかもしれない。にも拘わらず、己を盲信的に幸福だと思いこむ。そういう状況のことだ」
「彼女の言う理想が、それだと?」
「奴の言う『弱者だけの世界』を作る場合、『概念も、地位も、社会性も、全てを底辺まで落とす』ことが必要になる。確かにそうすれば、能力の差も、社会的な差もなくなるだろう」

ようやくゼアにも、ロゼにも、クロウが何を言わんとしているのかが分かって来た。
それは、


「だが……その先には、何もない。弱者だけの世界に生きる者たちは、己のことしか考えない。他人を守る余裕がない。差し伸べられる手がない。それを持っているとすれば、相当な愚か者だ。己を守り、己を生かし、己を歩かせる。それだけだ。……それは、地獄だろう?」


弱者だけの世界。そこは、人らしさの負の面だけを露わにした、餓鬼が生きる世界だ。だからこそ、クロウは鈴子の理想を認めない。認めてしまえば、自分を捨てることになる。何もなかったどん底から死に物狂いで這い上がり、「強くなった」自分自身を。

「……もう一つ。関係あるかわからんが」
「何です?」
「『エリュシオン』……知っているか?」
「楽園、のことですね」
「ああ。ギリシャ神話において、死後に善人だと認められたものが移り住む世界だ。……ただし、あるのは『アビス』、地獄の真ん中だがな」

「ついでに言えば、『エリート』の語原でもある」



バーを出たクロウは、その刹那、

「!」

視界の端に、黒い影を見た。さっき鈴子と話した方に向かったように見えた、あれは……。

「……最優先抹殺対象」

ついこの間自分が知らせたばかりの、あの男。常に泰然自若とし、不測の事態にも全く動揺しない黒ずくめのストーリーテラー。

「敗北しない」弱者と、「壊れない」道化師。

「…………」

クロウはしばらくその方角を見た後、おもむろにバーの中へ引き返した。
バタン、と扉が閉まり、その前を車が走り抜けて行った。



強者の強者による強者のための現実論

(何もなかった)
(誰もいなかった)
(だから、強くなった)

(それを否定するのなら、一生そのままでいるがいい)

(弱い自分に、酔っているがいい)

(今は鴉を名乗る男の、偽らざる本音)

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最終更新:2011年09月07日 18:43