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十三番目が病院にいる訳

「………」

廃病院の地下、霊安室。遺体のないその部屋に、白いブラウスの少女がいた。
上半身だけが現れており、下半身……具体的に言うとふとももの中ほどから下は闇に溶け込むように消えている。

ミナ。「百物語組」に属する怪異、その13番目。それが彼女を表現する言葉だ。
彼女は「恐れを映す鏡」。各地の「心霊スポット」と呼ばれる場所に己を移し、そこに踏み入った他者の心象を自分自身に投影し、それを実際の現象として現す。
「疑心は暗鬼を生ず」……疑い、恐れる心を持てば、何もない闇にも鬼がいるように思える。それをそのまま現した怪異。


―――の、はずだった。


彼女に限らず「百物語組」は、「主」たる少女・秋山 春美が「実際にあった話」として語ることで現世に姿を現す。しかしミナの場合、語っている最中に何らかのアクシデントがあったらしく、半分ほどしか語られていない。そのため彼女の存在は、キリなどと比べて多分に概念的なものになってしまい、振るう力もまた半端。今の彼女は、意志を持った怪奇現象そのものでしかない。制御などほとんど効かず、また感情や心象の投影も不可能。唯一出来るのは恐怖の投影だけであり、おまけに自分がそれに共鳴してしまうという副作用つき。それに反応した防衛意識によって、周りで怪奇現象が頻発。少なからず被害者も出てしまっている。

「………」

だから彼女は、極力人を避けて過ごした。けれど、彼女が自由意志で動けるのは「心霊スポット」となっている場所とその周辺、あるいは春美のいる寺のみ。だから、逃げ回った挙句ミナはこの病院を選んだ。
この病院が廃棄された理由は経営トラブルが原因なのだが、関わった人脈が元で表ざたにはなっていない。そのためか憶測が憶測を呼び、今やいかせのごれどころか全国でも最恐クラスの心霊スポットとして名高く、「踏み入ってどうなるかはわからない。なぜなら、そこに踏み入った者は誰ひとり生きて帰っていないからだ」というありがたくない(ミナにとってはある意味ありがたい)噂までついて来ている。

そんな場所なら、迂闊に踏み入る人はいないだろう。そう考え、ミナは病院の奥、怪異である自分に親和性の高い霊安室に籠った。手術室とどちらにするか迷ったが、器具が置きっぱなしになっている上に出血の痕が残っており、怖すぎたためやめた(自分も怪異なのに、である)。

ただこんな場所だと、噂を聞いてなおやって来る人間がいた場合、その「噂」が現象として実体化したら死人が出てしまう。唯一の懸案はそれだったが、幸い何事もなく過ぎた。逢魔ヶ時は極力眠って過ごし、午前二時から十時頃にかけて動く。丑三つ時は「疑心暗鬼」にはある意味最適の時間帯なのだが、現状のミナにとっては、自分の力が影響を及ぼさない時間帯として息を抜ける数少ない時間だ。

そんな彼女に、この間訪問者があった。しかも二度。

一度目は、同じ「百物語組」の一人、「怪人赤マント」ことエトレク
春美に挨拶するために寺に出向き、急ぎ足で病院を目指していたミナに話しかけ、「今から言う場所に『繋いでおいて』くれ」と言われた。戻ってからわけもわからずそうすると、女の子が襲われているのが見えた。「引きずり込む白い手」で捕まえていた者をこちらに引き込もうとしたが、振りほどかれて失敗。ただ、あの後どうにか収拾されたと聞いて、ほっと一安心した。

二度目は、つい昨日訪れた双子(だと思う)の少女。
妹の方が酷く怖がっていたため、それを思い切り投影して怪奇現象を久々に連発してしまった。幸いな事に姉の方が途中で立ち直ってくれたため、こちらのパニックもそれで静まった。結果として、最悪の事態にはならずに済んだ。
帰り際に「ヤマブキ」と呼ばれていた子がくれた、千代紙で折られた花。
春美や仲間以外で、初めて誰かに優しくされた証の、大切なものだ。

「………」

思い出すと、自然に笑みがこぼれた。その心の動きに対応するかのように、廃病院の中が心なしか明るくなったように思えた。感覚の鋭い人が、今ここにいたらわかったはずだ。

「ここには、何もなく、誰もいない」と。

世間で噂されているような幽霊や怨霊は、ここにはいない。ここは、ただの古ぼけた建物。それがわかったはずだ。

「よかった……」

なぜそう言ったのか、本人にもわからない。けれど、何となく、そう思った。
と、だ。

「!?」

入口の方から誰かの気配がした。馬鹿な。そんなはずはない。
例の双子が帰った後、誰かがうっかり立ち入らないように入口は念入りに閉めたはずだ。
なのに、誰かがこちらに近づいて来る、その気配だけがある。足音も、風を切る音もなく、ただ気配だけが近づいて来る。それを現す言葉を、ミナは一つだけ知っていた。

「ゆ、幽霊……!?」

途端に恐怖が込み上げて来た。……くどいようだが、ミナ自身も怪異である。
霊安室の扉は開いたままだが、閉めに行く事が出来なかった。もし、その「誰か」と鉢合わせたら、正気を保っている自信がない。それくらい、今彼女は怯えていた。
気配はどんどん近づいて来て、霊安室の直前まで到達している。

「――――ッ!!」

恐怖に耐えきれず、叫びが迸ろうとした所に、


「あ、やっぱりここにいたのね」


聞きなれた声が届き、恐怖が霧散してなくなった。

「……琴音、さん?」
「ええ、私よ」

入口からひょこっと顔をのぞかせたのは、しばらく前から寺にいる精神体の女性。
山吹色の髪と、二児の母とは思えぬ若い、というか幼い身体が特徴の彼女は、「火波 琴音」。ミナ達「百物語組」や春美とも顔なじみの、かなりフリーダムな女性だ。
確かに彼女であれば、扉が閉まっていようが壁が立ちはだかろうが関係ない。

「よ、よかったぁ……幽霊かと思っちゃいました」
「や、幽霊って言ったら私も似たようなものだけどね……というか、何度も言ったけど、ミナちゃんだって妖怪っていうか怪異でしょ?」
「それでも怖いものは怖いんですーっ。……ところで、琴音さんはどうしてここに?」
「いや、それがね……」

「ちょっと出かけたら、戻る道がわからなくなっちゃって」

がくっ、とコケた。

「ま、迷子になっちゃったんですか」
「有体に言えばそう言うこと。というわけでミナちゃん、お寺まで送ってくれない?」
「は、はあ……いいですよ。手を繋いでください」

ミナの力で、現状制御が出来るのが、基本となる「心霊スポットへの転移」だ。これには寺が含まれているため、琴音を連れてそこまで跳んでしまおう、ということだ。人外限定だが誰かを連れて行く事も出来る。

「では、行きます」
「ん、よろしく」

言うが早いか視界が歪み、戻った時そこは、春美や「百物語組」の仲間がいる寺だった。
が、今日はお客が一人。

「あら?」
「エトレクさん……と、どなたでしょうか?」

入口から入って来たばかりの二人組……エトレクと、それに伴われた墨色の髪の女性。
活発そうな服装をした彼女は、なぜか琴音とミナがいる方をじーっと見ている。

(見える、んでしょうか?)
(……かも知れないわね)

囁き合う二人は、「彼女」が誰か、まだ知らない。



十三番目が病院にいる訳

(傷つけるのも、傷つくのも嫌だった)
(だから、誰も来ない場所に逃げ込んだ)
(少なくとも、今まではそれでよかった)

(そんな彼女が取り持った、一つの邂逅)

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最終更新:2011年09月07日 18:54