「………」
夜の街を、
クロウは一人歩く。思い返すのは、グループに入る以前の自分。
―――元々、「彼」はさほどいい暮らしをしていたわけではない。
子供の時から、折り合いの悪い両親のあおりを受ける形で傷つけられて育った。だから、彼は親の愛情を知らない。
頑健な方ではなかった。だから、学校では陰湿なイジメを受けていた。漫画や小説でよくある、理不尽だけれども乾いたイジメは、現実には皆無だ。鋭く、残忍に、容赦なく、心をえぐって来る。
そんな日々が続き、いつしか諦観とともに過ごしていた、ある日。決定的な出来事が、起きた。
父が、人を殺した。
些細なトラブルが原因だった。問題は、被害者がその土地の有力者だったこと。
坂道を転がり落ちるように、ただでさえ悪かった状況がますます悪くなっていった。気付けば母も消え、「彼」の周りには誰もいなくなっていた。味方などいない。敵ですらない。悪意の第三者。それだけだった。
家もなく、家族もなく、友も仲間もない。たった一人、「彼」はどん底で生きて行かなければならなかった。
倫理観などと言うものは消え失せていた。殺人。強盗。窃盗。脅迫。誘拐。まるで悪魔に魂を売り渡すかのように、生きるために何にでも手を出した。信用させて近づき、利用するだけ利用して裏切る。これも、当たり前のことだった。他人の身を案じていては生きられない。生き延びたければ強くなれ。「彼」がいたのは、そう言う世界だった。
ゴミを漁り、泥水をすすったこともざらにあった。およそ人とは思えぬ日々を過ごしていた「彼」は、その内警察から追われるようになった。当然の成り行きだったが、「彼」は捕まる気はなかった。罪の意識を覚える余裕などなかったし、償ったところで行き場所はない。出会う全てを利用し、裏切り、手を組み、離反し、逃げて逃げ続けた。
逃避行の中、暴力団に関わって襲われたことがあった。銃撃を受けて死を意識した時、その軌道が不自然に曲がった。相手を返り討ちにして難を逃れ、なおも逃げ続けた。
その力を使いこなすのに、時間はいらなかった。生への執着が、時間をかけることを許さなかった。
何年経ったかもわからぬある時、いつもの如く襲った相手に返り討ちにされた。
スキュアロウ・バルカンチ……ある任務の帰りだったその男に、ボロボロにされたのだ。しかし、そいつは「彼」にトドメを刺さなかった。
瀕死の「彼」を引きずって戻った先……そこで「彼」は、
ホウオウと名乗る男から勧誘を受けた。
何と返事をしたかは覚えていない。だが、肯定だったのは確かだ。
「………」
意識が現在に戻る。
ホウオウグループに入ってからは、生活ががらりと変わった。一番大きな変化は、人を信用するリスクがなくなったということだった。仲間、という概念を初めて知った。今までの名前は捨てた。代わりに名乗った名が、「クロウ」。由来はない。目に付いた言葉を、そのまま名前にしただけだ。―――もしかすると、まるであの掃除屋のようだった生き方への、自嘲があったのかも知れない。
生物兵器の試作である女性と組んで、任務を行うようになった。彼女はUHラボの襲撃任務で姿を消し、以来それっきりだ。
あれから時が流れ、少年から青年になった。それでも、まだ心の中に空白がある。それが、クロウに安堵を与えない。万事から一歩引いたような立ち位置で、物を見ることを要求する。
「………」
だからと言って、別に困ってはいない。今までに比べれば恵まれている。それだけだ。
「………」
何となく夜空を見上げ、タバコをふかす。月明かりを眼鏡のレンズが通し、グループのマークを一瞬だけ映す。
全てから興味を失ったかのように、男は夜の街を往く。
「鴉」の足跡
(何もなかった)
(誰もいなかった)
(自分だけだった)
(生きるために、強くなった)
(何を言われようと知った事ではない)
(生きなければ、何も出来なかった)
最終更新:2011年09月07日 19:18