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『黒井さんと向井くん』

今日も黒井さんは人をみている
いかせのごれのはずれにある、さびれた駅の前
さて、今日は誰と遊べるかな

あれ、あそこに居るのは…
忙しなく行き来する人の波、その中でただひとり立ち尽くしている一人の青年
皆時間に追われている中で、彼だけが置いていかれているようだ
その違和感を気にする人はいない
…正確に言えば、彼に気付く人はいない
ああ、彼は浮遊霊だ

あの様子だと、自分が死んだ事に気付いてないタイプかな?
ぼんやりと考えながら、彼女は少しだけ気配を強くした

「お兄さん、お兄さん」

呼びかけに気付くのは、彼だけ
振り向いた彼は、思っていたよりも少し若いようで
高校生くらいかな?
目が合うと、黒井さんはにっこりとほほ笑んだ
彼の虚ろだった目は徐々に生気が宿り、驚きの色に染まる

そして、黒井さんが逃げて、青年が追いかける。いつもの鬼ごっこをした





「この辺でいいかな?」

彼女はぴょん、と跳ねて、着地点でつま先を起点にくるりと半回転
楽しげに青年へと向き直り、鬼ごっこの終わりを示し笑う
はっと我に返る青年
ここは、さびれたロッカールームだ
駅のものだろうか、でも、階段を使った覚えも扉をくぐった記憶もない

「あの、ここは…」
「私は黒井さん、ねえ、お兄さんの名前を教えてよ」

状況確認をしたかったのに名乗られて、半ば反射的に返事をする

「俺は……、向井、だけど」
「下の名前は?」
「ちょっと呼ばれたくない、てのは無し?」

困ったように、でも初めて笑顔を見せた彼
その様子に満足して、黒井さんは目を輝かせた

「向井くんだね。よろしく!」
「それで、えっと、黒井さんで良いのかな」
「そうだよー」
「ここはどこなのかな、どうしてここにいるんだろう」
「んー、その前に、向井くんは今の自分がどんな状態かわかる?」
「え、っと…」
「別に責めてる訳じゃないよ、何でもいいの」
「もしかして、死んでる?」
「ご名答。自覚はあった?」
「……正直言うと、まだ生きてるんじゃないかなって」
「そうだよねえ、向井くんはきっと浮遊霊なんだね」
「そっか、やっぱりなあ」
「向井くんみたいなひとは多いよ、特にこういう場所では」
「…黒井さんは、霊感とかあるひとなの?」
「その考え方面白いな、でもぶっぶー」
「黒井さんは、妖怪なんだよ」
「えっ」
「向井くんをここに呼んだのも私、付き合ってくれる?」
「何に?」

「向井くんとはね、ここでゲームをしてほしいの」
「ゲーム?」
「ルールは簡単、このロッカールームの中から赤ちゃんを探し出してもらいます!」
「制限時間以内に出来れば向井くんの勝ち、出来なければ黒井さんの勝ち」
「もし向井くんが勝てば、お願い事をなんでも叶えてあげる」
「……なんでも?」
「そう、なんでも」

明らかに彼の眼の色が変わる

「それじゃ制限時間は一分。よーい…」
「え、マジ?わっ」
「ドン!」

とたんに、赤子の泣き声が響く
探し始めるも、開く扉は全く見当外れな場所ばかり
藁にすがるように扉を開ける、開ける、開ける
刻々と時間が迫る中、一向に見つかる気配は無い

(これは、ちょおっと無理かな)

「10秒前ー、9、8…」

カウントダウンに肩を跳ねさせ、また扉を開く

「5、4、3、2」

こんな様子でゲームをする人ははじめてだ

「1」

「0」の合図と共に開けたその先に赤子は、いない

「はい、タイムアウト。残念だったね」

放心したように扉の向こう側を見つめた後、向井はがっくりとうなだれた

「そんなに頑張っちゃって、どうしたの?」
「……未練があるから」
「何に対して?」
「それ言ったら、黒井さんは俺の事軽蔑するだろうさ」

軽蔑?そんなことないかもしれないのに

「向井さんは、人間なのかなあ」
「え、どういう意味?」
「んーん?それより、向井さん負けちゃったから」
「あ、もしかして死んじゃう?」
「そんなことしないよー、ただ元の場所に戻るだけ」
「そっか」

「そんなに叶えたいなら、また遊びに来ると良いよ」
「会えるのか?」
「うん、いつもはいかせのごれ駅にいるから、待ってるよ」
「それじゃあ、またね」
「うん、ばいばい」

向井は光に包まれて、ロッカールームから姿を消した

「またね、か」

「黒井さんは、いつ死んじゃっても良い存在なのになあ」

ロッカールームは声をあちこちに反響させて、彼女にこだました

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最終更新:2011年09月07日 19:22