ランカと一緒に
アカノミと談笑していたスザク。彼女達のもとへゲンブが戻って来たのは、日が傾き始めてからのことだった。
「わ、もうこんな時間か?」
「4時か……どうする、そろそろ帰ろうか?」
ランカが後ろを振り向いて問うた相手は、妹分の
アズール(狐の姿になっている)を抱き上げている母・アカネ。彼女の性格からして、「そうね、日も落ちて来たし」と帰って来るかと思ったのだが、
「ゲンブさん達がまだよ。黙って帰るのは感心しないわね」
こんな答えが返って来た。
「……それも、そうだけど」
「家なら大丈夫よ。ちゃんと鍵をかけて来たし、シドウさんなら別の依頼で隣町よ」
「……フットワーク軽過ぎと違いますか?」
アズールの言う事ももっともだが、探偵たるものそうでなければ務まらない(曲解)。
そんなことを言っている内に、バイクの音が響く。
「……(渋い顔)」
轟音にアカノミが顔を顰める中、エンジンを止めて降り立ったのは、ニット帽にゴーグルという風体の男。
そして、その隣にはどうやって追いついたのかゲンブの姿がある。
「大さん、戻って来たよ」
「……ゲンブ、隣は?」
訝しげに問うスザクに、ゲンブはあっさりと答える。
「こいつが『アルマ』だ。別件で呼び出したところを出張してもらった」
「こっちも暇ってわけじゃない。手短に行くぞ」
言うと、アルマは呆気に取られる一同を無視して、一人端然と佇むアカネに話しかける。
「ゲンブさんの指示で、あなたの現状を解析することになった」
「解析……あぁ、星さんの所で言ってたのはあなたね」
事前に話が言っていただけにすっぱり納得したアカネは、「それで、どうするのかしら?」とアズールを降ろして言う。
「大体は実戦でデータを取るんだが、あなたは一般人だ。こちらからいくつか質問をする、それに応えてくれればいい」
「それでいいの?」
「十分だ。内容だけではない、言い回しや反応、挙動や視線の動き方。情報はいくらでも存在する」
言うと、間髪いれずアルマは質問を始めた。
「まず。特殊能力の存在を知っているか?」
「つい最近からは、ね」
「なるほど。ならば話が早い。……事前情報だと、あなたは結構前に死亡したはず。なぜここにいるのか、心当たりは?」
問われたアカネは、「そうね」と顎に手を当てて少し考え、言った。
「シドウさんの『目』を受けてから、ずーっと私の部屋と同じ空間の中にいたのよね……やっぱり、あの時一度死んだのかしら」
「
白波 シドウ氏か……」
アルマは既に、彼の能力に関しても解析を済ませていた。視認した対象の精神に「匣」の存在を仮定し、その中に能力を閉じ込めるイメージを直接叩きつけることで発動を封じる。そういう力だった。
「……では次の質問だ。あなたは現在血流がない状態にあるようだが、身体に違和感は?」
「別にないわね。それに、この間包丁で指先を切ったんだけど、ちゃんと血がでたわよ」
「ふむ……」
しばし黙考。ややあって、口を開く。
「では最後の質問だ。以前と今で、どこか変わったように感じるところは?」
「特には」
「………わかった」
質問を切り上げたアルマは、腕を組んで俯くと高速で思考を回転させ始めた。無駄に複雑な思考回路が、ものの数秒で答えを導きだす。
「……質問のついでに、視認解析をさせてもらった。結論から言うと、現状の彼女は人間だ。ただし、血液の代わりに生命のエネルギーというのか……それが身体を巡っている状態だ」
「生命力、ね」
「そうだ。あなた自身が元々持っていた力は、生命力を活性化する力のようだが……それがなくなっている。どうも、
夜波 マナのケースとは逆のパターンのようだ」
「マナの逆ってことは……」
「能力を取り込んじゃった、ってことですか?」
ランカの問いに、振り向きもせずアルマは頷く。
「そうなる。特殊能力の恩恵を、生命体としての機能へ再構成してあるようだ。ただ、これはシドウ氏の能力の暴走や本人のコンディション、能力への依存の度合いや精神力など、いくつかの要因が偶発的に、しかもほぼ同時に複合し、なおかつ7年というインターバルと『匣』という一種の隔離空間があったからこそ起こった、ある種の奇跡だ。恐らく、後にも先にもこの一度きりとなるだろう。一応本人のために記録は残すが、応用はまず効かんだろう」
「それじゃあ、どうして怪我をした時血が出たのかしら?」
「生命力が循環していても、血液や心臓、血管がなくなったわけではない。生命力が流れる中、混ざるようにして流れていると思われる。そして傷つけば、実体を持たないエネルギーの代わりに血液が流れ出す。これはある種当然だ」
アルマの物言いに若干渋い顔をするアカネだったが、次の瞬間には平静に戻り、
「そう……ありがとう。おかげでよくわかったわ」
と、礼を述べた。
「なら、俺はここまでだ。戻らせてもらう。……ではゲンブさん、失礼します」
「ああ」
一言だけ返したゲンブに礼をすると、アルマはバイクをふかして薄闇に消えて行った。
アカネの解析が終わった後、ゲンブがアースセイバーとして出した結論は現状維持だった。いくら珍しいケースとは言っても、現状のアカネは「元」能力者に過ぎない。一般人と変わらない以上、ウスワイヤで保護するのは至難。ならば、下手に掘り返して傷つくよりも、このままの方が誰のためにもなる。そう判断したゆえだった。
突然現れていきなり去って行ったアルマに、アカノミは目を瞬かせてぽかんとしていたが、ゲンブがそこに話しかける。
「アカノミ、呆然としている場合ではないぞ。
百物語組に名を連ねる以上、曲がりなりにもお前はアースセイバーだ。ならば、お前には奴のことを知っておく義務がある」
「は、はい」
「奴は、ある特殊任務を負って行動している。よって、その素性は俺と隊長だけが知っている」
ちなみにゲンブは、亜音も知っているということを未だに知らない。
「奴の力は解析能力だ。情報さえ揃えば、答えを確実に出してくれる。お前の叙事詩のような物言いや『浮世歌』にも、しっかりとした解釈を当てることが出来るだろう」
「つまり……万能の通訳、ですか?」
「そうとも言える。だが、俺が言えるのはここまでだ。これ以上知りたければ、本人から何とかして聞き出すことだ」
つまり、言外に「知る必要はない」と言っているのである。無論、それがわからないアカノミではない。
それには反応せず、ただ頭を下げる。
「わかりました」
「ならいい。……さて、大分遅くなったな。そろそろ帰るか、流也」
「『東』ならそこで寝てますよ」
言われて一同が見た先では、古木の根元でだらーっと寝転がっている流也の姿があった。
「行儀が悪いわねぇ……いい大人が」
「でも、『東』はああなったら当分起きないよ。多分、もうしばらくかかると思う」
一応は地理に通じる流也がああで、幹久朗もまだ戻らない以上、動くのは危険だった。
ならば、
「……仕方ない。もう少し話そうか」
「うん、綾ちゃん」
流也が目を覚まし、幹久朗が戻って来たのは、それから1時間程後のことだった。
なお、それまでの会話の一部。
「綾ちゃん、それは?」
「叔母さんの書き下ろし作品だよ。題して『黒い歴史を超えて』。『幻想物語』全シリーズのコミカライズ!!」
「おぉ、あのシリーズを漫画化したのか。……全てのシリーズの全ての話を絡めてあるのか」
「随分と無茶なことするわねぇ……あれ、世界観は一緒でも、時代背景とか随分違うでしょ?」
「第1シリーズをベースにして、時代ごとにそれぞれのシリーズの話を組み込んであるらしいですよ」
「……字はわからないけど、話は何となくわかるよ。これ、架空の歴史書って感じだね」
「そ、そうですか? うちにはさっぱり……」
「あはは、アズールにはちょっと難しかったかな?」
「それなら、今度僕とアオイできっちり教えてやるよ。まずは背景から……」
「あ、それなら僕にも教えてくれない?」
「ああ、いいとも。友達の頼みなら、断る理由は基本ないな」
「待て。基本か、スザク」
「基本さ。つまり、たまには例外もある。それが世の中さ」
「何をわかったようなことを……女学生の身分で」
「仕事第一の頭でっかちに言われたくないよ」
「何だと!?」
「何だよ!?」
「二人ともいい加減にしなさい。喧嘩をしに来たんじゃないでしょ」
「「……すみません、アカネさん」」
解析その三・こんなものだ
(彼女は「人」だった)
(しかし、見抜き損ねた一つ)
「……そういえば、お母さんって」
「?」
「学生時代、何かの大会で優勝したんだよね? 何だったの?」
「空手よ、空手。全国優勝したのよね、そういえば……懐かしいわ。みんな元気かしら」
(彼女は、強かった)
最終更新:2011年09月27日 10:44