スザク達が家路につき、幹久朗が姿を消した後、大木に戻った
アカノミの横に、女性の姿があった。
白いワンピースに帽子と靴、桜色の長い髪は夕風に揺れる。
背の高い彼女は、
サクヤ。このいかせのごれのどこかにある、桜の古木の精霊。
その彼女が、呟く。
『後はお願いしますって……具体的に何をすればいいのかしら?』
小首を傾げる彼女は、口を動かしていない。彼女の意志を伝えるのに、音などと言うものは無用の長物だ。
『にしても、この子が、ねぇ』
言って、アカノミを見上げる。彼女自身も、樹木としてのアカノミも、人の姿の印象以上に歳を食っているのだが、所作や声音にはそれは現れない。
さておき。実はサクヤ、アカノミと直に話すのはこれが初めてだったりする。
『とりあえずは自己紹介ね。私は咲耶(サクヤ)。桜の木の精、って言えばいいのかしら? あなたも聞かせてくれる?』
『僕? 僕はアカノミ。
百物語組の、80番目です』
『百……ああ、あれね。もしかして、この間街で暴れたのってあなた?』
『……まぁ、そうですけど』
『やっぱり……そんな気がしたのよ。あ、別に気にしなくていいわよ。単に知りたかっただけだから』
そう言って、サクヤはあっけらかんと笑った。
彼女らの話は長く続いた。これはその一部始終である。
『……それじゃ、ずーっと僕達を見てたんですか?』
『そ……15年前にこっちに来てから、ね。色んな人も、出来事も見たわ』
幹に寄りかかって言うサクヤの表情は、心なしか遠くを見ているように思われた。
『僕と、同じなんですね』
『んー……ちょっと違うわね。私は、元々桜の木だもの』
どこか自分を見透かされているような気がして、アカノミは少しこの女性が不気味になった。
しかし、そんなこころの動きも、桜の古木はお見通しのようで。
『年季が違うわよ、年季が』
『年季って……サクヤさん、樹齢何年なんですか?』
『100から先は数えてないわ。110辺りから面倒になっちゃって』
つまり、最低でも樹齢110年ということだ。アカノミとは確かに年季が違う。
ある意味の大先輩にアカノミが感心していると、サクヤは「そうだ」と顔を上げ、身体ごと向き直って言った。無論声には出さず。
『せっかくだから、あなたに「私」を見せてあげる』
『え?』
『ちょっと失礼』
言うと、サクヤはアカノミに寄り添うように、額を幹につける。そして、次の瞬間。
『!? う、わぁ………!』
アカノミの心の中に、その風景は広がっていた。
夜空……煌々と輝く満月の光のもと、枝を広げ、風に花弁が舞う、雄大にして壮大な、桜の大樹。
尋常でない年月を経ていることが、一目で見て取れた。だが、それを引いてもなお、優美さがいささかも損なわれない。心が、魂が、引き寄せられる。魅入られるというのは、まさにこんな感覚の事を言うのだろう。
その風景は僅かな間だったが、アカノミの心に強烈な印象となって焼きついた。
『見えた? あれが「私」よ』
『す、凄い、です……』
『そりゃあそうでしょ? なんたって、こうなるまで途方もない時間がかかったんだから。もう、何度戦争で焼かれそうになったか』
胸を張って鼻高々のサクヤ。が、その言いまわしにアカノミは「ん?」と疑問を覚えた。
樹齢があるのは確かだが、そんなに何度も戦争を見たのか?
『えぇ、と……ちなみに、昔はどうだったんですか?』
そして答えは、
『一番最初は苗木の頃だったわね……えぇと、えぇっと、尊が火計を返り討ちにした頃だから……』
『み、みこと?』
『日本武尊。知らない?』
で、あった。
『……ということはあれですか? サクヤさん、樹齢は2000年以上ということに……』
『…………2000年? そっか……もうそんなになるのか……』
何やら感慨深げに呟いた後、サクヤは身を離して言う。
『ま、今、ここでは関係ないわね。気にしないでちょーだい』
『は、はあ……』
スケールの違いに圧倒されるアカノミであった。
歴史を見て来た桜の木
(栄枯盛衰、会者定離)
(移り変わる世と共に、彼女は在った)
『……ところで、それなら何でそんな格好を?』
『趣味。流行には敏感なのよ、私は』
(――――それだけに順応も、早い)
最終更新:2011年09月27日 10:46