「……馬鹿な!?」
喫茶店にいた詠人は、その新聞記事を見て飛びあがらんばかりに仰天した。昨日川端で発見されたと言う、身元不明の黒ずくめの男の遺体。その顔のイラストは、彼が『紛い物』と同等に憎んで止まない、家族の仇だったからだ。
あり得ない、あり得ないことだった。あの男がどれだけしぶといかは、何度も交戦した自分自身が一番よくわかっている。それに、奴の能力もある。だが、
「姿と人格の貼り付け……あれは死ねば解けるはず。まさか、本当に……」
俄かには信じ難い事実を、詠人はしばし受け止めきれず、呆然としていた。
「……あり得ない」
同刻、別の場所。同じ記事を読んでいたマナもまた、そんな感想を抱いていた。男の死因は不明らしいが、外傷がもとらしい。それは、ヴァイスに限ってはまずあり得ない。痩躯に似合わず、やたら頑丈だった。ナイフの一突き程度では死なない。それは実証済みだった。にも関わらず、記事の男はあっさりと死んでいる。
(……何か、ある。私の知らない、何かが)
それを確信するや否や、その姿が背景に解けるようにして消える。新聞がぱさり、と床に落ちたその時には、彼女の存在はいかせのごれ全体に溶け込んでいた。
「アオイ、これ読んだか!?」
「え、ええ。まさか……」
火波家。新聞の三面記事に載っていたそのイラストに、姉妹は驚愕していた。
「あの男が……死んだのですね」
「だといいけど……」
「ええ。あの男、簡単に死ぬような存在には見えませんでした。……ですけど」
再び記事に目を落とすアオイ。そこには確かに、黒ずくめの男の死亡記事が載っていた。
「ここに物的証拠があるからなぁ……遺体っていう」
それがあったのでは、どう推論を並べても否定が出来ない。安心したような、不安な様な、もやもやしたものを抱えたまま、姉妹は記事を見つめる。
「あ、アカネさん、これは」
「…………」
「あの時の人……だよね」
白波邸。アカネの読んでいた新聞を後ろと膝の上から覗き込むランカと
アズールは、その記事にやはり、動揺していた。あの時、この家が襲われた時に姿を現した黒ずくめの男。その死亡記事だったのだから。
「死んでもうた……ようですな」
「……じゃあ、もうこの人とは会わずに済むのかな」
「……そうね」
どこか安心したような二人とは対照的に、アカネの表情は険しい。
(どうも突然過ぎる……シドウさんの話じゃ、目撃情報もろくにない相手だったのに……何で今頃?)
そして、そのシドウもまた。
「莫迦なッ!? 奴が死んだだと……そんなことが!?」
通行人が驚いて一瞬足を止める程の大音声で、叫んでいた。依頼の途中で見ていた新聞に、その記事が載っていたからだ。驚愕が覚めたあと、徐々に沸いて来たのは安堵、続いて疑念。
(……何故だ? 何故、不安が消えん……奴は死んだ。ここにそう書いてある。なのに、なぜ……)
某所。
「……しばらくは、これで大丈夫ですかね」
大方の予想通りに生きていたヴァイス=シュヴァルツは、目論見通り新聞に載った自身の死亡記事を見て、ふむ、と頷いた。
「何かとやりにくくなりましたし……替え玉作りも一先ずは中断としましょう。しばらくは、大人しく傍観に回りますかね。人外とあの2人は……まあ、当事者がどうにかするでしょう。
ホウオウグループも大きな動きはないようですし、あの兄妹もワタシを容易には見つけられない」
さて、と新聞を投げ捨てると、立ち上がってその場から離れる。
「……いかせのごれから消えるわけにもいきませんし、当分は一般人の中に雲隠れ、と行きましょうか。いい加減、動きづらくなって来ましたからね」
その男は、黒い服を纏っていない。その男は、義眼をつけていない。サングラスをかけている。
「義眼は惜しかったですが、替えが効かないわけでもないですし、しばらくは辛抱しましょうか」
その場所を出る。その時には既に、彼以外には誰もいなかった。
白き闇の雲隠れ
(逃げ隠れも、得意技の一つ)
(浮世の歌も、彼を容易に探せない)
「…………」
「雨里ちゃん? どーしたの?」
「……何でもありません、先生」
(この男が……あの施設の……)
最終更新:2011年10月13日 10:11