ノルンの様子がおかしくなってから、もう1週間がたつだろうか。
変化のないこの部屋では、時間の感覚も狂いだしそうだった。
ノルンといえば様子がおかしいのは相変わらずで。
時々ベッドから起き上がったと思えば少しご飯を食べるだけで、後はずっと寝たきりだ。
姉さんから預かった眼鏡はずっとノルンの傍らに置いてあるばかりで。
朝から晩まで同じ景色しか映さないそれは、もう景色が焼き付いてしまったのではないかと思うほどだ。
俺は鏡映しのようにそっくりになってしまった片割れの隣に座り、ふっと溜め息をついた。
その姿こそが俺の片割れの本当の姿だというのに、俺は素直に馴染めなかった。異和感すら感じていた。
いつまでこんな日が続くのだろう。
いつ俺の知っているノルンは戻ってくるのだろう。
答えの無い問いに翻弄され、頭を抱えながら、また陽は落ちていく。
(某日、ノア)
闊歩が目覚めたのはいい。
だが、あの出来事をどう説明しようかと私は悩んでいた。
だっていきなり変な機械に襲われて石にされてぶっ壊されて。
とおもったら生き返ってその機械を逆に石にしてしまったなんて幾ら闊歩でも信じるまい。
そう葛藤する私の横で、闊歩は首をかしげている。
臨死体験をしたところまでは闊歩は覚えている。
ってことは、ごまかしもすぐにばれるだろう。
頭のいい闊歩の事だ。放っておいても恐らく自分で気づく。
私は腹をくくった。
獏也さんにはごまかせと言われたが、あとでなんとか言い訳をしよう。
私は闊歩に向き直り、口を開いた。
最近、店長さんが怖い。
普通に接してくれるんだけど、どこかぴりぴりしてるみたいで。
最近物騒だからかな?
それとも、能力者絡みでなにかあったのかしら。
よくわからないけど、このまま平穏な時間を満喫することは許されなさそう。
やっと手に入れた平穏なんだけどね。
私は自分の手をじっと見た。
使う必要のない私のこの力も、もしかしたらもう一度使うときが来るかもしれない。
その時は、店を守りきれるようにならなきゃいけない。
ひそかに決意しながら、私は中学の鞄を手にとった。
シドウさんからそんな相談が持ちかけられるなんて思ってもみなかった。
だから一重に返事を返すことができなかった。
何処に居るかも分からなかった男が、不意に姿を現し、アースセイバーに入ると言ってるようなもんだ。
入れば確かにメリットはある。
世間を騒がせている能力者の情報は手に入りやすくなるし、協力も仰げる。
そして家族を守ることにもつながるだろう。
だが、自分は考えもしなかったが、それ相応のデメリットも生じるだろう。
独立隊員でもなければ自由行動は難しいはずだ。
昔から身をゆだねていた私では答えを出せない。
だから私はシドウさんに、参考にはならないだろうが、自分の見解をいってみた。
神通力が少しずつ強くなっていくのは、あし自身でも分かった。
眼の前の大木は、あしの木刀一振りで消しとばされとった。
呪印の刻まれた布を木刀から取り払い、あしはつい数分前までそこになかった空を見上げた。
いい加減一般人として通すわけにもいかんじゃろう。
春美殿もアースセイバーに加盟し、秋山家はウスワイヤと結んどる。
特殊能力…とはまた別なんじゃろうが、人知を超えるのは間違いなかろう。
能力者とかかわってきて、奥底で何かが目覚めとるんじゃろう。
とはいえ今の力じゃまだまだぜよ。
今一度、寺院に向かうべきじゃろうな。
師範にもう一度、この力の使い方を教わるべきじゃ。
シン・シーについての動向がぱったりと聞こえなくなった。
それだけでも私にとっては大きな不安。
また何時人外さんが…妖怪さんが、彼らに襲われるかわからないから。
一度だけ会った彼は、とっても怖かった。
足がすくんで動けなくなって、助けてもらえなかったら今頃私は死んでたと思う。
私は死ねないの。
百物語組の皆の為にも。
だから今、私はキリ君と一緒にアースセイバーに向かっていた。
今日はゲンブさんと約束していた、シフトを組む日だから。
一人でも多くの皆の幸せのために…。
彼は違う。
何度私はそう言い聞かせたことだろう。
それでも肩書が邪魔をして、私は彼を平等な目で見ることができない。
おかしな話よね。
彼は(映画とかは駄目だけど)少しずつ妖怪に慣れてきてるのに。
妖怪主治医としての自覚が出てきているのに。
自分の命は、二の次に置いて。
もしも私が人間だったら、こんな思いをせずに済んだのかしら。
パスケースの中の笑っている私は、私とは別人なのかしら。
そんな疑問に悩まされながら、私は歩を進めた。
妙だ、と呟いたのは
アカノミの方だった。
しばしば彼のもとで休憩していたという「白い闇」が、ここ数日きていないというのだ。
そう、それはかの黒ずくめの男が死んだと報道された時と同じだった。
俺は直接逢ってはいないが、相当のやり手だったと聞く。
そんなに簡単に死んだものかと疑問に思ったが、情報がそれきり途絶えてるのだから恐らく事実だろう。
なにはともあれ、心配の種が一つ消えたと俺は解釈していた。
でも、アカノミはまだ不安で仕方ないらしい。
あれほどの男が簡単に死ぬわけないと主張してやまないのだ。
いささか生きているか疑問だったが、後で調べるよとアカノミをなだめながら、先に進んだ。
(某日、幹久朗)
屋上のフェンスが消えとった。
コンクリートが向きだした足場には僅かに血が染みを作っとった。
そしてなにより、そこにあるはずのドアが、蝶番を引きちぎられて消えとった。
後からノラにきいたが、グラウンドのど真ん中に突きささっとったらしい。
かの1年生を気にして2,3日屋上におらんかった間に何があったんじゃ。
流血沙汰とはただごとではなかろう。
今までいくらか平和だったせいで甘く見過ぎとったとは不覚じゃった。
このままでは一度にいくつかの問題をまとめて相手取らなければならんかもしれん。
わしにはシン・シーの件もあるが、他にもやらねばならんことがあるはずじゃ。
今日は集合がかかっとる。アースセイバーに向かうはずじゃ。
丁度いい。冬也に預かってもらった鉄槌を、この際返してもらうとするかの…。
ある日、ある時
…尚、一日の大半を屋上で過ごすゴクオーは、
必然的にかの人物と出会うことになるのだが、
それはまた、別の噺。
最終更新:2011年10月31日 17:54