思えば、初めて見た時、何も考えずに仕留めておけば、こんな事態にはならなかったはず。
でも、それが出来なかったから、今最悪の結果になっているのだ。
「………」
一角君が、学校を休んだ。理由は分かってる、あのパチモンが一角君を傷付けたからだ。
いや、傷付けたっていうレベルじゃない。重症だった。麒麟のお守りが効かなくて、
段々冷たくなっていくあの身体の感触は、今でも手に残ってる。
私だけの力で
都シスイを運ぶのはホントは無理だったけど、その場に彼を残すことなんて出来なかったから、
『壊したい』思いを無理矢理引き出して、一角君を抱えて保健室に飛び込んだ。放課後だったのが幸いだったか、
血まみれの一角君を誰にも見られずに済んだ。
初め、たまちゃんは私を疑ったけど、すぐ何があったかを察して、携帯を取り出してどこかに電話をかけつつ、
「…ウスワイヤに連絡を入れます。だからトキコちゃんは、もう帰りなさい。」
と言ってくれた。…本当は付いて行きたかったけど、敵が敵の本拠地に入るだなんて、やっぱり駄目だよね。
その日はたまちゃんの言葉に従って、家に帰った。
・・・一角君、大丈夫かなぁ。
「……はぁ・・・」
「トキコちゃん!」
「?え、っ!?ふぎゃ!!」
ぼんやり昨日のことを思い出してたら、顔面にボールが当たってしまった。
バレーボールの、しかも相手側のアタックを至近距離とか!これで怯まないわけがなく、尻餅をついて座り込み、
顔を抑えた。念の為、鼻に手を押さえてみたら、鼻血は出てなかった。よかった・・・
ほっとしてたら、同じチームの
ひなたちゃんが駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫トキコちゃん!?」
「ふぇ…だ、大丈夫…」
鼻血は出ていないものの、顔面が焼けたかのようにヒリヒリしてて痛い。
なかなか立ち上がれない私を見て、サーブを打とうとしていたエミちゃんが体育担当の先生に声をかけた。
「せんせー、トキコちゃん保健室に連れてっていいですかー?」
「む…仕方ないな、次のチーム入りなさい!」
「…歩ける?」
「う、うん…」
そう言って手を取ってくれたのは、いつの間にか横にいたウミちゃんだった。
エミちゃんがひなたちゃんに一言二言言って、私の横に来ると、「さ、いこっか!」と元気に私を引っ張っていったのであった。
「大丈夫?」
「うーん・・・顔がヒリヒリする・・・」
「コートの真ん中でぼーっとしてるからだよ、まぁ、上半身は一応セーフだけどね。」
「まぁねー、えへへ。」
「・・・都シスイのこと?」
談笑している私とエミちゃんの合間を切って、ウミちゃんがそう言った。
一瞬ドキッとしたけど、そもそもこの二人に隠し事をするなんて無謀なことだから、
ここは素直に告白することにした。どうせ授業中だから、ここでグループ話したっていいよね。
「・・・そうだよ。」
「そういえば今日学校来なかったよねー、いつもは無遅刻無欠席なのに。
・・・トッキー、昨日一緒に屋上にいたんでしょ?ね、ね、何があったの?」
「・・・・・・」
「エミ。」
「あ、・・・ごめん、あんまり思い出したくなかった?」
「・・・まぁ、ね。」
「・・・アッシュに、何かされた?」
「!」
そう言われて脳裏に霞んだ、銀色の麒麟。
パチモン、一角君のパチモンが、アレに作られたパチモンが、一角君を。
一気に膨れ上がった黒い感情を察したのか、ウミちゃんが私を嗜めた。
「落ち着いて、トキコ。彼はここに・・・」
「何?呼んだ?」
「「!!」」
誰もいないはずの廊下なのに、背後から声をかけたのは今この場で一番会いたくないあいつだった。
「・・・お前・・・」
地を這うような、そんな、自分らしくない声が出たと思った。
けど、これでも抑えた方だよ。本当なら、今すぐこいつを『壊したくて』『壊したくて』仕方がないんだから。
そのヘラヘラと笑った面を、握り潰したいぐらいね。
「・・・あれ、アッシュくん。授業は?」
「トキコちゃんが心配で抜けてきちゃった。」
「ふーん、そっか。」
エミちゃんがいつもの調子で話す一方、ウミちゃんが悲しそうな表情が珍しく歪んだ気がした。
それがウミちゃん自身のものなのか、エミちゃんが感じたからウミちゃんがそれを捉えたのか。
この時余裕のなかった私には、その真意を理解することは出来なかったのであった。
「彼女は僕が連れて行くから、二人とも体育館に戻りなよ。」
「どうする?ウミ。このまま授業サボれてラッキーって思ってたとこなんだけど。」
「・・・戻りましょう。」
それだけ告げると、ウミちゃんはあいつに一瞥もしないまま、エミちゃんの腕を引っ張って体育館に戻って行った。
残されたのは私と、あいつ。
「さ、保健室行こうか。」
「・・・・・・・・・」
差し出されたその手を受け取るわけもなく、私は無視して保健室へと歩き始めた。
そんな仕打ちはへでもないように、後ろから私を追いかけながらあいつは喋る。
「そんなに兄さんが心配?」
「心配?決まってるじゃない、一角君は友達だもん。」
「敵なのにね。」
クスクスと背後で笑う気配がした。
ああ、そういえば、と後ろであいつが声を漏らす。
「昨日、ウスワイヤに兄さんが運ばれて治療を受けてたらしいけど、どこからか奇襲を受けたらしいね?」
「・・・しらばっくれてんの?」
その白々しい態度にイライラしながら私がそう問い掛ければ、あいつは楽しそうに答える。
アレがすることなすことに敏感な私が知らないはずないでしょ。
「なんだ、知ってたの?トキコちゃんの驚く顔が見たかったのに。」
「・・・・・・・・・」
「父さんもなかなか凄い事をするよね。ああでも、どうせなら治療を受けてた兄さんがその騒ぎに巻き込まれて、
うっかり死んでしまえばよかったのに・・・残念だなぁ。」
むかつく、ムカツク。ここが学校じゃなければ、こいつに掴みかかって殺すのに。
ドロドロとした感情が渦巻く。あの時のように、縛られている感じがして物凄い不愉快だ。
なんでこんな奴に、一角君が殺されかけなきゃいけないの。
なんでこんな奴に、大切な物を奪われなきゃいけないの。
なんでまた、こんな気持ちに。
「・・・・・・・・・」
そこまで考ええ、ふと、足取りを止めた。
・・・なんで今、私は選ぼうとしていたんだろう。
鳥さんか、
ホウオウ様を選ばなきゃいけないあの時のように。
どちらか選ばなきゃいけない、そんな気持ちに駆られて、暴走して、苦しんで・・・
どっちも大切で、どっちも失いたくなくて・・・でも、影さんが言ってたじゃないか。
“あなたは、自分の心のままに生きていればいい。裏切ることには、決してならない。その気持ちがあるのなら”
「・・・私の、心のまま・・・」
自分にしか聞こえない、そんな声でおまじないのように呟く。
・・・そうだよね、あーだこーだ、うだうだ悩むだなんて私らしくない。
もう縛られるのも、我慢するのも嫌なんだから。
「・・・そんなの、決まってるじゃん。」
振り向いてあいつと対峙した。
口は笑ってるけど、眼が笑ってなかった。
「・・・何?」
「一角君が死ななかったのは、『神』がそうしたからだよ。
だってそうでしょ?いかせのごれに住む唯一無二の『麒麟』を失うわけにはいかないじゃない。」
そう言えば、アイツの眼が見開かれた。
・・・ああ、良かった。こいつにも『壊せる』要素は、ありそうだ。
そんな変な安堵感に浸っていると、いきなり胸倉を掴まれ、壁に叩きつけられたかと思えば首にアーミーナイフを突きつけられた。
切っ先は既に肌に触れていて、あと少し迫れば、その刃は私の喉にめり込むだろう。
「・・・違うなぁ、トキコちゃん。あれはたまたま運が良かっただけなんだよ?」
「どうだか。これからもずっとそうかもよ?あんたにいくら一角君が狙われようが、
『神』がその運命を拒み続ける。」
「なんでそんなことが分かるのさ?」
「私が、ううん・・・皆なら、そうするから。」
「・・・訳分からないよ、トキコちゃん。」
優しげな物言いとは真逆に、刃が少しずつめり込んでいく。
鋭い痛みと共に血が滴り落ちる感覚がした。
けど、私は絶対に下がろうとしなかった。下がりたくなかった。
手を伸ばして、喉に突きつけられているナイフを握り締めた。
手の平いっぱいに広がる痛みと赤、それでも私はその手を離さなかった。
自然な気持ちで、あいつに笑いかける。
「・・・あんたなんかに壊させない、壊すのは私なんだから。絶対、絶対によ。」
ボキッ、と刃がへし折れ、欠片が地面へと落ちていった。
銀の麒麟と朱鷺
(友達だとか、敵だとか、味方だとか、そんなの関係ない)
(取られるのが気に食わない、ただそれだけよ)
(ねぇ、文句ある?)
【おまけ】
(保健室にて)
「「・・・・・・・・・」」
「・・・なんでしょうか、この傷は。」
「えっと・・・何かで、手で切って・・・」
「トキコちゃん、授業体育でしたよね?」
「うっ・・・!そ、そうだけど・・・!」
「・・・まぁ、後追いはしませんが、今日一日保健室ですね。」
「へっ!?なんでー!?」
「これ以上怪我されても困りますから、言うとおりにしてください。いいですね?」
「で、でも」
「いいですね?」
「で・・・でも・・・」
「イイデスネ?」
「・・・・・・はい・・・」
(了)
最終更新:2011年11月06日 17:13