―――今日は珍しく、高校での仕事があった。もっとも、瑣末なものだったが。
非常勤教師として潜入したはいいが、こう出入りの機会が少なくてはな。ともあれ、今日はチャンスだ。
休憩時間を利用し、保健室に向かう。確かこの時間ならば、保健教師は外に出ているはず。怪我人でも出ない限りは時間一杯このままだ。
「……」
ノックを数回。反応はない。
(良し)
扉を開け、中に入る。目を巡らせると、ベッドの淵に座り込んだ目的の人物を見つけた。
「調子が悪いようだな、トキコ」
「鴉さん?」
少し前から非常勤として潜入している
クロウが現れたことに、少なからずトキコは驚いていた。彼が学校内にいること自体はともかく、わざわざ接触して来たことについて、だ。
(無用なリスクは避けたがる人だったよねぇ……?)
内心首を傾げていると、クロウは口を開いた。
「その手はどうした?」
「え? あ、これは……ちょっとね」
「隠すな。あの銀色だろう」
お見通しだった。
「……何で知ってるの?」
ドアや窓の外の気配を確認しつつ、クロウは言う。
「その反応が何よりの証拠だ。まあ、他に候補がいない。手を切ったということは刃物か何か。今の所、校内でそんな怪我をするような場所はないし、騒ぎが起きた様子も無い。それで手に傷があると言う事は『その手の騒ぎ』か、それに近い事態が発生したと言う事。つまり、現時点では奴以外に考えられん」
「……さ、さすが」
こう言う所には無駄に頭が働く。そういう男だ。
「……って、用件は何? わざわざ会いに来たんなら、何かあるんでしょ?」
「無論だ。一つは今言った銀色に関する件だ。これについて見解を仰いだところ、こんな答えが返ってきた。見ろ」
言ってクロウが差し出したのは、一枚のメモ。
「?」
―――近辺のメンバーで監視を行え。有事の対応は各人に一任する。最悪の場合生死は問わん。
「……これってつまり、私とかリオ君とかに任せる、ってこと?」
「総帥は『奴』を恐れているわけではないが、だからと言って信用しているわけでもない、ということだろうな」
さすがにその辺りは考えずともわかる。自分でもそうする。
「もう一つだが……例の捜索の件は?」
「捜索?」
「忘れていたのか……夜だ、夜」
「なはと……あぁ、鴉さんと昔組んでた人?」
「そうだ……が、その様子では見つかっていないか。いかせのごれにはいないのかも知れんな……」
―――結果的に言えば、クロウの行動は拙速だった。予想よりも静流は早く戻って来ており、保健室の扉の前で会話の一部を聞いていた。扉ごしだけによく聞こえなかったが、断片的に聞こえた単語で十分だった。
(……どうも様子がおかしいとは思っていたが……)
思った以上に事態は深刻なようだ。
とりあえずその場を離れようと踵を返した彼は、
「ごめんあそばせ、先生」
湖面の様な青い瞳を最後に、意識をかくりと失った。
「ふぅ、危ないところでしたわ」
認識操作で静流を昏倒させたアオイは、その体を受け止めると物影に運んだ。
元々クロウと面識がある彼女は、トキコのいる保健室に彼が入るのを見て後をつけたのだが、その直後に戻ってきて話を聞くのを目撃。
これ以上の面倒はごめんとばかり、認識操作を行って、今聞いた話に関する認識を「どこにでもある話」という風に改変したのだ。こうしておけば、記憶の中に埋もれてその内忘れられる。目線を合わせるという条件がつく代わり、こういうことには非常に便利だ。ただ、急激なものだったために倒れてしまったのは想定外だったが。
「あの鴉男の利になるのは癪ですけれど……仕方がありませんわよね」
トキコの事が明らかとなれば、スザクも自然動きづらくなる。それは避けたいところだった。
―――注意すべきは、アオイはあくまで「スザクの味方」であり、「トキコの味方」ではない点だ。スザクにとってその方がいいと思ったから、アオイはトキコを守るように動いている。
それだけのことに過ぎない。
「……最近はウスワイヤも
ホウオウグループも油断がなりませんわね。目を光らせておかなければ」
さり気に物騒なことを呟きつつ、アオイはその場を後にした。
鴉と梧桐、それぞれの思惑
(その行きつく先は……?)
余談。
「しかし、あれだな」
「?」
「何と言うか、
ジングウの周りに寄って来る奴らは……ネジが飛んでいるな」
「……それ、すっごい同感」
最終更新:2011年11月05日 19:49