「おい、ユガミ。おい」
「ん…」
あれ、私いつの間に寝て……。
頭を上げて振り向くと、上司のヨスガさんがいた。
「早く来い。今日はバラすモンがあるんだよ」
「は…はい」
私は慌ててヨスガさんの後をついていく。
バラす…か。
今日こそ耐えられるといいんだけど…。
ここに来てから、今まで何回も実験があった。
その内5回は酷く惨いもので、最初は必ず恐怖と戸惑いを感じていたものだ。
その度に、私は手当たり次第に、そこら辺にある物を投げたり、蹴飛ばしたり、掴んで叩き付けたり―――とにかく壊しまくる。
お陰で部屋はすっかり荒れ果ててしまっていた。
「…今日こそヒビるなよ」
「! …努力、します」
そんな私の心の内を見透かしたかの様に、ヨスガさんは釘をさす。
ヨスガさんにも迷惑をかけたくないし…何とか耐えないと…。
と、思っていたけど。
「あぁあぁぁああっ!!!」
耐えようと思ってたのに。
慣れてきたからそろそろ大丈夫かと思っていた矢先、今日の実験台が…死んだ姉さんと同じ年、そして似た顔つきをした女性を見た途端、吐き気に襲われかけた。
今からバラすものが姉さんだと錯覚してしまったんだろうか。
けどだからといって、躊躇するのは許せない。
「生きたければ全てを捨てろ」―――生きるのに邪魔なものは全部捨てる。
それが私のポリシー。
「友達も! 味方も! 生まれた場所も! 人の心も! 何もかも邪魔!!」
ガッシャアン!
「皆ゴミだ!! そんなゴミに構ってたら絶対に死ぬ!! 姉さんが忘れられてしまう!!!」
バキィッ!
「姉さんが忘れられたら、それこそ私達の負けだ!! 全部奪われて自殺した姉さんが浮かばれない!!!」
ドガァアッ!
「全部捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ捨てろぉおおおおおおっ!!!」
「はあ…はあ…」
しばらく暴れた後、理性が戻ってきた。
辺りを見渡すと、荒れ果てていた部屋が益々悲惨な状態になっている。
またやってしまった―――と。
「これは凄い光景ですねえ」
「!?」
後ろから聞こえた声に、私は思わず振り向く。
そこにいたのは、白衣を着た自分と同い年の外見をした男の人。
「
ジングウ…さん」
「何やら派手な音がするので見に来たんですが…なるほど貴方でしたか」
「……」
口下手な私は、ジングウさんを無視する様に視線を反らした。
「ところで、姉さんがどうだとか言ってましたね?」
「…!」
「もしや、貴方の様な人材がこんな場所にいるのも―――その人のせいなんですか?」
「…姉さんは悪くない。悪いのは…姉さんから全てを奪ったあいつらです」
「奪った?」
「…姉さんは優秀な科学者で、いつもこんな私に優しくしてくれました。だから私は姉さんが大好きだったし、尊敬もしていました。それが―――」
「『あいつら』のせいで?」
「そう」
拳を握り締める私。
「優秀な姉さんを妬んだ奴が、姉さんの偉業を自分の物にしたんです。しかも姉さんが何を言っても、周りは信じるどころか罵倒しました…両親がいないのと普通の家の子だからと」
脳裏に姉さんの『最後』の笑顔が浮かぶ。
その時の私は、姉さんが自殺しようとしていたなんて思わなかった。
だって姉さんは、簡単に諦めるような人じゃなかったから。
だから私はそんな姉さんを諦めさせたあいつらが、凄く憎い。殺したいほどに。
「それで自殺を図った訳ですか」
「…私も話してみました。でも誰一人信じず、姉さんにした事を私にもした。けど私が傷つくのはいい、一番許せなかったのは姉さんを否定した事です」
我欲のままに、本当に優秀な姉さんを否定したあいつら。
許せなかった。殺してやりたかった。
なのに当時の私にそんな力も非情さも無かった。
だから。
「私は決めたんです。何がなんでも生き残ると。姉さんがいたという事実が、この世から消えないように…姉さんが忘れられない為に」
「しかしユガミさん。貴方は生き残れると見てここを選んだようですが、その部屋を見る限り、貴方はここに適応していない…即ち、生き残れるかどうか危ういと思いますが?」
「確かに今はそうですよ、だから努力してるんです。今日は躊躇してしまいましたが、最近では回数も少しずつ減って来ているので」
「そうですか」
「後ジングウさん」
「はい?」
「昨日、これを渡しましたよね?」
白衣のポケットから、一枚の紙切れを取り出す。
ジングウさんが鋏を返した時、一緒に握らせた手紙だ。
「ええ。それに書いてある内容の意味…分かってますね?」
「はい―――私にホウオウグループへ来い、という事でしょう?」
「その通り。正確には私の研究チーム『
千年王国』に、ですが。貴方のその生物学に秀でた才能…ここには勿体なさすぎる。こちら側に来れば、貴方の才能は今以上に伸びますよ」
「……ジングウさんにとってはそうでしょうね」
ヨスガさんもそう言ってたけど、私はそんな物大事だと思った事は一度もない。
好きでも嫌いでもないのに得意なのも、現実から逃げるためにやってきたからで。
「さあ、どうします?」
「どうって…分かってるんじゃないんですか?」
「私はここにいます」
そう言うと、ジングウさんが驚いた様な素振りを見せる。
…何かわざとらしく見えるけど気のせい?
「それはまたどうして?」
「私は生き残らなくちゃならないんです、姉さんの為に。ここにいるのだって、絶対に死なないと確信したからです。そちらに行って死なない保証があるのか怪しい。第一」
そこで一間置いて続ける。
「
ホウオウグループは過去に数回、ウスワイヤに滅ぼされているではありませんか。抜けたところで裏切り者扱いされて殺されますし、そもそもあなただってその人達に一度負けている」
「…なるほど」
「申し訳ありません、でもこれが私の意志なんです。私は生きる為に、ここに残る事を選びます」
それを聞いたジングウさんは黙って私を見つめていましたが、やがて小さく溜め息をついて言いました。
「何度言っても、その答えを?」
「はい」
「…なら仕方ないですね。実に惜しいですが…」
「すいません」
「まあ、貴方が謝る事ではありませんよ。それが貴方自身の答えなら。では」
そう言い残して、ジングウさんは去っていった。
「……」
―――貴方はここに適応していない。
「だけどここしかない」
生の為の決断
(そして選んだのは自分の意志)
(生半可な覚悟で来たつもりなど無い)
(自分の為に、姉さんの為に私は生きるんだ)
最終更新:2011年11月13日 19:33