ラボにある椅子に腰掛けながら、二人の資料を
ジングウが見ている。
「……本気ですか、貴方達? 我々は特別研究チームですよ? 貴方達、
怪盗一家が間違っても加わるような場所ではないでしょうに」
「でも、猫の手も借りたいんじゃありませんか?」
まるですべてを見通しているかのように、パラボッカの表情には笑みが張り付いている。自分が、否、自分達が「
千年王国」に迎え入れられるものだと信じて疑わない表情だ。
実際、ジングウも面接などするまでもなく、二人が千年王国に配属されたいと志願した時点で、二人を迎え入れる気でいた。パラボッカの言葉ではないが、現状の千年王国はジングウの身内だけで構成されているようなものであり、人手が要る。仮に研究員タイプの能力者でなかろうと、ジングウは「来る人拒まず」の姿勢を取っていた。
だが、
「……パラボッカさん。私、前々から言いたい事があったんですけどね」
「はい、何でしょう?」
「貴方の作品ね、確かに綺麗なんですけど――つまらないです」
「――っ!?」
その瞬間、パラボッカの中の何かが音を立てて崩れ落ちた。
「芸術家」の名を語るだけの事はあり、パラボッカ・アーティの作る作品はどれも素晴らしい物だ。例えそれが人間の血肉を素材にしていたところで、そのグロテスクささえも芸術の一部として取り込み、作品として昇華してしまう。
ホウオウグループなんかに所属せず、そして真っ当な作品を作っていれば、今頃彼は大成していたに違いない。
であるが、だ。そんなパラボッカの作品に対して、ジングウは何と「つまらない」と言い捨てた。今までパラボッカの作品を見てそんな感想を抱いた人間は今までおらず、珍しくアリアも目を見開いて驚いていた。
「な……あ、貴方の目はフシ穴ですか!?」
「フシ穴じゃありませんよ、ちゃんと見えてます」
「だ、だったら、何でです!? なぜ貴方は、僕の作品を認めない!」
「いえいえ、私は貴方の作品を認めていますよ?」
そう言って、ジングウはデスクに両手の肘をつけ、重ねた手の上に自分の顎を乗せた。
「貴方の作る作品は実に美しい……その芸術にかける精神は見事なものだ。作品を完成させる為なら、人間の命さえ奪う事に躊躇いがない。貴方は自分の欲望に忠実で、その欲望に見合ったものを作っている……実に、人らしい」
ジングウの言葉は、お世辞などではなく、心から出た感想だった。いくらこの男が狸だと言われていても、この感想がもし演技や虚偽で出ているものならば、これ程邪悪な人間はいない、とパラボッカは思う。
「そ、それな――」
「しかし、つまらない。なぜだか分かりますか――機能美が備わっていないからですよ」
「き、機能美だと……!?」
反復するパラボッカに対し、ジングウは薄ら笑いを浮かべる。にやりと、彼の口元が弧を描いた。
「車然り、鉄道然り、飛行機然り、船舶然り、戦車然り、装甲列車然り、戦闘機然り、軍艦然り、刀剣然り、拳銃然り――この世に存在する物すべてを挙げればキリがありませんが、人の手によって作られたすべての物に共通する事がある。それが機能美だ。実用的な美しさと言い換えても言い。彼らは絵画の様に飾られ、そのデザインを褒め称えられる為に存在するのではない。泥に塗れ、螺子が曲がり、鉄錆、そして動かなくなる最後の瞬間まで……人に使われる為に存在する。故に、だからこそ! 彼らには備わっているのだ、機能美が!」
「…………!!」
「だが、しかしっ! ……人の手によって生み出される物でありながら、その原則から外れている物がある。それが、芸術作品と言うやつだ。あれは見て楽しむ物だが、逆に言えば見る者を楽しませる事以外に機能は無いからな」
――故にジングウは言ったのだ。「鑑賞される」事しか機能が無い。だから、「つまらない」のだと。
「もっとも、貴方の作品が悪いって訳じゃないんですよ? ただ、私の価値観から言えばつまらないと言うだけの話で。つまり、科学者的価値観と芸術家的価値観、その相違ってやつですよ」
どうやら、ジングウの話はそこで終わりのようだった。「後はこっちで書類提出をしておきますよ」と言って、二人は部屋から追い出される。
「パラボッカ……」
「…………」
立ち尽くしているパラボッカに、アリアは声をかける。その肩は震えている。泣いているか。否、違う。横から覗き込むと、彼の表情は笑みを形作っていた。
「生まれて初めてだ……こんな評価を受けたのは……! ああ、アリア! この感じ! この感じだよね、心が燃えるって言うのは!」
「…………」
「やる気が出てきた……あの男を、ジングウが心の底から、それこそ『つまらない』なんて言葉が欠片も出ないような作品を作ってやる……!」
――かくてジングウの言葉は、一人の芸術家の魂に火をつけてしまったのだった。
最終更新:2011年11月19日 14:01