「都市伝説:侵話 一灯目、『双角獣』はうまく行きましたね」
ディスプレイにアッシュ専用のBD、『バイコーンヘッド』の情報を映し出しながら、
ジングウは満足そうに呟いた。
「装着者の能力を引き上げるバトルドレスを、『天子麒麟』で更にブーストするのはちょっと反則な気も……」
「対峙者と同等の能力になる、絶対に敗北しない、なんて異能力があるんですよ? これ位のチート、許してくれないと割に合いません」
「はぁ……」
アッシュの存在を反則(チート)と呼ぶジングウであるが、
サヨリはどちらかと言えば、アッシュをチートクラスにまで強化したジングウの存在そのものの方が反則(チート)に感じていた。
バトルドレス然り、スキルウエポン然り、「
狂戦士の首輪」然り、人体改造手術然り、ジングウの手にかかれば、ありとあらゆる能力者が「強化」される。強く、優れた能力者が彼の下に集うのではない。彼の傍にいる者が、強力な一級の戦士へと生まれ変わるのである。これこそ立派な「反則」だろう。
否、能力者に限らない。彼の手にかかれば、異能を待たないただの人間でさえ、それに匹敵する力を得てしまうのだ。
「さぁ……次は貴方の出番ですよ」
培養槽の中で眠り、静かに出番を待っている「彼」を見上げながら、ジングウは楽しげに呟いた。
――さぁ、頁を開こう。蝋燭に火を灯したまえ。
次は二灯目。都市伝説:侵話、「人面虎」だ。
――そこは、地獄と化していた。
場所は、
出雲寺組組長屋敷。門から屋敷にかけて、傷だらけの男達が倒れている。皆、出雲寺組の組員であり、息こそまだあるが、すぐに手当てをしなければ危険な状態だ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
怒号や銃声が聞こえる。そしてそれは、徐々に、徐々に、屋敷の奥へと進んでいる。
「く……」
侵入者を撃退しようと、出雲寺組参謀役、亜寺義仁が迎撃に出ていた。繰り出すは、彼お得意の四丁拳銃――それも、世界最強の拳銃と名高いデザートイーグル四丁、だ。常人が片手で扱えば、その反動だけで脱臼してしまうようなの代物だが、義仁はそれらをお手玉の様に、軽々と扱ってみせる。宙を舞う漆黒の拳銃が、次々とマグナム弾を吐き出して行く。
人間相手に使うには、あまりにも大げさ過ぎる攻撃力。先の鬼英会との抗争の際、組長である愛澄を守れなかった悔しさから彼が身に付けた新しい力だ。彼が戦ったリュウザは「弾丸をばら撒くんだったら、機関銃でも使った方がいい」と笑ったが、こんな真似事は機関銃には出来ない。マグナム弾を四連射、それも自動式拳銃で、だ! 一発一発が、猛獣の牙のごとく襲い掛かり、敵対者をバラバラに食い千切る。
だが、
「こいつ……!」
普段冷静な義仁が、堪らず悪態をつく。無理も無い。立て続けに放たれたマグナム弾を、目の前の敵は悉く弾き飛ばしたのだ。
義仁と対峙している男は、かなりの長身だった。180cmを超えている。フード付のコートを身に纏っており、頭巾の様に被ったフードの間からは、剣歯虎(サーベルタイガー)の頭を模したと思われるマスクが覗いている。その名の由来となった、刀剣の様に伸びた犬歯が、鈍い光を放っていた。
「ふっ!!」
深呼吸をした後、再び義仁が銃撃を再開する。今度は、先程よりもピッチが速い。あまりの速さに、銃声が繋がって一本の音に錯覚する。
だが、しかし、それでも目の前の男に、義仁の攻撃は通用しない。
男はポケットに両手を入れたまま、動かない。しかし、義仁が引き金を引いた瞬間、男の着ているコートがまるで風を受けた様に舞い上がり、更に空気を切り裂く様な音が義仁の耳に届く。
それだけ。起きたのはたったそれだけの事であるが、それによって「見えない何か」に阻まれ、弾丸の軌道が反らされる。明らかに、「まともな芸当」ではない。
「……何者ですか、貴方は」
銃口を向けたまま、警戒心を絶やす事無く義仁が問いかける。
『……都市伝説:侵話が一人、「人面虎(マンティコア)」だ』
「都市伝説:侵話……!? まさか、
百物語組を狙っているという……!」
義仁の脳裏に、愛澄から告げられた言葉が蘇る。
『最近、都市伝説:侵話を名乗る者が、百物語組を狙っているようです。もし余裕があれば、助けてあげてください』
噂をすれば影、と言う話ではない。てっきり百物語組「だけ」が狙われているものだと思っていたが、まさか自分達が襲われる側になろうとは。
「君達は、百物語組だけを狙っているんじゃないのか!?」
『……さぁ、知らんな。双角獣が何を言ったかなど興味は無い。俺は、与えられた役目を遂行するだけだ』
言って、『人面虎』がポケットから両手を抜いて身構えた。たったそれだけで、義仁は空気が変わったのが分かった。神経が張り詰め、冷や汗が浮かんでくる。自分と同じ人間ではなく、血に飢えた猛獣と対峙している、そんな気分だ。
「――おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
雄叫びと共に、引き金を引く。弾丸の幕を張り、『人面虎』の接近を抑止しようとする。
『――――』
それに対し、『人面虎』は言葉も無く、しかしその名を表すように襲い掛かっていた。弾き切れない弾丸は無視し、自らが傷付く事も構わずに突進してくる。
(こいつ――!?)
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!!」
リロードとトリガーがまるで同時に行われているかのような、そんな風に錯覚してしまうような速さで義仁は撃ち続ける。度重なる連射に耐え切れず、処理しきれない熱が銃に蓄積され、まるで焼きゴテを握っているかのように錯覚する。しかし、それでも義仁は撃つのを止めない。止めたら最後、やられるのは自分だと理解しているからだ。
屋敷内に途切れず続く銃声。それが、不意に止まった。
先程までと打って変わり、辺りを静寂が包み込む。
勝ったのはどちらか――
「な、何だよこれ……!?」
「人面虎」襲撃から数分後。帰宅した愛澄や亜樹斗らは、屋敷の惨状に目を疑っていた。
門から屋敷まで続く道のりに倒れる、傷だらけの組員達。まるで猛獣でも暴れたかの様に、破壊された家屋。そのすべてが、只ならぬ事態がここで起きた事を雄弁に物語っていた。
そして、
「――義仁っ!?」
組員全員で会議を開く時に使用する奥の間。そこで、血塗れになった義仁がうつ伏せになって倒れていた。全身を切り刻まれ、畳が血を吸って真っ赤になっている。
「義人!? おい、しっかりしろよ!?」
「亜樹斗、静かに! ……脈が弱ってる、このままじゃ危険だわ。すぐにウスワイヤへ連絡を!」
愛澄の指示に従い、亜樹斗は冷静さを取り戻すと、すぐに携帯電話で連絡を入れる。
「義仁!? 義仁、目を開けて! 義仁!」
冴子が泣きながら、必死な様子で義仁の身体を揺さぶるが、彼は目を閉じたままだ。顔からすっかり血の気が引いており、縁起悪くもそれが死人の顔に見えた。
「組長、あれ……」
愛澄らに付き添っていた組員の一人が、震える声で何かを指差す。その方向を、彼女が振り返ると、
「な……」
襖に、血で文字が書かれていた。それは、ここを襲っていった者からの、愛澄らへのメッセージだった。
「次は、お前達だ」
血文字の犯行予告――否、これは宣戦布告だ。
「ふ――ふざけやがって……!!」
我慢が限界に達したのか、亜樹斗がその襖を蹴倒した。だが、それでもまだ彼の気は治まらないらしく、続けて二、三回、彼は蹴倒した襖を更に踏みつける。
「…………」
顔には出さないが、愛澄も同じ気持ちだった。大事な組員を傷付けられて、彼女が平気でいる訳が無かった。亜樹斗と同じ位、否、それ以上に、彼女の心には怒りの炎が燃えていた。
「いいでしょう……来るなら来なさい。次は、私が相手になります……!」
それは愛澄一人の誓いではなく、出雲寺組全員の誓いだった。
「……やりますね、出雲寺組」
培養槽に浮かぶ「人面虎」を見上げながら、ジングウはポツリと漏らした。
「人面虎」――元カルーアトラズ死刑囚、
ロイドの姿は無残なものだった。既に細胞の修復作業が始まっているものの、左腕は全欠損。機械化した右腕も破損が酷く、全交換が必要な状態。全身にも幾つもの銃創が穿たれており、常人ならばとっくに失血死している状態だ。これでまだ生きていられるのは単純に、彼が並みの人間ではなく、改造人間であるからだ。
「やれやれ……亜寺義仁と言う人間を、少々甘く見すぎていましたね」
「人面虎」の実戦テストの相手に無能力者を使うのは少々力不足にジングウは思っていたのが、そんな事は全く無かった。「一寸の虫にも五分の魂」と言う事か。何かを守ろうとして戦う人間の強さを、彼は久しく忘れていたのだ。
「それでも、ま、目的は達成しましたね」
言って、ジングウはにやりと笑う。
「消し切れるかな、地球の守護者達よ。早くしないと、いかせのごれは業火に焼き尽くされるぜ――戦火と言う名の炎にな」
最終更新:2011年11月19日 14:03