一般人に身をやつした
ヴァイス=シュヴァルツは、その少女、
崎原 美琴の様子を見ていた。
明らかにイジメを受けているのだが、持ち前のポジティブ思考で意に介していない。
いい様に使われているのも苦にしておらず、むしろ自分から動いている。そして、それは彼女にとってはごく普通のことなのだ。
「純真、というべきですかね。今時珍しい……ですが、なればこそ壊し甲斐もあるというものです」
注目すべきは人間関係。以前使った冬也という少年と、彼女がよく話しかけている
不動 司という少年。昨日のやり取りを見る限りでは、司も冬也も美琴を案じているのだが、本人にはうまく伝わっていないようだった。
―――付け入る隙があるとすれば、そこだ。
「よすがを失えば人は脆い……それが自発的に招いたものであれば、なおのこと」
焦ってはいけない。より上質な演出を行うには、仕込みと下準備、入念なリハーサルが必要だ。
「まずは……外堀から少しずつ……」
(どういうことだ……?)
啓介は不審を抱いていた。下級生間に張ったネットからの情報なのだが、どうも最近、美琴へのイジメが激化している気がする。
それも表立ってや、本人に直接向けてのものではない。みくの場合に似ており、持ち物を隠したり、机にゴミを突っ込んだりといった古典的かつ間接的な手法だが、それがどんどん露骨に、かつ陰湿に、さらには緻密になって来ているのだ。
しかも、先日からいきなり。どう考えてもこの激化の度合いはおかしい。
美琴はいつも通りのポジティブに見えたが、表情に影が差しているのは明確にわかった。
とはいえ、下級生の彼女に自分ができることは何もない。それでなくてもみくの問題もある。
(都や火波のように、器用にはいかんな)
彼らの視野の広さは見習いたいほどだ。頭痛をこらえつつ、啓介は授業のため教室へ向かう。
一体どうすればいいのか。そればかりを自問しつつ、美琴はとぼとぼと家路についていた。
いつものようにしているだけなのに、役に立つことが嬉しいのに、司も冬也も無理をしてまでそんなことをするなという。司といると、周りが何かしら言ってくるが的外れなことばかり。彼はそれを気にしているようだったが、なぜなのかわからない。
(ミコトはどうすればいいの……)
そんな風にして、何十度目かもわすれた答えの出ない自問を投げた時だった。
「こんにちは、悩み多きお嬢さん」
その男が、目の前に現れたのは。
「……どなた、ですか?」
「ワタシのことなど、どうでもいいことです。重要なのは、今アナタに悩みがあるということ。違いますか?」
その男の言葉は、不思議と胸にすとん、と落ちた。
「しかし、それがどのような悩みなのかは、ワタシの知り及ぶところではないのです。よろしければ、聞かせていただけますかね」
「……………」
躊躇しつつも語った内容を受けて、男は「ふむ」と顎に手を当てた。
「……なるほど。しかし、アナタはその方たちの本音をわかっていない」
「本音?」
「そうです。ワタシの目を見れば、それが嘘でないことがわかるでしょう」
冬也と司にどんな本音があるというのか。目を合わせ、耳を傾ける美琴。男の口元が、かすかにゆがんだのにも気づかず。
「まず、不動さんと言いましたか? 彼は一見、あなたのことを案じているようですが、実は違うのです」
「え?」
「辛いでしょうが、はっきり言いましょう。彼はあなたが邪魔なのです」
ハンマーで殴られたのかと思った。それほどの衝撃だった。
「え……えっ?」
「思い返してみなさい。彼は、アナタに対して厳しいことばかり言っていませんでしたか?」
言われて見ると、そんな気がする。ただ、自分に対してというより、自分が尽くした人に対して言っていたようだが。
「それは空橋さんという方も同様です。不動という方と違って表には出しませんがね。ああいう手合いは、内に秘めている感情と、表に出る言葉が必ずしも一致しません。言葉だけを信じてはいけません、その裏にある真意を見抜くのです。アナタにはそれができるはずです」
「……で、でも、仲良くしてくれるって」
「それは見せかけです。いいですか、あなたはよく、おかしなことを言われていませんでしたか?」
「……はい」
男が続けた言葉は、信じがたいものだった。
「それは、その二人が裏で手をまわしているのですよ」
「!?」
「信じられないでしょう? ですがこれが真実です。仲良くしてくれるといった、そう言いましたね? 仮にでも味方がいなければ、アナタは学校に来なくなってしまう。それを防ぐためです。手を汚さずにアナタを傷つけるのが目的だったのですが、アナタはそれをイジメとは受け取らなかった。彼らはそれが腹立たしいばかりに、アナタの行いを否定したのです」
足元が抜けたようだった。信じていたものが、支えだったものががらがらと崩れていく。
「真実は常に甘いとは限りません。いえむしろ、辛く厳しいものばかりです。ですが、アナタはこれを受け止めなればならないのです。真実であるがゆえに」
「………」
「負けてはなりません。ここで逃げ出すのは簡単ですが、それでは彼らの思うつぼです。絶対に、屈してはなりません。後のことは明日、登校してから考えるといいでしょう」
無言でうなずいてその場を去る美琴を見て、ヴァイスは成功を確信した。
語った内容は無論のことでっち上げだが、「行動」という事実を取っ掛かりに「内心」という嘘を語ることで信憑性は増す。多少の矛盾なら、自己解決してしまう。人の心の内など、誰にも本当はわからない。この「マニピュレイト」で自分の言葉を「疑いながらも信じる」よう暗示をかけたのだが、それはどうやら首尾よく行ったようだ。
(やはり、今までは性急に過ぎましたね。人の心は自由であることを求める……それを見過ごしたのが誤算でした)
だが、これからは違う。その心に方向性を与えてやれば、いとも簡単に人を操れる。そう、美琴にイジメを働いていた連中に、「徹底的にやってはどうか」と刷り込んだように。あれを破るとしたら、方向性を修正するほどの強い意志が、外部的にしろ内部的にしろ、必要だろう。
(やるかどうかは本人次第……選択の余地を残すのがミソですね)
どちらに転ぼうが待っているのは崩壊。友人に疑いを抱いた時点で、彼女の結末は決定していたのだ。
(さて……後は高見の見物と行きましょう。これからどうなっていくのか、実に楽しみですねぇ)
「ククククク……」
スーツの男は、嗤った。
演出家の「仕込み」
(描く脚本は、崩壊への道筋)
(辿るか否かは、本人次第)
「………」
「……む?」
最終更新:2012年01月06日 12:50