「ナハト発見」。
その報を受けた
クロウがウツツのアパートに飛び込んで来たのは、連絡からわずか30分後のことだった。
「……早かったですね」
「たまたま近くにいたのでな。で……」
クロウが目を向けたのは、部屋に寝かされている異様に黒い髪の女性。一瞥したのち近寄り、その顔を確認する。
「……間違いない。ナハトだ。9年前と全く変わっていない」
「そうですか。では、本人なのですね」
「ああ、これで懸念事項の一つが片付いた」
しかし、と話題を変え、ウツツに向き直るクロウ。
「どういう経緯でこいつがここに? トキコは訳あって、としか言わなかったが」
「それはですね……」
彼女の記憶を喰らったというウツツから事情を聴いたクロウは、「そうか」とだけ言うと、腕を組んでナハトに目を向けた。
「今の今まで何をしていたのか……等々あるが、今はとりあえず、任務完了の報告が先だな」
「任務? 捜索の、ですか?」
「いや、違う。9年前、俺とこいつでUHラボの襲撃任務を行った。だが、合流前にこいつが消えたのでな。連絡もつかない、行方もわからないで、いまだに完了報告が、な」
「……真面目というか、何というか」
若干呆れつつも、ウツツはナハトを一瞥し、クロウに視線を戻す。
「それで、これからどうしますか?」
「まずは喰らった記憶を戻してもらおう。そのままでは、本人から事情が聞けん」
「……わかりました」
わずか、というには長い時間の後、ナハトの記憶は滞りなく回復された。ウツツの方は本気で消耗したらしく、彼女には珍しいことに後ろに手をついて天井を仰いでいる。
「さすがに堪えました」
「すまんな。だが、こちらにも事情があるのでな」
とはいうものの、肝心のナハトは未だに目を覚ます様子がない。どうしたものかと考えるが、クロウの方はさほど重要視はしていない様子だ。
「戻ったのなら、起きるまで待てばいい。無茶をさせてはミーネがうるさいからな。それに、こいつはある種の生体兵器だ。高圧電流ごときで死ぬほど柔ではない」
「……ダメージそのものは結構なレベルのようですが」
「む……さすがに全く以って無事とはいかんがな」
ともかく、とクロウはウツツに向き直る。
「消耗しているところ済まんが、定時報告はどうした? 実はその件でこっちに向かっていたのだが」
「ナハトさんの件で少々遅れていました。とりあえずこの場でしておきますが、状況には特段の変化は見られません」
「了解。報告がてら伝えておこう」
と、クロウが姿勢を変えた時だ。ベッドに寝かされていたナハトの目が、片方だけぱちりと開いた。
「む」
「……起きましたか」
もう片方の目も薄く開き、ナハトは視線だけで二人を捉える。
「……クロウ。……と、誰だ」
「私はウツツ。あなたと同じく、
ホウオウグループです。現在はいかせのごれ警察で潜入任務についています」
「ウツツ……潜入任務中……了解。記憶した」
抑揚なく、淡々と答える。続けてその眼がクロウに向く。
「……状況が不明。説明を要求する」
「説明、か。まずは経緯から行こう」
クロウからここまでの経緯を聞いたナハトは、一旦目を閉じた後で「状況は認識した」と返す。その彼女に、クロウは問う。
「まずは聞こう。9年前の襲撃任務の際、何が起きた」
「…………」
記憶を探るように視線を彷徨わせた後、ナハトは「その日」の事実を語る。
「合流場所への
移動中、目撃者を発見した。抹消にかかったが、原因不明の意識障害が発生し、行動の続行は不可能となった」
「目撃者か……誰だ?」
「それは不明。女性と推測される。年齢は外見上、10代前後とみられた」
「当時でそれなら今は大学生か、20代か……それで?」
「回復後、目撃者の追跡を行った。不確定要素は全て排除しなければならなかったからな。再発見は3年前。だが、意識障害が再び発生した。以後の状況は不明だ」
「不明だと?」
クロウのみならずウツツも怪訝な表情になる。確か、ここに担ぎ込まれたのは何者かと戦闘を行った結果ではなかったか?
だが、ナハトは言う。
「私の意識レベルは極端に低下した状態にあった。行動可能時間は限られていた。意識レベル0の状態において記録されたと思われる事象が記憶野に存在する」
「何?」
「詳細は不明。何処かの企業と思われる。また、特定個人と何度か接触した記憶が存在する。だが、私にそのような行動を取った形跡は存在しない。推測は不可能」
「どういうことだ……」
首をかしげるクロウに、ウツツが「もしや」と助け舟を出す。
「何者かの記憶を見ていた、とは考えられませんか?」
「他人の記憶だと? だが、ナハトにそんな能力はない」
「では、その目撃者とやらの能力、という可能性は?」
そちらなら考えられることだ。向こうが無自覚に能力を使ったというなら、納得もいく。危機的状況においての、暴走に近い能力発動は珍しいことでは決してない。
「……ナハト、これからどうするつもりだ」
「UHラボの襲撃、及びスタッフの抹殺は完了している。回復後、完了報告を行う。その後、目撃者を抹消する」
「目撃者の方は構わん。あれから大分時間が経つが、その件が明るみに出た形跡はない。ましてや、今となっては知られたところで問題は発生しない。むしろ、今消した方が問題になる」
「了解。では、報告完了後、私はクロウの指揮下に復帰する」
調子を変えないままのナハトだったが、クロウは微妙に眉をひそめる。
「……ナハト、本当に異常はないのか」
「質問の意味が不明。どういうことだ」
「それだ。以前のお前は、感情のない、ただの兵器でしかなかった。だが、今のお前は……」
「まるで、人間だ」
その言葉に、ナハトもまた微かに顔をしかめる。
「その可能性は否定される。私はホウオウグループによって開発された生物兵器だ」
「その言葉を返してやろう。お前は自分のことを『私』などとは呼ばなかった。だが、今のお前には確かな『自分』が存在している」
だが、とクロウは息をつく。
「悪いことではない。ミーネは喜ぶだろうし、な」
「ミーネ……
ミネルヴァか。どうしている」
「最近、外部任務に就いた。俺と行動を共にしている」
「そうか。……会うのが楽しみだ」
そう言って、ナハトは微かに、本当に微かに、笑みを浮かべた。
「……やはり、以前と比べて人間らしくなっているな。目撃者とやらの能力なのか……あとで調べておくとしよう」
原因がわかったところでどうなるものでもないが、わからないよりはその方がいい。
「さて……動けるか?」
「……身体機能はカタログスペックの49%。戦闘は不可能。移動には問題ない」
「戦闘不能か……今外に出てアースセイバーか何かに襲われては一たまりもない。しかもグループには転送系の能力者は……」
言いかけて気付いた。そうだ、一人いた。
「……奴がいたか。力を借りられればいいが……」
「人使いが荒いっすよ、クロウさん」
「すまんな、
スパロウ。だが、他に方法がなくてな」
「まったく……ま、久々の仕事だからいいっすけど」
クロウが携帯で呼び出したのは、濃い茶髪のショートが特徴的な、高校生くらいの少女。
「んで? あんたとこの姉さんを、支部まで転送すればいいんすね?」
「ああ、やってくれ」
「了解。んでは早速……」
言うと、少女は立ち上がったナハトと、その隣に立つクロウに手をかざす。
「ウツツ、トキコには後で連絡しておいてくれ」
「わかりました」
会話が切れると同時に、二人の姿はぶれるようにして掻き消えていた。
「転送完了。んでは、アタシは帰るっす」
言うと、少女も玄関から出て行ってしまった。電光石火というべき早業だった。
「……さて、後はトキコさんが戻るのを待ちましょうか」
残されたウツツは、ようやく回復して来た体をほぐしつつ、いつものように報告をまとめ始めた。
再会、そして運び屋
一方その頃。
「おっかしいなぁ……普通に歩いたら絶対こっちに来るはずなのに」
ナハトが戦ったという謎の人物を発見したトキコだったが、後を追ううちに見失ってしまった。
しかも、その後通るであろうルートを何度往復しても見つからない。
「こっちに気づいたってわけでもなさそうだし……」
首をひねって「?」を浮かべつつ、結局トキコは夕方になってウツツのところに戻るまで、その男を見つけることは出来なかった。
―――彼女は知らない。その男は、常軌を逸した方向音痴であることを。自分の考えているルートには、宝くじで3億が3回当たるくらいの運がないとやってこないことを。
最終更新:2012年01月23日 08:23