「よっす。」
放課後。
ユズリが職員室から出てくると、そこにいたのは長身で黒髪の女子生徒、
…あの『張間いじめ』の主犯であるサヤカが腕を組みながら立っていた。
「!…なんだよ、イジメの主犯が俺に何か用かよ。」
ユズリが睨みながらもそう言うが、彼女はクスクス笑って返した。
「かっこいーじゃん、雑魚の癖に群がっていじめてる方が嫌いだ、だっけ?」
「聞いてたのか?」
「そりゃあ、あれだけ騒げばね。」
「………」
「…あんたも、みく嫌いなんだっけ?」
「そっちと一緒にすんなよ、オレは張間がはっきり言わないでうじうじしてっから嫌いなんだよ。」
「ふーん、そう。あたしも嫌い。」
「なんでだ?」
ユズリの問いにサヤカは一瞬目を見開いたが、誤魔化すように息を吐き、そっぽ向いたのであった。
「…なんでもいーじゃん、別に。」
「よかねーよ、そっちの嫌いがあるからこうして張間はいじめられてんだろ?ホントに気に食わないだけか?」
容赦なく鋏で切り込むように、ユズリはそう尋ねながら一歩も引こうとしなかった。
その態度に対し、サヤカが不愉快になったのは言うまでもないだろう。
先程の彼と
同じように睨みつけながら、不機嫌そうな声で尋ねた。
「聞いてどうすんの。」
「どうもしねーよ。」
一蹴。
まさかの返答に思わずサヤカは目を丸くし、やや沈黙があった後、耐え切れなかったのか吹き出したのであった。
この様子には流石のユズリも狼狽えた。
「………はぁ?ハルナって、バカ?」
「っなんでそうなるんだよ!?切り刻むぞ!!」
「まぁ、ハルナ面白いし、話してもいいよ。言ったとこでハルナは何もしないんでしょ?
それに、…
カイリだって、知ってても何もしてこないから。」
彼女の口から出てきたクラスメイトの名を聞いて、ユズリは驚いた。
確かカイリと言えば、張間みくに近しい人物ではなかったのだろうか、と。
「?そっちはあいつと知り合いなのか?」
「当たり前じゃん、あたし、みくの親友だったもん。」
再び、ユズリは驚いた。
なんといじめをしている主犯が、いじめをされている人物の親友だと言ったのだ。
「…は?なんで、親友がなんで張間のこと…」
「場所、移そう。…ここじゃあ、落ち着いて話せない。」
そう言って、サヤカは背を向けて歩き始めた。
本当ならば、このまま除光液を返して部活の練習へと向かう予定だったのだが、
そのように気になる言動を取られてしまっては、離れようにも離れられない。
「………」
だからユズリは、部活をサボって彼女の背中を追いかけることにしたのであった。
そもそもふっかけたのは自分からだったな、などと頭の片隅で考えながら。
サヤカが着いた先は、屋上であった。
空はすっかり夕焼け色に染まっていて、その下ではユズリが向かう筈であったサッカー部が既に練習を始めていた。
同じサッカー部の友人の姿も、そこにあった。
サヤカはフェンスに寄りかかりながら、風を心地よさそうに浴びている。
「それで、なんでそっちは張間のこといじめてんだ?」
尋ねられた問いに、サヤカは表情を崩さず、軽く悩む仕草をする。
「んー…許せない、からかな。」
「許せない?」
「そ、…ハルナは、あたしの手のこと、知ってるっけ?」
「知らねえ。」
だよね、とサヤカは呟いた。
そういえば、彼女はクラスの中であまり目立つ事は無いものの、いつも手から肘にかけて包帯が巻かれていた、それも両方である。
それについて誰かから話を聞くことはなかったし、そもそも彼女と話すことはなかった。
だから、自分と同じようなものじゃなかったのかと密かに思っていたのはここだけの話である。
「…あたしの両手ってさ、神経イかれちゃってて力入んないの。手の筋肉が動かせないっつーのかな…まったく使いもんにならないって感じ。」
「…なんでそんなことに…」
「あたしがさ、みく庇ったんだよ。その時にさ、抱きしめる形だったから、
もろあいつの棘刺さっちゃって…むしろ、両手だけで済んだのが奇跡だって医者も言ってた。
…けど、そのせいでずっとやってたピアノ、引けなくなっちゃってさ。」
「そんなの、事故なら仕方ねえだろ。」
冷たい反応ではあるが、それがユズリの本音であった。
確かに、五体の一つである手が欠けてしまうのはとても不便ではあるし、一生かかっても治せないものなら尚更のことである。
しかし、それだけの話だ。誰かが意図的に引いたものでもなく、偶然によって起こってしまった悲劇ならば、
対応するにも償うにも何も出来ない。後は、本人がこの障害をどう乗り切るかにしか、第三者としての気のかけようしかないのだ。
そんなユズリに対して、サヤカは批判することもなく、そーね、と軽く笑った。
「あんたの言うとおり、あれは事故だし、みくもあたしも生きているんだからそれで良いんだろうね。
…って、さ…そう思えるほど、器用じゃないんだよ、あたしって。」
そう言ったサヤカの姿は、荒ぶる気持ちを必死に押さえ付けているように見えた。
「『夢』を奪われて、ただひたすら謝られてもさ、もう戻ってこないんだよ。だから、あたしはあいつを許せなかった。
本人に言ったよ、あんたのせいだ、って…あんたなんか、死ねばよかった、って。」
「…!」
死ねばよかった。
いくら
張間みくに対してきつい言葉をかけているユズリでも、それを言ったことはない。
一度生死を味わっている身だからこそ、その一言はとても重かったからだ。
サヤカはそのまま、言葉を続けた。
「そしたらさ、それでも泣きながら謝ってくんの。ごめんなさい、ごめんなさい、って。
そんなの聞きたいんじゃねえっつーのってさ、あたし、大人げなくイラついて…次の日から、学校でみく見かける度に足引っ掛けたり、
上履き隠したり、とにかくみくに八つ当たりしたよ。ダチにさ、みくのせいでこうなったっつったら、喜んで加勢してくれたよ。
集団心理っつーのかな…蹴ったり、水かけたりしても、全然悪い事してる気にはならなかったし、ちょっと優越感に浸ってた。」
「…」
「気が付けば、いじめの輪はあたしが想像してた以上に広がってて、あたしのダチじゃない奴までみくのこといじめてた。
…そこで、気が付いたんだよ。あたし、とんでもないことしたんだな、って。」
「っだったら、今すぐ止めればいいじゃねえか!そっちが張間に謝ればいい話だろ!?」
「無理。」
ユズリの言葉に対し、サヤカは躊躇わずそう答えた。
なんで、と言わせる間もなく、彼女はこう言い放ったのだった。
「みくに謝れば、あたしは『夢』を捨てたことになる。…そんなの、あたしが絶対許さない。ハルナ、あんたに分かる?
命かけてやってきたことを、ある日突然奪われるこの気持ち。」
「っ…」
「だから、あたしはみくに謝らない。けど、いじめはもうしない。…けど、いじめは止めない、いや、止められない。」
「…どんだけ身勝手なんだよ、そっちは。自分が作ったもん投げ出して…被害者ヅラして…そんで、知らんぷりか!?」
ジャキィン!!!
怒りに身を任せて、ユズリは巨大な鋏を生み出すと、その切っ先をサヤカの首へと向けた。
彼があと少し前に押せば、その刃は彼女の喉元へとめり込むだろう。しかし、それでもサヤカは怖気づくことなく、
まっすぐユズリを見つめたままであった。
「…あんたが殺したきゃ、あたしを殺せば?でも、それが正しくないってことぐらいあんたもわかってるよね?」
「く…っ…」
そう言われたユズリの脳裏を掠めたのは、かつての友人が同じように鋏を使い、自分を殺すその瞬間であった。
果たして、この場で彼女を殺す事によりいじめは無くなるのか。それで張間みくは助かるのか。答えは………否。
「………」
ユズリはサヤカから鋏を離した。
それに対して、サヤカは勝ち誇ったように笑みを浮かべることはなく、ただ淡々と見つめながら、呟いた。
「もうさ、止められないんだよ。一回こういう流れを作ると、歯止めなんて効かなくなる。それにさ、
あたし以外に被害を受けてる奴だっているんでしょ?それじゃあもう、誰に責任を突き付けても、止めようがないじゃん。」
「…」
「…『力』があるから、こうなるのよ…当然の報いでしょ?」
『力』無い者の話
サヤカがそう言って屋上を立ち去った後、ユズリは自分の掌を見つめた。
彼女と違い、健全な掌。
「っくそ!!!」
その手で鋏を掴むと、力任せに刃を床へと突き刺したのであった。
最終更新:2012年02月29日 11:59