「あ、あれっ?」
昼休み、自分の弁当箱を開いたみくは、思わず目を丸くしてしまった。
「どうしたの、みくちゃん?」
「え、えっとね……お弁当の中身、なんか変わってるの……」
「え?」
また新手のイジメか。そう思ってののかが覗き込んでみると――
「え?」
違った。ぐちゃぐちゃにされている訳でも、ひっくり返された訳でも、ましてや、食べ物ですらないものを詰め込まれている訳ではない。そこにはごく普通の、色んなおかずに彩られた鮮やかな弁当があった。
「あ、おいしそう……」
「う、うん。だけど……」
言って、みくは何が何だか分からないと言う風に、首を捻る。
「これ作ったの、ボクじゃないよ」
「え?」
「だって、中身が違うもん」
みく曰く、朝自分が作ったものと、全く内容が変わっているらしい。
「気のせい、とか?」
「そんな事無いよ。だって、ボクが自分で作ったんだよ? 自分で作ったものを見間違えたりしないよ」
「それもそうか」
不思議に思いつつも、包みや弁当箱は間違いなく自分の物だ。そして、みくの昼食は今目の前にあるものしかない。恐る恐る、弁当箱に入っていた唐揚げを箸で掴み、口に運ぶ。
「! おいしい……」
冷凍のものではない。自分で揚げたものである事がすぐに分かった。しかも、火加減を調節して冷めても風味や食感が失われないように工夫している。
ますます、自分のものではないとみくは思った。
「どうしよう……」
「え?」
「私、もしかして別の人のお弁当持ってきちゃったんじゃ……」
「でもそれ、みくちゃんの鞄から出したんでしょ?」
「うん……」
「じゃあ、みくちゃんのお弁当でしょ?」
「だけど……違うよ、やっぱり。これの中身」
「――別にいいんじゃねぇ?」
不意に聞こえてきた声に、びくりと二人は驚いた。顔を上げると、そこには中性的な顔立ちの少年が立っていた。
「は、
ハヤト先輩……」
「うっす。悪いけど、立ち聞きさせてもらったわ……まぁ、別にいいんじゃね?」
「で、でも……」
「もしかしたら、みくちゃんが間違えたんじゃなくて、元々の持ち主が間違えたかもしれねーじゃん? だったら、そいつの自業自得だし。それに、今更元の持ち主探す訳にもいかないっしょ?」
「う……」
「まぁ、それでも気が済まないようならさ、感謝でもしとけばいいんじゃね? そのお弁当を作った人にさ」
そう言うと、ハヤトはその場から立ち去っていった。ぽかんとした表情で、みくとののかはその後姿を見送る。
「い、一体何がしたかったんだろ、あの人……」
「さ、さぁ……?」
机に突っ伏していた友人に、ハヤトは購買で買ってきたパンを差し出した。
「……サンキュ」
「一応、怪しまれねぇように根回ししといてやったぜ」
「そんな事してくれなくてもよかったのに……」
「いやいや、おかしーでしょ? 朝自分で作った弁当が、お昼蓋を開けたら中身変わってたとかさ! どんな魔法だっつーの」
「…………」
「……大丈夫か、お前?」
「……ああ、大丈夫だ」
言って、シスイはパンの包みを開き、それを齧る。それはまるで食い千切るかのような、彼らしくない荒っぽい姿だった。
「……自分の能天気さ加減に反吐が出る」
「しかたねぇだろ、お前知らなかったんだから」
「だけどっ――俺の身近でこんな事が起きていたなんて、それに気付きもしなかったなんて……ッ!」
心底悔やむように、シスイは言う。
「あーもう……だから言いたくなかったんだよ、お前には……」
先程のシスイの姿を思い出し、ハヤトは嘆息をする。
みくの弁当の中身を入れ替えた犯人、それはシスイだ。
偶然一年生のクラス前を通りがかった時、彼はそれを見てしまった。クラスメイトの弁当箱を――楽しげに床に落とす、数人の女子生徒の姿を。
『お前ら、何やってんだ!?』
気が付くと、そんな声を上げていた。自分でも驚いてしまう位な声であり、女子生徒達は一斉にシスイの方を向くと、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
捕まえて説教を――よりも先に、シスイの身体は教室内へと飛び込んでいた。
「――――」
言葉が、見つからなかった。
床の上にひっくり返された弁当箱。持ち主に食べられる事を待ち望んでいた筈のそれは、無残なものへと変わり果てていた。
「…………」
無言のままシスイはしゃがみ込むと、彼は床に散らばったおかずやご飯を両手で掻き集め――一つ一つ口に運んだ。
そこで、だった。ハヤトに見つかったのは。
(あの後こいつ、何をするかと思えば弁当箱洗って、その後自分の弁当の中身を詰め替えるんだからな……)
危行じみているが、しかしシスイなりに考えた行動だったのだろう。実際
張間みく本人は、自分がクラスメイトにそんな事をされたなどと気付いている様子ではなかった。
「……なぁ、ハヤト」
「ん?」
「虐めってさ、どうして無くならないんだろうな……」
「それは――」
――人間が、弱い生き物だから、だよ。
その言葉が、何故かハヤトは口から出せなかった。
特殊能力者の隔離政策。自分達が加担しているそれも、ある意味で「虐め」の延長線上にある事に気付いてしまったからだ。
「〝弱い者程徒党を組み、身代わりの羊を探す〟、か」
以前カラオケで聞いた曲の歌詞が、自然と口から零れた。
「今日のシスイ、ヤバかったっす」
アースセイバー施設内で、ハヤトは獏也にそう漏らした。
「ヤバかったって?」
「ヤバいも何も、滅茶苦茶ですよ。あの昼行灯の温厚者が殴り合いやったんですから」
「殴り合いって……まさか、一般人と?」
近くにいた莉絵が信じられないものでも見るような表情で聞く。するとハヤトは、頷いてそれを肯定した。
「シスイは……どんな状況でも、話し合いで解決する奴だと思ったが……」
「そーですね。いつものシスイなら、そうやって解決していたでしょうね」
「……? 何、ハヤト。そのもったいぶったような言い方は?」
「……いやね、ウチの学校今イジメがあるんですけど」
「…………」
「シスイがね、そのイジメてる奴らに喧嘩売ったんですよ」
『みみっちぃ事やってんじゃねぇよ、自分が恥ずかしくないのか』
それが、戦端だったと言う。冬也のノートに悪戯書きをしている生徒達を見つけて、後ろからそう言ったらしい。
相手は言い訳した――もちろん、現行犯で見つかったのだ、見苦しいものだった。故に、シスイに簡単に看破される。それでも、見苦しい言い訳は続く。自分は、自分達は悪くないのだと、この期に及んで、保身に走る。しかしシスイはそれを逃さず、追及の手を一切緩めない。
『埒があかねぇな。おい、お前ら、ちょっと職員室まで面貸せよ』
シスイらしくない、乱暴な物言い。その言葉が、相手をキレさせた。
『調子に乗ってんじゃねぇぞ、てめぇ! 何様のつもりだ!』
廊下にまで聞こえる大声と共に一発、シスイの顔面に入った。けれども、シスイはその一撃を、能力も何も無しに、身体一つで受け止めた。
『軽いな……思ったとおりだ』
中身が入ってないんだよ、お前らは。空っからなんだよ。
「そこからはまぁ、ご想像に任せる、と言う事で……」
ハヤトが両手を挙げ、「やれやれ」と言った風に肩をすくめる。
「ちなみに、これだけじゃねーっすよ」
放課後、今度はみくにリンチ紛いの事をしていた女子生徒にもけしかけて行ったらしい。体育館裏から怒号が聞こえ、逃げ出す生徒達の姿をハヤトは目撃していた。
「生意気なのはどっちだよ、とか、一生懸命生きてる奴の邪魔してんじゃねぇよ、とか。挙句の果てには、同じ目に合わないと分からないようなら、やってやろうか、とか」
「……本当にそれ、シスイが言ったの?」
普段のシスイとはあまりにも結び付かない言動の数々。思わず莉絵は懐疑的な眼差しを向けるが、一方で獏也はむしろ納得しているようだった。
「ハヤト」
「あい?」
「シスイは、泣いていたんじゃないか?」
「……よく、分かりましたね」
「あいつは、そう言う奴だからな」
温厚であれ、
都シスイとて人間だ。怒る事だってある。しかし彼の場合、怒りよりも悲しみの方が強く先行する。
どうして――どうしてお前らは、そんな事をしなければ、自分の優位を感じる事が出来ないんだ。
どうしてお前らは、そんな方法でなければ、自分と言うものを強く持てないんだ。
怒りよりも嘆き。相手の不遇を悲しみ、声を上げる。
それが、都シスイだ。
「麒麟の徳性とでも言うのかな。優し過ぎんだよ、あいつは」
「それが良さであり、短所でもある……か」
『リーグ・オブ・ジャスティス』
(でも)
(だからこそ)
(都シスイは『正義の味方』なんだ)
最終更新:2012年03月11日 14:37