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紫と緋と藍と

美琴の一件がとりあえずの解決を見た二日後。
珍しくウスワイヤを訪れていたゲンブは、若年メンバーの指導教官である七篠 獏也と会話をしていた。
無論、世間話の類の和やかなものではない。

「……以上が、外部協力者・崎原 美琴に関する一件の詳細です」
「厄介な事態になったな……」

獏也が珍しく頭を抱える。ヴァイス=シュヴァルツという男は、その行状からウスワイヤとホウオウグループ、そしてそれ以外の組織を数多敵に回し、かつその全てから命を狙われているにもかかわらず、今の今まで傷らしい傷も負わず生き延びている怪物である。

相手の精神を自在に操る、という単純にして厄介極まりない能力を持つ彼奴は、その力で多くの人間を破壊し、またそれ以上の人数を殺して来た。

ウスワイヤとしては絶対に看過できない存在なのだが、今はそれよりも重要な問題がある。

「あの狂人の手管とはいえ、能力者が暴走し、周囲に被害をもたらしたとは」
「事実関係は不明ですが、一般人が一名重傷を負ったとの情報もあります」

獏也の顔がますます渋くなる。対応をどうすべきか、本気で悩んでいるのだ。
年齢や行動を考慮すれば、記憶ごと能力を封印、というのが順当だ。だが、それが出来ない理由が一つ。

「……『スターライト・エンプレス』が出て来ていなければ、な……」
「加えて守人に連なる身です、迂闊な対応をすると今後の組織活動に差し障ります」

いかせのごれの秩序を守る「守人」。崎原の血統はここに属する、いわばいかせのごれの古株だ。
しかし忘れてはならないのは、彼らの大目的は「いかせのごれを守る」ことであって「人を守る」ことではない。もちろん、それも大きく見れば目的の一つではあるが、逆に秩序を乱す存在であれば、あるいは彼らの在り様に干渉するのであれば、組織が相手でも容赦なく牙を剥く。

それに連なる美琴に対し、下手な手を打てば、ただでさえ案件山積みの現状でさらなる面倒が増えてしまい、最悪ウスワイヤ自体が機能を停止する。
それだけは何としても避けなければならなかった。

「……どうします? 事実として被害が出ている以上、お咎めなしとはいきませんが」
「むう…………」

たっぷり7分ほどの沈黙を経て、獏也はとりあえず、と前置きしてから言った。

「ヴァイスに関する情報は、協力者の義務として知る限り提供してもらう。だが、当面は監視つきで自宅謹慎というところが妥当か。期間は……1週間としよう」

恐らくこれは建前だろう。ヴァイスの「脚本」に乗せられた以上、美琴の精神的ダメージは甚大極まりない。特にその手で母親を殺しかけたという事実は、あまりに重い。
その辺りのケアを考え、なおかつ処罰の体裁との妥協を図ったのがこの案なのだ、とゲンブは考える。
考えて、とりあえず質問する。

「監視は誰に?」
「秘密調査員を一名回す。連絡を頼めるか」
「……了解。彼女を使います」

言うや、ゲンブは携帯を取り出してコールする。相手は、アルマ同様の秘密調査員。

「ヴァイオレット、任務の指示だ」



「とんだ災難だったようだね、ヴァイス君」

何処とも知れぬ薄闇の中、仮面をつけた男がそう言った。
対面する黒衣・ヴァイスは、肩を竦めつつ応じる。

「ですが、概ね筋書通りには行きましたよ。壊すまでには至りませんでしたが、見るべきものは見ましたからね。それに、アナタのこの力、有効に使わせていただきましたよ」

ヴァイスが言っているのは、仮面の男・ピエロの特殊能力「ヤミまがい」である。

「初見であれだけ使いこなせるとは、実際大したものだよ。僕ら『運命の歪み』以外で、あのレベルまで同調したのは彼くらいのものだ。たいていの人間は、逆にヤミに心を呑まれて死ぬのだけどね」
「彼?」

知らない人物の示唆に問い返すが、ピエロは「昔の話だよ」と話を逸らす。
ヴァイス自身もそれ以上の興味は抱かず、話を変える。

「ともあれ感謝しますよ。これで、少しは逃げやすくなりました」
「逃げる? ……もしかして、あのお嬢さんかい?」
「ええ」

ヴァイスの顔に、今度は珍しく渋い色が浮かぶ。
ピエロが言っているのは、ヴァイスを執拗に追いかけ回す「シャルラ=ハロート」という少女のことだ。
これは、彼が調査と情報の重要さを痛感することとなったある一件に関係している。
以前、ヴァイスは彼女をターゲットとし、その住まいであった孤児院を人員ごと破壊したのだが、

「あれは完全なる失敗でしたね。まさか、彼女が孤児院で孤立しており、それを破壊したワタシに思慕を寄せるとは」
「さしもの君もそこまでは予想外だったか」
「ええ。事前調査の不足がここまで響くとは……」

ヴァイスという男は実際、愛だの恋だのという感情には(あくまで自身に関する限りは)絶無のレベルで興味がない。脚本執筆に必要ならばいくらでも調べるが、そうでなければ全く気に留めない。
だからこそ、

『ヴァ~イ~ス~さ~ん!! うふふふふふふふふ~』

明らかに壊れた笑みで自分を追って来る彼女が疎ましい――――というよりは、正直空恐ろしいものを覚える。
自身、狂人であることを語って憚らないヴァイスでさえこれであり、彼よりいくらかマシな精神を持つピエロ、運命の歪みの中ではかなりマトモな部類に入る澪やジェスターは一度目にした際には完全に引いていた。

もっとも、ヴァイスがシャルラを避ける理由は、単にストーカーを逃れるという以外にもう一つある。
それは、

「彼女はワタシの足取りを掴むと蛇のようなしつこさで追ってきますからね……」
「なるほど。居場所や気配を隠蔽し、密かに事を運ぶ君にとっては、敵とは別のベクトルで厄介な相手だね」

そうですねえ、とヴァイスは嘆息する。
幸いなことにまだ彼女の存在はウスワイヤ側には知られていないようだが、ホウオウグループは情報面で数段上回る。何の拍子で彼女を捕捉し、そこから自分を見つけ出すかわかったものではない。

(まあ、彼女にも利用価値はあります。害にならない程度には、使わせてもらうとしましょう)

それがどれほど歪んでいても愛は愛だ。
しかし、ヴァイス=シュヴァルツという男は、愛でも憎しみでも、自分に感情を向ける相手を―――否、究極的には全ての相手を、駒あるいは役者としてしか見ていないのである。

(当分は、隠れ通すしかなさそうですがね)

その在り方が何に準じたものなのか、彼は知らない。




ヴァイオレットへの通達を終えたあと、ゲンブは一礼して踵を返す。
が、思い出したように振り返り、獏也にある事実を告げた。

「っと、忘れていました。教官、もう一点あります」
「何だ?」
「先の一件の直後、謎の人物と遭遇しました」



それは、夕陽が美琴を叱咤し、事態が少し落ち着いた後のことだ。

「いつまでもここにいてもしょうがねぇ。ひとまず場所を変えようぜ」

流也の提案で、一同がその場を後にしようとした、その瞬間だ。
何かに気付いたマナが、弾かれるように後ろを振り返った。

「待って。誰か来た」

それにつられて後ろを見た一同は、一瞬絶句した。
そこにいたのは、古びた帽子と、同色のコートを着た長身の痩躯。

「な……てめぇ、戻ってきやがったのか!?」

司が美琴を庇うようにして前に出、他の面々も一様に臨戦態勢を取る。
だが、その男は帽子の下から一同を睥睨し、物憂げに言った。

「戻って、か。……つまり、もうここにいないのか、奴は」

その声は、よく通るが何かと癇に障る、ヴァイスの声とは全く違っていた。
重く厚みを持った、成年男性の声。

「……ヴァイス、じゃないのか? 誰だ、キミは?」

怪訝な顔で問うたのはアルニカだ。
その問いに、謎の男は彼女を見るでもなく視線を巡らせ、なぜかマナで一瞬その動きを止める。

「……?」

自分がこの男を知っているような気がして、マナは内心首をかしげた。
その間にも、男は言う。

「誰だ、か。俺は……」

妙な、数秒の空白。それを置いて、ヴァイスと同じ帽子とコートの――――よく見ると、濃い藍色の――――男は、名乗る。


「『ブラウ=デュンケル』。幸いだ、そう呼んでくれればな」


帽子から覗くその男の髪と目は、薄い青を宿していた。

紫と緋と藍と

(動き出した紫)
(止まらない緋)
(現れた藍)

(それが何を起こすのか、まだ誰にもわからない)

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最終更新:2012年07月08日 15:50