わずか、時を遡る。
七篠 獏也は、ゲンブを通じてとある男に連絡を取っていた。
正規どころか外部協力員ですらないが、その男の持つ能力はある種の鬼札、ワイルドカードだ。
彼を呼ぶのには理由があった。
(守人が動いたか)
他でもない、先ごろ解決の日の目を見た、
崎原 美琴の一件についてである。
ヴァイス=シュヴァルツの手によって半ば暴走した彼女は、現在自宅謹慎となっている。問題なのは、それに対して獏也が命じた監視員の配置。これが崎原本家と守人の元締め・
弓流山 佳乃の耳に入り、その両者が直談判に来るというのだ。
(予想していた事態では、ある)
下手をするとウスワイヤ自体が危険だ。そう判断した獏也は、以前ゲンブから聞いていたある男に繋ぎを取り、急ぎウスワイヤに来てくれるよう交渉していたのだ。
幸いにも、向こうはこちらの事情を問わず、「了解した、すぐに向かう」と二つ返事で引き受けてくれた。
(さて、どう転ぶか)
そして、現在。
応接室に当たるフロアで、椅子に座して待つ獏也。傍らにゲンブ、反対側に「その男」を控え、待っていた獏也の前で、部屋のドアが開いた。
「直に顔を合わせるのは初めてか? ワシは崎原 弦正。美琴の祖父だ」
「同じく、崎原 美弦。美琴の父です」
「
水無瀬 斎。守人の頭領を務めております」
「弓流山 佳乃。守人の総元締めを預かる者だ」
光の法王。
星空の皇帝。
そして、守人の頭領と元締め。
錚々たる面々を前に、年若いゲンブは若干気圧されていたが、獏也は泰然自若として動じない。
「まずはようこそ、と言っておこう。私は七篠 獏也。アースセイバー構成員の指導教官を務めている。こちらは特別外部調査員、
水波 ゲンブだ」
無言のまま一礼するゲンブ。
それには構わず、弦正が反対側の人物に目を向ける。
「そちらの御仁は? 見ぬ顔だが」
「彼は構成員ではなく、外部の人間だ。今回の話し合いのため、立会人として私が呼んだ」
「
白波 シドウという。よろしく頼む」
やはり一礼するシドウに、それぞれの反応で返す4人。
さて、と獏也が話を切り出そうとしたところで、佳乃が先手を打った。
「兄君……斎から話を聞いた。崎原 美琴の一件に関して言いたいことがある」
「それは?」
平然と返す獏也に、畳み掛けるように佳乃は告げる。
「1週間の自宅謹慎、これはまだいい。だが、監視をつけるとはどういう了見だ? そんな身勝手が通ると思っているのか?」
明らかにケンカ腰の彼女に、傍らの斎が宥めるように「佳乃、少し落ち着いて」と囁くが、火に油だった。
そちらに向き直りもせず、佳乃は詰め寄るようにしてまくし立てる。
「彼女は被害者だ。あのイカレ野郎に心身を弄ばれ、挙句に友人や母親を殺しそうになった。その美琴に、なぜ監視をつける必要がある? 可能性だけを危険視して何かと縛りをつけようとするのは相も変わらずなのか」
「それらの事情は、こちらでも無論把握している」
あくまで泰然とする獏也に、佳乃がますますヒートアップする。が、それを制するように弦正がす、と手を出した。
「すまんが、少々、落ち着いてはくれまいか? 身内のことだからな、ワシとしても二、三言いたいことはある」
「…………」
穏やかに制されて少し頭が冷えたのか、立ち上がりかけていた椅子に座り直す佳乃。それと入れ替わるように、弦正が「さて」と口を開く。
「そちらの考えは一応了解しているつもりだ。だが、どこか納得がいかんのも事実だ」
守人を退いて久しい弦正だが、その眼には現役時と変わらぬ強い光があった。
その光で獏也を真っ直ぐに射、弦正は言う。
「なぜ、美琴に監視をつけねばならん?」
「そうですね、それは聞かせていただきたいものです。元締めが今仰いましたが、美琴はあくまでも被害者です。確かに一般人にも被害が少しばかり出ていますが、それを差し引いても監視員の張り付けには納得しかねます」
美弦もまた、父とは違う静かな言葉で、それを問う。
「………」
獏也は、この姿に想う者の強さを感じた。
しかし、こちらの思惑は、それとは別のところにある。
「なるほど、話は理解した。が、決定が覆ることはない。1週間の自宅謹慎、加えてその間の監視員常駐。これは、貴方方の意見如何を問わず、実行させてもらう」
瞬間、佳乃の目に憤怒が燃え上がった。
「どこまで調子に乗る気だ? お前達はいつもそうだな。能力者を見張り、縛り、時に手駒として使う。そういう愚劣なところは、全く変わっていない」
今にも斬りかからんばかりの剣幕だったが、その顔にふと怪訝なものが過った。
(力が……?)
こういう時、無意識に手に籠っているはずの力が、全く感じられない。視線を映すと、獏也の傍らにいたシドウが口を開いた。
「この空間は、既に俺の『スキルシール』の有効射程範囲に入っている。全ての特殊能力は、ここでは無効だ」
スキルシール。シドウの両目に宿るこの力は、視界内の空間に存在する特殊能力を全て解除・封印する、特殊能力者に対する最強のカウンターだ。獏也が今回シドウを呼んだのは、万が一、億が一交戦状態に陥った場合の保険としてだったのである。
座り直した佳乃に変わり、斎が言う。
「こちらの意見を問わず、とはさすがに聞き捨てなりません。彼女は未熟とはいえ、守人に連なる身。頭領として、被害者である彼女を束縛するような決定は受け入れられません」
「道理だ。が、こちらにはこちらの考えというものがある」
「考えだと? 心身ともにボロボロの少女に監視を振り向けるようなものが、か? フン、組織の考えそうなことだ」
若干15歳にして元締めを務める最強の守人は、敵意も露わにそう言い放つ。
が、ここに来ても獏也の態度は変わらない。
これまで無言を通していたゲンブが、呆れたように口を開く。
「七篠教官、いい加減本心を明かしてはどうですか? なぜそうまで回りくどい真似を」
「……仕方がないな」
そしてようやく、七篠 獏也は決定の真意を語る。
「初めに、今回の一件は、原因がどうあれ崎原 美琴が当事者である。これは大前提だ」
事実だけに、反論は出ない。守人達が反発しているのは、その先だ。
「ヴァイス=シュヴァルツ……極一級危険人物認定を受けたあの男によって彼女は暴走し、周囲に被害をもたらした」
「ならば、お前達はそのイカレ野郎を追うのが筋のはずだ。なぜ美琴を監視しなければならない」
当然の如く反発する佳乃に、獏也は「続きがある」と一言制して続ける。
「確かに彼女は被害者だ。が、『ただの被害者』ではないのだ」
「一般人に被害が出た件ですか? しかし、それは……」
「ヴァイスのせい……とばかりも言い切れない理由がある」
ここに来て、獏也は初めて難しい顔をして腕を組む。
美弦が「それは何です?」と問うのに、少しの間をおいてこう答えた。
「これは、当時追跡に当たっていたアースセイバーからの報告なのだが……その一般人はいかせのごれ高校の学生であり、崎原 美琴やその友人に苛めを行っていたという事例がある」
「そんな!? あの子はそんな素振りは一度も……」
驚く美弦に、弦正は「なるほど」となぜか納得する。
「あの子は元々マイペースの塊だからな。苛めとして認識していなかったのだろう」
「……あー……なるほど……」
娘の性格を熟知するだけに、美弦もこれには呆れ気味に納得した様子だ。
「それで、だ。どうも彼女は、その一般人を自らの意思で攻撃したらしい」
「自らの意思で……?」
さしもの佳乃が怪訝な表情で問い返す。
獏也は「そうだ」と一言返し、さらに話を続ける。
「これは、以前ヴァイスによる被害を受けたある男の証言なのだが……今回彼女にかけられたのは、いわゆる精神操作の類ではなく、認識を微妙にずらす、その程度のものであるようだ」
意図を測りかねる一堂に、獏也は説明する。
「こちらのネットワークで調べた結果、彼女に吹き込まれたのは『友人が邪魔に思っている』という嘘であり、彼女はそれを本当だと思わされていた。そういうことらしい」
つまり、美琴は確かにヴァイスによって正気を失わされていたが、それはあくまでも結果であり、不信感を抱き、拒んだのはあくまで彼女自身の意思である、ということだ。ただし、その方向性に誘導が加えられていた、というおまけつきだが。
「図らずも彼女は、自らや友人が苛めを受けていた事実を知ることになり、たまたま出くわしたその苛めの当事者を攻撃した。その時点で正常な判断能力はほぼなくなっていたようだが、それでも当人の意思であるという一面は否定できない」
心神喪失状態での傷害事件、とたとえればわかりやすいだろうか。
「だから、彼女を監視すると?」
斎の言葉にも、獏也はまあ待て、と制する。
「これは、妥協の結果だ。彼女に対して何らかの処罰を与えれば、それは即ちヴァイスの思い通りになるということだ」
ああ、とシドウが頷く。
「恐らく奴は、副次効果としてウスワイヤ……アースセイバーの混乱、最悪でも連携の齟齬を招こうとしたのだろう」
そうか、と納得の声を上げたのは美弦だ。
「不信、不満……そう言った小さな感情は、時間が経つごとに積み重なり、膨れていく。連携に齟齬が生まれれば、組織としての活動に支障が出る。支障が出れば、自分を掣肘する存在が一つ、機能不全に陥る……」
「……どこまでもイカレた奴だ、まったく」
腹に据えかねた、と言った面持ちで佳乃が呟く。
獏也はそちらにちらりと目線をやり、話を続ける
「易々と思い通りになってやる義理はない。何より、彼女はヴァイスの影響を真っ向から受けている。心身のケアのためにも、家族の許で保護するのが最良だと判断した。回復次第、この件の裏を取るため証言はしてもらうがな」
「では、なぜ美琴に監視を?」
弦正の問いにも、獏也は明快に答えた。
「有体に言えば、体裁だ。彼女はアースセイバーの外部協力員であり、どのような状況であったにしろ一般人に被害を及ぼしている。斟酌すべき事情はあまりにも多いが、それを考えても全くのお咎めなしとはいかない。それを許せば、アースセイバーの存在は半分以上その意義を失う」
「……それで、妥協を図ったのが監視員の配置、というわけですか」
斎の問いに、獏也は、
「その通りだが、もう一つ理由がある」
と答えた。
「もう一つの理由?」
これに対して疑問の声を上げたのは、意外にもゲンブだった。彼も、他に監視員を配置する理由があるとは知らなかったのだ。
「教官、それは?」
「……監視するのは、何も崎原 美琴個人に限ったことではない」
「まさか、笙子さんも!?」
思わず椅子から立ち上がる美弦だったが、獏也は即答で応える。
「その通りだが、方向性が違う。理由はヴァイス=シュヴァルツだ」
「……は?」
意味を掴みかねる彼らに、獏也はその裏も明かす。
「これまでの証言と事例からすると、あの男は失敗したシナリオには頓着しないようだが、クライマックスを迎えてなお『壊れ』なかった人間に対しては、二度、三度と干渉を行うようだ。では、この状況で奴が崎原 美琴に干渉するためには、何をするのが最適か?」
これには、シドウが答えた。
「俺ならば、母親を狙う」
「!?」
「その、美琴という少女が殺しかけた母親を操る。恨み言なりなんなりをぶつけさせれば、簡単に崩壊するだろう。そして、それを引き金に、連鎖するようにして次々と『壊し』ていく。俺が奴ならば、間違いなくそうする」
それは、長きにわたりヴァイスを追い続けた男の確信だった。
あの男にとって、「壊し」易いのは家族や友人との繋がりの強い人間。ましてや今回のように、ケアをすべき相手がターゲットである以上、その周辺の人間が使われる可能性は極大だった。
「万が一、崎原 美琴の周辺の誰かが奴に操られるようなことがあれば、今度こそ取り返しのつかない事態が起きる。だから、奴が接触できないように、最悪接触してもその影響を解除できるように、周辺に監視員を常駐させる」
つまり、獏也の言う監視員の意義は、美琴を見張るというのは処罰の体面を保つための方便で、真の狙いは、再び美琴を狙って現れるだろうヴァイスへの警戒。
本来すべき能力と記憶の封印を行わず、このような処置を取ったのには、未だ去っていない脅威への防波堤という狙いがあったのだ。
「そうすることによって、奴に我々及び守人への警戒を抱かせる。一時的な効果に過ぎないだろうが、その時間を得られるだけでも大きな意味がある」
アースセイバーの指導教官は、4人の守人達に向けて告げる。
「決定の詳細を通達する。崎原 美琴は、心身のダメージ回復のため、1週間の自宅謹慎。これは、回復速度によっては変動する可能性があることを付け加えておく。なお、この期間中、周囲警戒及び突発事態への対応、並びにヴァイス=シュヴァルツ捕捉のため、秘密調査員『ヴァイオレット』を監視員として近隣に配置する。また、崎原 美琴に対しては、心的ダメージの回復に伴い、本案件の裏付けのための証言を要請する。この際、同人の希望によっては立会人の参加を認める」
そして、問う。
「以上。異存は、あるだろうか?」
名無しの男の決断
(その決断)
(果たして、黒と出るか)
(はたまた、白と出るか)
最終更新:2012年07月28日 16:25