その日の空は灰色だった。
けれど雨が降ることもなく、雷が鳴ることもなく。
こんな微妙な天気の日は嫌なことの一つ二つ、起こりそうだ。空を見上げながらそんなことを思う。
しかし、聞かされたことは、「嫌なこと」で済ませれるようなレベルではなかった。
「そんな、ゲンブの兄貴が―――?」
水波ゲンブの負傷、その情報が獏也から
シュロに伝わるまでそう時間はかからなかった。
信じられない、と言わんばかりに彼女は俯きながら首を小さく横に振る。
「どうしてだ、兄貴が倒されるなんて。」
「……とにかく、だ。あのゲンブを一撃で倒すモノが現れた。能力者かもしれないし、怪物かもしれん。」
獏也は腕組みをし険しい表情から戻らない。暫し考え込むようにして口元に手をあてていたシュロは突然くるりと背を向けて何処かへと走り出そうとした、がすぐさま獏也に片腕を掴まれた。
「い、てぇっ!獏也さん、離して、くださいっ!」
「お前、今何を考えていた。」
「……気晴らしに買い物でも。」
「馬鹿言え。ゲンブを倒した奴を探しに行こうとでもしたんだろう。」
「…………。」
―――図星である。
やはり自分は咄嗟の嘘が下手だ。どうしてあんなことを言ったのだ、と数秒前の自分に一発パンチを入れたくなった。
ぎりぎりと腕を締め付ける痛みに顔を歪ませ歩みを止める。逃げたりしないから、という意味を込めた視線を獏也に向ける。彼女の腕を掴んでいる大男は睨みをきかせた後、やっとのことで手を離した。
「……お前はあいつが関わると毎回そうだ。いつものように冷静にいれば良いものを。あのゲンブがやられたんだぞ?」
「わかって、ます。あたし一人じゃあ返り討ちになることぐらい…。そうだ、ゲンブの兄貴に会うくらいは…!」
「駄目だ。奴は今生死をさ迷っている危険な状態。とてもじゃないが人に会うなんてことは出来ん。」
「う…。」
バッサリと切り捨てられた。
自分の兄貴分―――水波ゲンブに対する心配と、彼を負傷させた正体不明の生物に対する苛立ちでシュロは苦虫を噛み潰したような顔をした。
もしかすると……「守ることが出来なかった悔しさ」なんていうのもあるのかもしれない。
自分はゲンブを助けることが出来なかった。そのことだけが心に突き刺さってしょうがない。
……そもそも、彼でさえ勝てなかった相手だ。いや、もしかしたら不意打ちをくらったのかもしれないが。
自分が彼と一緒に行動していたとしても、『生物』には勝てなかっただろう。
でも、それでも自分がいれば…?
盾になることぐらいは出来たかもしれない。奴がどんな能力を持っているのかはわからないが破壊力の高いこの能力で足止め等が出来たかもしれない。ああしていれば、こうしていれば。
『彼は怪我をした、しかも重傷』という事実。それだけが。
そういえばこのことを自分の姉貴分―――火波スザクはもう知っているのだろうか。スザクだけではない、その妹のアオイ、仲間であるランカ、
アズール、アカネ…。
…どちらにせよ、一度彼らに会いに行くべきか。
「獏也さん」
「許さんぞ」
「違い、ます。行きたいところがあって…。敵討ちとかそんなんじゃあない、ですから。」
「……お前そう言って。」
「違ぇっつってんだろ!どこまであたしのこと信じれないんだあんたは!……っと。失礼。」
思わずかっとなってしまった自分を、軽く咳をすることで落ち着かせる。
「…とにかく、会いに行きたい人達がいるん、です。もし万が一、兄貴をやった奴があたしの前に現れたらなるだけ戦わないように、しますから。」
「絶対だな?」
「はい。約束、します。」
「…わかった、許可しよう。気を付けろ。」
「言われなくても。」
数分後。
ランカの家に母、白波アカネから電話がかかってきたのは、シュロが家に来てまもなくのことだった。
「お、お母さん!……あの…!」
「スザクの姉貴に何かあったのか、おい!」
「だ、だから詳しいことはまだわかっとらんのです…」
ゲンブに続いてスザクまでやられたのか…?と考えたシュロは気が気ではなかった、それでなくても気落ちしていたというのに。
だが沈んだ表情は一切見せることなく椅子に座りながら左手の人差し指で一定のリズムを刻みながら机を叩く。何度も瞬きを繰り返した。
(どうなんだ、兄貴だけでなく姉貴にも何かあったのか?あたしの考えすぎか?)
「……」
(それだったら、どうするべきだ。ああくそ、自分が情けない…!!)
「……ロ」
(そんな、姉貴が負けるはずがないよな、誰かに倒されるなんてことが…。)
「シュロ!!」
「うわあ!なんだ!」
「ぼーっとしてないで私の話を聞いて!」
ランカがシュロの前でドン、と机を叩く。たいした力ではないが、シュロの意識を呼び戻すには十分な音であった。
いつの間にか母親との通話は終わっていたようだ。
ランカは溜め息を一つついた後アズールとシュロを見据え静かに言い放つ。
「今から此処にある方が来るみたい。おもてなしを、だって…。」
「…ある方?」
アズールとシュロは同時に首を傾げた。しかし「おもてなし」という言葉にアズールがハッとし、隣にいる白髪の女を見つめる。
「もしかして、えらーい人がくるんじゃあないん…?」
「……えらーい、人…?」
「シュロさん、心配やでぇ…。」
暗い空の下で
(なんだそれ。どういう意味だ。)
(ほら、口悪いやん、シュロさん。)
(………そ、そんなことねぇ…です。)
(あぁ、心配や…。)
(これでも、頑張ってるつもりなんだがなぁ…。)
最終更新:2012年08月06日 14:32