「ねえ、アカネちゃん」
「ん?」
白波家へ向かう道中、アカネの隣を歩くスザク……の姿をした琴音が話しかけてきた。
「
シュロちゃんって、確かランカちゃんの友達よね? 御持て成しとかっているのかしら」
「あら、友達どうこうは関係ないわ。こういうことはキッチリしておかないと」
アカネにとっては、知人だろうと友人だろうと、家を訪ねて来た人は須らく持て成すものであるらしい。
概ね間違ってはいないのだが、
「ですけど、それはあくまでアカネさんのお友達の話では?」
「そうでもないわよ。私の友達なら私が、ランカの友達ならランカが。最低限のマナーよ、これは」
ただねぇ、とここで意外にも案ずるような表情になる。
「あの子、しっかりしてるけど変な所で天然なのよね……私の言ったこと、ちゃんと理解してるといいんだけど」
「……それはある、大いに。ランカのことだから多分、おもてなし云々を『今から来る誰かへ』だと思ってるかも知れない」
マナの意見を否定できる材料は、誰も持っていなかった。
ただ、
「……でも、尋ねて来た人をもてなすのはある意味当然。だから、ランカが勘違いしていても、実際に困ることは何もない」
という補足つきだったが。
白波家。
ゲンブの危報を聞き、仲間内のリーダー格(ということに一応なっている)ランカの許に飛び込んできたシュロは、相変わらず苛々と机を指先で叩いていた。
目下の家主であるところのランカは、人化した
アズールと共に忙しく立ち働いていた。無論、これからアカネが連れて来るという客人に対してのものだ。
「マスター、お茶が沸きました」
「ん……じゃあ、急須に移して、湯呑み出しておいて。私はお茶菓子取って来るから」
忙しなく立ち回ること10分あまり、仕度が整ったところで二人もテーブルに戻る。
急須からは沸かしたての日本茶が湯気を立て、簡素ながら茶菓子も用意されていた。
一見すると和む光景だが、当人たちはそんな気分では到底ない。
「大さんが負けるなんて……」
「獏也さんの話じゃ、脳天に一撃喰らって、それで終わったらしい……」
「ゲンブさんを一撃とは……どういう強者ですかそいつは」
アズールの問いには、二人とも答えられなかった。
ゲンブの強さはアースセイバーでも知らぬ者がないほど。以前誰かにボロ負けした以外、敗退したという記録は片手に足りない程度だ。
その彼を一撃でKOした襲撃者とは、果たして何者なのか。
答えの出ない問いに頭を巡らせていると、
「ただいま」
「おぅわっ!?」
シュロの背後から突然声。跳び上がった彼女が振り向いたそこには、音もなく佇んでいるマナの姿があった。
「お、驚いた……マナ、頼むからもっと普通に出て来てくれって」
「声はかけた、一応」
確かに。
「お帰り、マナちゃん。どこに行ってたの?」
「スザクの所。もうすぐみんな……」
ピンポーン、
「……来た」
マナが言い終わる前に、玄関のベルが鳴った。ランカがすっ飛んで行った先で、ドアを開いて入って来たのは、
「ただいまー。……ん、ちゃんと用意はしてるわね、OK」
ランカの母・アカネ、
「お、お邪魔いたしますわ」
スザクの双子の妹・アオイ、
「ここに来るのも久しぶりねぇ……」
「……え? あ、綾ちゃん?」
そして、アオイそっくりの姿をし、山吹色の髪を持った少女。
それが誰なのか、家の中にいた3人は一瞬わからずに混乱した。その答えは、真っ先に帰ってきたマナから齎された。
「ランカ、シュロ、アズール」
「な、何?」
「一体どちらさん……って、何でっしゃろ?」
「あの、スザクの姉御にそっくりなのは……?」
「
火波 琴音さん。簡単に言うと、スザクとアオイのお母さん」
沈黙が一瞬。しかる後、
『……えぇええぇ――――!?』
吃驚の叫びが、部屋を満たした。
アオイやマナから事の次第を聞いた3人は、スザクがほぼ死んでいたという事実にまず衝撃を受け、ついでアカネと琴音、マナの連携プレーで何とか命を繋いだことを知って安堵し、最後に琴音がスザクの体に憑依したまま戻れなくなっていることを聞いてまた驚いていた。
「琴音さんのことは、私達も一応知ってはいたけど……」
「スザクさんに乗り移るってのは予想外でしたなぁ」
「スザクの姉御が無事、いや無事でもないのか……まあ生きてたのはいいけど、これはなぁ……」
確かにシュロの言うとおり、スザクの精神は底の底に落ちて眠った状態にある。事実上空になった肉体に琴音が何かのはずみで憑依し、そのまま定着してしまった、というのが目下の現状だったりする。
「ヒナちゃん、力は使える?」
「私の方は問題ないわ。スザクの力は……」
思いつつ、右手(スザクのだが)に意識を集中する琴音。一瞬もかからず、その手に赤い幻龍剣が示現する。
「……問題ないわ」
「なら、自衛は出来ると考えてよさそうですわね」
胸をなで下ろすアオイ。そんな彼女をよそに、シュロが口を開く。
「ともかく……ゲンブの兄貴に続いて、スザクの姉御までやられたとなると……」
「襲撃者と実際に戦ったのは、この中だとアオイだけ。何か知らない?」
マナが問うが、
「も、申し訳ありませんわ……頭に血が昇っていて、ほとんど覚えておりませんの」
答えはこれ。印象を残してほとんど記憶に残っていなかった。
ただ、
「何だか、攻撃を悉く打ち払われたような、そんな記憶がありますわ」
「打ち払われた? 反撃とか?」
「そうではなく、何というのか……その、相殺というか……」
「アオイさん、無理して思い出さなくてもいいから」
アオイが無理やり記憶を引き出そうとしているのを察し、ランカが止めに入る。
彼女が襲撃者に関する記憶を引き出すということは、取りも直さずスザクの惨状を思い起こすことに他ならない。スザクに対して恋情に近い想い入れを持つアオイにとっては、それは何より辛いことだろう。
「す、すみません」
さすがに当人も堪えたのか、それ以上記憶を探るのはやめたようだ。
話題を変えるように、アズールが一同を見回して言う。
「それで、これからどないします?」
そうねえ、とまずアカネが口を開く。
「ええと、
百物語組だったかしら? ヒナちゃん、ああなってから結構付き合いがあったみたいだから、連絡しておかないと」
「そうね。色々と問題も抱えてるし……」
続いてシュロが、
「あたしは一回戻る。獏也さんに現状報告だけはしとかないと」
最後にアオイが、
「私は……その、母様と一緒におりますわ。心配ですもの……」
彼女が心配なのはどちらかというとスザクの方なのだが。無論琴音の方もそれはわかっている。
「それなら、一緒に来る? 私はこれから秋山神社に行こうと思ってるんだけど」
「……はい。ご一緒しますわ」
火波姉妹、もとい母子の話がついたところで、アカネも言う。
「ランカ、アズール、マナちゃん。迂闊に外を出歩いちゃダメよ?」
「はい、お母さん」
「心得とります」
「……わかってます」
それぞれ現状とこれからの行動を確認し、実行に移る。
そこはかとなく気迫のようなものが漂う中で、思い出したようにランカが「あ」と声を上げた。
「ランカさん?」
「……琴音さん、アオイさん」
「学校、どうするの?」
「「…………」」
盲点だった。琴音がスザクの体から離れる手段がない現状、諸々の事情もあわせるとこのまま通学するしかない。
頭から飛んでいた可能性に固まる母子に、シュロがとりあえずの提案を示す。
「あ、あー……とりあえず、アオイがフォローしてやるしかねぇんじゃ……?」
提案というか「こうする」というだけの話だったが、こればかりは他の誰にも代案がない。
(数分後、白波家を飛び出した彼女は)
「でっ!?」
「む、すまん……よそ見をしていたようだ」
「い、いやこっちこそ……ってお前は!?」
(……やはり、そうなるか……)
(「奴」によく似た藍色の男と、ぶつかっていた)
最終更新:2012年08月06日 14:36