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千羽鶴と運び屋

 千羽 望という人物は元来、損をする性格である。
北にヒャッハアしながら残虐行為を行う白黒頭の看守がいれば、行ってやりすぎたとフォローして鬼ごっこを強いられるハメに遭い、
南に自分の上司を止めようとする看守がいれば、そのようなことはしなくていいと自ら顔面に生卵を受けて、
西に喧嘩をする上司と同僚がいれば、行って喧嘩を止めようとすると巻き添えを喰らい、
東に怪我をした囚人がいれば、こっそりと傷を癒してあげると後に上司にバレてサンドバックとされてしまう。
気遣いという概念を持たずにひたすら保身に走ればいいものの、やはりお人好しな性格が彼の人生に災いを成し、結果的には重罪人として刑務所から追われる身となってしまった。
 現在、彼は逃亡生活の果てにいかせのごれという土地に身を落ち着かせ、追っ手の目から逃れるようにストラウル跡地という辺鄙な場所に居住している。
ここにいれば他人と関わることは極力無いので、彼の長所が彼自身に牙を向くことはなく平穏に日々を過ごすことが出来る。
しかし、このストラウル跡地は何かが起こるからこそ人が寄り付かないのだ。
望の記憶が正しければ、最近では星飾りを付けた少女が同年代の女の子に星を降らせていたのが真新しい。
十中八九あの子は特殊能力者だろうが、一般人に対し危害を加えるのはご法度であることを彼は知っていたし、あまりにも被害が酷いのであれば刑務所が動き出しやしないかと、
内心かなりヒヤヒヤしていた。
結局、この事件の真相はその少女をとある男が唆し、それ故に暴走してしまったというものであったので望の心配は杞憂に終わったが。

本当に、最近は物騒だ。いい加減場所を変えた方がいいかもしれない。

と、望はそんなことを考えながら今日の日課を終えて『家』がある跡地へと帰って来ると、何か騒がしいことに彼は気が付いた。
中ほどに進んだ望の目に映ったのは、もう見慣れてしまった光景であった。

「…また、これか。」

 目の前で男と女が殺し合っているにも関わらず、ため息混じりにそう呟けるように慣れてしまった自分が怖い。いや、これはきっと過去の経験からかだろう。
そういえばショウさんも反抗はたくさんしてたけど、なんやかんやで最後まで刑務所らしい人だったなぁ、と望が元同僚の渋い顔を懐古し始めた時、

「っうわ」

 女の猛攻により弾かれた石礫が望の元へ飛んできたのであった。
幸い、その石礫が顔面にぶつかるより数秒前に気が付いたので、顔を横に逸らし回避することが出来た。
しかし、女は「死ね」と連呼しながら攻めの手を緩めず、猛攻を止める気配もなかった。
とりあえず被害を受けないように望は建物の影に隠れ、その戦いが終わるのをひたすら待っていたのであった。


女のレイピアが男の胸を刺し貫いた時、勝負が決まった、と望も思った。
しかし、男と一言二言何か会話をしたかと思えば、突然女が膝をつき、苦しみながらのた打ち回り始めた。
勝利したのは女、否、男の方であったのだった。
男は胸を押さえながら膝をつく、恐らくこれ以上の続行は不可能であろう。
女が荒く息を吐きながら立ち上がろうとしたその時、突然彼女の姿が消えてしまった。
何事かと男も望も驚いたのだが、男は上を見上げながら誰かと一言二言交わした後に、彼もまたその場から姿を消してしまったのであった。
男が消えた後にひらりと上から舞い降りてきたのは、濃い茶髪のショートヘアをした少女であった。
恐らく、一連の消失は全て彼女の力なのだ、と望は推測する。

「(人を消す、いや…移転させるのか…?)」
「さぁて、………もう出て来てもいいっすよ。」
「っ…!?」

 望の身体が、強張った。
自分は一度も声を発していないし、存在がバレるような真似もしていない。
少女が飛び降りたビルからも十分死角であったはずだ、それなのに。

「………」

 いや、ここで変な意地を張って隠れ続けても見苦しいだけだ。
望は仕方なく、少女の前へと出てきたのであった。

「おや、思ってたより優男。…こんにちは、跡地のお化けさん?」
「お化け?」
「身内から聞いてたんすよ、ストラウル跡地に出入りするお化け、…いや、人間がいるって。
多分、貴方のことかと思うんすけど。」
「はは、…まさか、人違いじゃ。」

 苦々しく望は笑ったが、少女がポケットから取り出して突きつけたものを見た途端、彼の表情は固まった。
それは、拠点としている部屋に置いてあった“いつか使うかもしれない大事なもの”であった。

「妙に綺麗な部屋に住んでいるって聞いてましたけど、貴方で間違いありませんよねー?カルーアトラズ刑務所・第1エリア担当看守、千羽望さん。」
「………」
「ああ、ご心配なく。そっちがどんな事情でここにいるのかって事までは聞く気サラサラないんで。」

 そう言って、少女は手に持っていた望の身分証を彼に投げ返した。
望はそれを受け取り、未だに掴めない少女の意図に戸惑いながらもポケットへと仕舞った。

「…人の部屋を無断で見るのはあまり関心しませんよ、ホウオウグループ。」
「あら?言ってないのに。」

 きょとんとする少女に、望は指先で自分の首をとん、とん、と叩く。
すると彼女は、ああ、と納得したように声を上げたのであった。

「でもホウオウグループって呼び方、なんか釈然としないっすねぇ。」
「貴方の名前を知らないのだから、当然のことでしょう。」
「じゃあ、アタシはスパロウ。これでいいっすよね?ノゾムさん。」
「………」

 自分の予想以上にフランクな態度のスパロウという少女に、望はやはり警戒の念は隠せなかった。
何せ今目の前に対峙しているのは腐ってもホウオウグループ。そこがどんな集団か、また、そこに所属する者がどんな人物かというのは、過去の経験上、望も分かっている。
しかしそれを見透かしたかのように、スパロウは頭の後ろで腕を組みながら呟いた。

「そんなに気張ってるとかえって疲れますよ?」
「……う…」
「図星?」
「そんなことより、さっきのは何ですか?スパロウ、さん。」
「ああ、あれっすか?クロウさんがちょっと絡まれたみたいでしてねー…あ、クロウ、っていうのはさっきノゾムさんが見てた男の人っすよ。」
「絡まれたって…あれ、絡まれたってレベルの話じゃないでしょうに。」
「そうっすねぇ、アタシが来なきゃ今ごろ鳥肉の完成だったかもしれませんっすね。」
「鳥肉って…」
「ま、安心してください。どっちも恐らく生きてるでしょうから。」

 それは暗に、女は心配無用だと望に伝えているようなものであった。

「…そうですか…」
「ただ、あの調子じゃあまた喧嘩吹っかけてきそうっすけどね。」
「そうなったらどうするんですか?」
「さぁ?当事者にならないと何とも言えませんっすね。ま、貴方もお気をつけて。」
「…?何故僕が…」
「関係ないとは言い切れないっしょ?」
「…一応、元なんですけどね…これでも。」
「あら、そりゃ初耳。なら、ここに住んでいることも尚更合点がいく。」
「報告はしないんですか?」
「元々噂程度にしか認知されてませんでしたし、報告の必要はないかと。ああ、勧誘ぐらいはするかもしれませんっすけどね?」
「それなら、丁重に断らせて頂きます。…組織は、もう懲り懲りなので。」
「それは残念。」

 そこで話の糸が、ぷつり、と途絶えてしまった。
まるで本島に世間話だ、と望は思った。話されている内容は選択肢次第では死を免れない、そんな物騒な言葉遊びかもしれないというのに、
そんなやり取りにでさえ不思議な居心地の良さを感じてしまう。
久しぶりに人と話したからか、それとも。

~♪

「ん?ちょっと失礼。」

 不意に、スパロウの持つ携帯電話から音が鳴った。
彼女がすぐに電話に答えると、誰かと何か会話をし始めた。
スパロウの口から出る言葉から察するに、相手はクロウであろう。

「んじゃ、また跡で。」

 そう言って電話を切ると、望の方へ振り返った。

「すいません、ちょっと呼ばれちゃったんでもう行きますわ。」
「え?…あぁ、いえ、こちらこそ引き止めてしまってすいません…」

 つい謝罪の言葉が口から出てしまった望に対し、スパロウは、ぷ、と吹き出し、
去り際にこう呟いたのであった。

「貴方、とてもあの刑務所の看守とは思えないっすね。」










千羽鶴と運び屋


(後に残された千羽鶴はといえば)
(一人苦笑しながら頭を掻いていたとか)

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最終更新:2012年08月08日 16:21