「……というわけですの」
屋上に
シスイとトキコを呼び出したアオイは、現状を洗いざらい話していた。
スザクが謎の少年に襲われ、瀕死の重傷を負った、というかほぼ死んでいたこと。
母・琴音のおかげでギリギリのところで踏みとどまっているものの、今度は琴音がスザクの体から離れられなくなってしまったこと。
解決の方法がないため、当分この状態が続きそうなこと。
そして、ついこの間再度の襲撃を受け、何とか退けたことを。
「「………」」
聞いた二人は、あまりの事態に呆然としていた。
「じゃあ、今ここにいるのは……」
「鳥さんの、お母さん?」
「ええ。改めて、初めまして。
火波 琴音よ、よろしくね」
人懐っこい笑みを浮かべて挨拶する琴音。
「は、初めまして。
都シスイって言います」
「トキコです、よろしく」
それぞれに挨拶を返した後、トキコの目にふっ、と怒りの色がよぎる。
「……ね、蒼さん」
「はい?」
「その、鳥さんを襲った子、どんなだった?」
「え? ええと、赤い髪にナタを持っておりました。それと、後は……何だかボロボロの服装で、明らかに正気を失っておりましたわ」
「わかった。ありがとう」
淡々と受け答えするトキコに、隣に立つシスイが何となく、と言った調子で問いかける。
「……悔しいのか?」
返事は、
「まあ、ね」
平坦な中に、明らかな怒りを秘めた言葉。
「だってそうだよ? 鳥さんを殺していいのは、私だけなのに……」
「……他の奴に取られるのは我慢ならない、と」
そうだよ、と即答でうなずくトキコであった。
「やれやれ……」
聞くだに異常なスザクとトキコの関係であるが、シスイはもうこの件にはあれこれ言うまい、と決めていた。
今は自分の方にも、いくらか問題が発生している。それに、馬に蹴られたくはない。
「……トキコちゃん、一つ聞くけど」
「はい?」
そのトキコに尋ねたのは、琴音。腕を組むようにして、真剣な目でトキコを見据える。
「スザクとの関係については、大方知ってるわ。その上で聞くけど……」
「あなた、本当にスザクを殺すつもり?」
それは、アオイもシスイも、聞くに聞けなかった核心だった。
ホウオウグループはいずれ、世界の合理化のために本格的な活動を開始する。そしてそれは、取りも直さずアースセイバーとの全面激突を意味する。
その時が来れば、後はただ、敵として戦うのみ。問題はその後。
「姉様から以前お聞きしたところでは……トキコさん、姉様の全てが欲しい、と言ってのけたそうですわね」
「うん、欲しいの」
これまた即答。スザクが聞いたら真っ赤になりそうな発言だが、幸か不幸か当人は今、そんな状態にはない。
「それと、姉様を殺すというのは、矛盾ではありませんこと?」
「でもないよ」
あっさりと、言ってのける。
「先に言うけど、これを言い出したのは鳥さんの方だよ」
前置きしたうえで、トキコは言う。
「で、ね。蒼さんの質問だけど、全然矛盾じゃないよ」
「なぜですの?」
「だってそうでしょ?」
「私が鳥さんを殺せば、鳥さんはもうどこにも行かない。ずーっと私のものなんだよ」
『…………』
絶句する一同に、トキコは表情をころっと変えて言う。
「まあ、鳥さんが簡単に殺されてくれるとは思わないけど。それに、生かして負かせたらそっちのがいいしね」
「……だよなぁ。あいつ、負けを簡単に受け入れるほど甘い女じゃないし」
「では……殺さずに済めば、どうしますの?」
「それはその時。そうだなぁ……連れて帰るのもいいなぁ……そしたら……」
色々想像したのか、微妙に顔がニヤケるトキコ。だがそんな彼女に、黙って聞いていた琴音はさらっと爆弾を落とす。
「……何の因果かしらね」
「へ?」
「スザクもちょっと前、部屋で同じこと言ってたわよ。しかも盛大にニヤケてたわね」
「……姉様……」
複雑極まりない表情で呟くアオイであった。
図らずも的を射た発言をしたシスイが頭を押さえる。
そして当事者であるトキコはというと、
「……うわぁ、うわぁ……わ、私どうしよう……」
何やらオロオロしていた。スザクが同じことを考えているとは全く思わなかったらしい。
これでは埒が明かないと、アオイは脱線しかけていた話を強引に元に戻す。
「ともかく、ですわ! そういうわけで、今、姉様は表に出て来られませんの。当分母様が演じることになりますから、お二方とも、そこはご了承くださいませ」
「あ、ああ。わかった」
「はーい。……あれ? 琴音さん、何で鳥さんが部屋でそう言ってたって知ってるの?」
トキコの疑問ももっともだった。話を聞く限りでは、琴音はたいていの場合とある神社(アオイは気を回して名前は出していない)にいるはずで、その当時は火波家にはいなかったはずだ。しかし、琴音はまたあっさりと答えてみせた。
「ああ、それ? 記憶をちょっとね」
乗り移っているスザクの記憶を見たらしい。
「……ということは、姉様の全てが母様には筒抜け、と?」
「……でも、これ以上は梃子でも明かさないわよ」
答えるでもなく言い切る琴音。トキコは何だか口惜しそうな目で見ていたが、琴音が意見を翻す気がないと見たか、「はぁーい……」としぶしぶ引き下がった。
(まあ、本当はわからないだけなんだけど)
モノローグ通り、スザクの意識は現在心の底の底に落ち込んでいる。琴音が見られるのはあくまで表層記憶のみで、あまり深い部分はわからないのだ。
とにかく、と今度はシスイが話を戻しにかかる。
「俺の方もいろいろ立て込んでるから、すぐに何が出来る、ってわけじゃないけど……出来ることがあったら言ってくれよ」
「ええ、その時は頼らせていただきますわ」
朗らかに応じるアオイ。スザクから何度も聞かされた「頼れるヤツ」には、アオイも全幅の信頼を置いている。
と、
「……ん?」
その「頼れるヤツ」ことシスイが、ふと怪訝な眼で入口を見た。
「? 一角君、どうかしたの?」
「いや……」
首を傾げつつも、視線を戻すシスイ。だが、先ほど感じた「何か」の感触は、簡単には消えてくれなかった。
(今、確かに誰かいた……向こうと)
目だけでちらりと見たのは、トキコの背後。
(そこと……)
そして、
(校門……)
入口の方にいたのは、生徒の誰かだろうと思う。だが、残る二つがわからない。
トキコの背後に感じた気配は、明らかに人間のそれではなかった。「天子麒麟」を持つ自分でもなければ気づかないほど巧妙に隠蔽されていたが。
そして校門の気配。これはどちらかと言うと、明らかに「見られて」いた。視線を感じた、とでもいえばいいのか。
(警戒はしておこうか……)
1人思うシスイの耳に、昼休みの終わりを告げるチャイムの音が届いていた。
琴音とスザクと恋バナと
(そして、三つの気配と)
最終更新:2012年08月25日 20:54