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琴音、その想い

「…………」

いかせのごれ高校の校門付近に佇んでいたブラウ=デュンケルは、屋上に向けていた視線を外すと、そのまま何処へともなく歩き去った。
先ほどまで彼が見ていたのは、先日関わった内の二人と、その関係者らしきもう二人。そして、その背後、全員の死角にいたもう一人。

百物語組、とやらか……)

ブラウの能力「絶対透視(インサイトシーイング)」。あらゆるものを意のままに「見る」ことが出来る力だ。
その力を以ってすれば、対象がどこに隠れようと、どれほどにかく乱しようと、関係なく場所を捕捉できる。それは今しがた見た、「必ず背後に現れる」というような能力であっても関係はない。
ただ、だからと言って万能ではない。

(…………やはり、見えんか)

しばらくあちらこちらに視線を彷徨わせた後、嘆息する。ブラウがいかせのごれにいるのは、実の所とある男……要するにヴァイスを探すためなのだが、これが全く引っかからない。「インサイトシーイング」の弱点は、壁一枚しか透かせないこと、射程限界距離があること、そして「ここにいる」と大雑把にでもわからなければ精度が格段に落ちることだ。その意味では、常に神出鬼没、居場所を悟らせないあの男はブラウにとって天敵とも言える。

(だが、逃がすわけにはいかん)

右手で帽子をかぶり直したブラウは、その下から鋭い目線を何処かに向け、雑踏の中に姿を消した。





「うあ゛ー……疲れたぁぁ……」
「ゴメンね、面倒かけて」

放課後。生徒達が下校して人のいなくなった教室で、トキコは思いきり机にのびていた。その横に立つ琴音が、申し訳なさそうに詫びる。事実を言うならば、午後の授業は壊滅だった。何しろ、その授業というのがこともあろうに体育だったからだ。

現状、琴音の身体能力はそのままスザクのものである。ゆえに成績は悪くないはずなのだが、

『きゃあぁっ!?』
『ちょ、鳥さーん!?』
『い、今物凄い勢いでクラッシュしたけど……』
『大丈夫かしら……?』

琴音自身のカンが鈍りに鈍っていたために体がついて来ず、高跳びでは派手にポールに激突し、

『えぇぃっ!? ……あら?』
『か、母さ……姉様!? なぜバットがこっちに飛んできますのーっ!?』
『火波さん、今日はどうしたんだろう……調子悪いし、言葉遣いも何か……』

ソフトボールではバットの方を振り飛ばし、その都度トキコとアオイがフォローに奔走。しかも、更衣室は更衣室で、いつもの如くのガールズトークが始まったのだが、これにも琴音はついていけなかった。世代が一つ違う上に、スザクとは性格も嗜好もまるで異なる。これでは対応が効くはずもなく、下手を打つ前に二人で先手を打って答える、という方法で何とか切り抜けたのである。
「ほ、本当に……母様、一刻も早く元に戻る方法を探しませんと……」
「そ、そうね。このままだと二人もシスイ君も持たないし……」

何より、スザクが心配だった。今は琴音がいるために命を繋いでいるが、今彼女が離れてしまったらどうなるかは不明だ。
最悪、そのまま死亡することもあり得る。

「ドジっ娘は鳥さんの専売特許のはずなのにー……ママさんまでそうなのー?」
「そんなことない……はずなんだけど。ドジなのはどっちかって言うと綾斗さんだったわ」
「父様ですの?」

ええ、と頷き、どこか懐かしげな顔をする琴音。今は亡き夫、スザクとアオイの父親である火波 綾斗。大恋愛で駆け落ち同然の結婚を果たした、今でも愛してやまぬ伴侶。

「私のために何かしようと、いつも張り切って、でも失敗ばかりで……」

時に苦笑で、時に慨嘆で、失敗を受け止めた綾斗。しっかりしているようでどこか抜けている、それでいてこうと決めたら一直線なその性格は、本当にスザクに……綾音に似ている。

「鳥さんのお父さん、かぁ……」

話を聞くトキコの脳裏に浮かぶのは、自身の父親・シギの顔。
何だかんだで一応の和解には漕ぎ着けたが、正直それでも悪印象は拭えない。何しろ性格が性格、職場が職場だ。おまけにスザクやスイネ、廻り巡って最後にはマナまで巻き込み、ヴァイスまで関わってくることになったあの一大事は、率直に言って悪夢に近かった。最後の最後に思わぬ幸運―――と言っていいはずだ―――が舞い込んだのは事実だが。

「…………」

そこまで思考が及んだところで、ふと琴音を見る。

「………むー」

そこにいるのは、スザクの体を借りた彼女の母、琴音だ。そうわかっていても、やはり「鳥さん」の顔で他の誰かのことを惚気られるのは、正直言っていい気分はしない。というか面白くない。

「……でも……」

ふと、その琴音の表情が陰る。

「母様……?」
「……子供達が生まれて、本当に幸せだったわ。こんな日々が続いていくのだと、そう思っていた……なのに、あの日……」

琴音の脳裏をよぎるのは、スザク……否、綾音が姿を消した、あの日。綾斗とボール遊びをしていて、外に飛び出したボールを取りに行ったきり、帰って来なかった長女。

「……綾音がいなくなってから、綾斗さんは必死になって探し続けたわ。でも、手掛かり一つ見つからなかった。……その挙句……」

そして、記憶は「その日」に至る。




『はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……』

病院から連絡を受けた琴音は、ひたすらに廊下をひた走っていた。迷惑そうに睨む者も多かったが、それどころではない。
飛び込んで来た連絡は、琴音に取ってあまりにも信じがたい、そして到底受け入れられないものであったからだ。

扉を開け、部屋に飛び込む。

『……綾斗、さん……?』

暗く冷たい、その部屋―――霊安室に横たわるのは、白い掛布で顔と体を覆われた、誰か。
震える手で顔の覆いを取り除けると、そこにあったのは、眠っているようにも見える夫の顔。
――――だが。

『嘘、ですよね……こんな……』

彼がそれに答えることは、二度とない。
―――琴音の下に飛び込んで来た一報は、簡単に言うとこのようなものだった。


『ご主人が交通事故で亡くなられました』


ハンマーで頭を殴られたかのような、というのはまさにその時の琴音の心境だった。綾斗は交差点を渡る途中、無謀運転のトラックに撥ね飛ばされて即死だったらしい。トラックは逃げたらしいが、琴音にとってはどうでもよかった。
今、目の前に夫がいる。物言わぬ姿で。

『綾斗さん……綾斗、さん……!』

認識がようやく現実に追いついた瞬間、

『――――ぅああぁぁあぁぁぁぁ……っ!!』

感情が、一気に決壊した。



それからの琴音は、ほとんど生ける屍のような状態だった。娘どころか夫まで失い、生きる気力をほぼ完全に喪失していた。
それでも最後の一線だけは越えずに済んだのは、次女・綾歌の存在ゆえ。自分までいなくなったら、彼女は一人になってしまう。その事実だけが、辛うじて琴音を繋ぎ止めていた。

だが、そんな状態が長続きするはずもない。
心身ともに疲弊しきった琴音は、間もなくして体調を崩し、残される綾歌と行方の知れない綾音、二人の娘を案じながらこの世を去った――――はず、だった。

「……もしや、それで……」
「気が付いたら、私は誰にも見えない、心だけの存在になっていたわ。どうしてなのかはわからないけれど、ね」

自分の存在が誰にも気づいてもらえない、というのはかなりのショックだったが、それでも娘を守る力がある、ということだけはわかった。綾歌を陰ながら守りつつ、時に何が出来るでもない我が身を恨みもしたが、ともかくここまでやって来たのだ。
綾歌が旅行先で、双子の姉―――スザクと名乗っていた綾音と再会するまでの6年間を。

「もしかして、ママさんがこっちに来たのって、その時?」
「綾歌……今はアオイね。この子が転校する時に、一緒について来たのよ。ツバメがちょっと心配だったけど、この子たちには代えられなかったし、ね」
「ああ……」

何やら納得したような表情でつぶやくアオイ。反対にトキコは「?」と疑問符を浮かべる。
「ツバメ……って?」
「あら、スザク辺りから聞いてない? 一之瀬 ツバメ、私の妹よ。私が死んでからはアオイの世話をしてくれたんだけど……何て言うか、結構ズボラでね、あの子」
「ええ。掃除も片づけも下手なことこの上……この下? ありませんでしたから」
「あー……もしかして、蒼さんが全部やってたんだ?」
「ご名答ですわ」

ともあれ、と琴音は話を切り上げる。

「見つけて、再会した……まではよかったけど、スザクがこの有様では、ね……」
「早く、姉様を起こして差し上げなければなりませんわね」



琴音、その想い


(その頃、秋山神社)

「ただいま。琴音さんの様子を見てきました」
「お帰り。それで、どうだった?」
「……何だかややこしいことになってるみたいです、ハイ」

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最終更新:2012年10月09日 22:03