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スナーク狩り

「――急いで、みんな!」

 いかせのごれ某所。人気の無い街外れを、三つの人影が走っている。

 異様な三人組だった。一人は半透明の子供であり、一人は包帯塗れ。三人目に至っては、両腕が鳥の翼のようになっている。

「ヒトリッ!」

 包帯を巻いた少女が叫ぶ。その声に応えるように鳥人間は頷くと、自分達が走っている方向とは逆方向を向き、その両腕を大きく振る。

 ――サラテュードウィンド!――

 不気味な風が吹き荒れる。三人を追跡していた人影が、その風に吹き飛ばされまいと踏ん張っている。それらは全員、漆黒のライダースーツとフルフェイスのヘルメットを装着している。

「はあぁぁぁぁぁぁ!!」

 敵が体勢を崩した瞬間を狙い、包帯の少女が飛び掛る。右腕に巻いた包帯を引き剥がすと、腐敗した黒い肌が剥き出しになる。

 腐敗した右手がヘルメットに触れた――その瞬間、ぐしゃりとヘルメットが溶け落ちた。溶けたヘルメットの下から、のっぺりとした坊主頭と、その中心にある赤い無機質な単眼が露になった。

「こんのぉッ!」

 剥き出しになった敵の脳天目掛けて、少女が鉄パイプを振り下ろした。ゴキン、と言う鈍い音を立て単眼の首はへし折れ、その場に倒れて動かなくなった。

『ヘルちゃん、ヒトリさん、逃げて!』

 半透明の子供が叫んだ。その声を受けて、すぐさま包帯の少女と鳥人間は物陰に隠れる。二人が耳栓を付けるのと、半透明の少女が息を吸い込むのはほぼ同時だった。

『――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 もし、この場において少女の声を聞いた者がいたとすれば、それを「無音な爆音」であると認識したであろう。なぜなら、音を認識する前に鼓膜が破壊されてしまっているからだ。故に、音が鳴っている事が分かっていても、それが音であると感じる事は出来ない。

 音の衝撃波が吹き荒れる。凄まじい振動波が射程範囲内の物を襲い、無差別に破壊していく。ガラスは一瞬の内に砕け散り、コンクリート製のビルの壁面に亀裂が走る。

『はぁ……はぁ……!』

 衝撃波の通り過ぎた後に、動く者は無い。所々にライダースーツの姿が見えたが、全員身体を小刻みに痙攣させて起き上がる気配は無い。

「アビ、行くよ!」
『うん!』

 三人が逃走を再開すると、一体どこに隠れていたのか、新たなライダースーツ達が現れてそれを追いかけていく。

 逃走戦にして、追跡戦……その終わりは、見えなかった。

 ――・――・――

「アビ、追って来てる?」
『ううん、いない。撒いたみたいだよ、ヘルちゃん』

 物陰に隠れて三人組――無々世一派のアビ、ヘルラ、ヒトリは息をついた。よほど激しい逃走劇だったのだろう、思念体であるアビも含めて全員が肩で息をしていた。

『あのバイクスーツの人達って……』
「ウスワイヤを襲撃した、千年王国の兵隊と見て間違いないね」
『何でそんな人達に襲われないといけないのかなぁ……私達、そんなに嫌われるような事……』
「……いっぱい、やってきてるね」

 自分で言って鬱になっているが、それは彼らで選んだ道だ。

 無々世一派。無々世と言う一体の「人無(ひとでなし)」を中心とした集団であり、「永遠なる平和な世界」を作り出す事を目的としている。
 彼らは自らの目標の障害となる存在すべてを不要なものとして捉えており、それ故にあらゆる組織から危険視されている一派だ。それ故に、無々世一派を快く思っていない者達は多い。しかし、

「でも無々世、千年王国は警戒しなくていいって、言ってたのに……」
「事情が変わったんだよ」
『!?』

 自分達ではない声が、三人の頭上から降って来た。反射的に顔が上の方を向く。

 両側が壁に挟まれた路地。夜空が切り取られている。その空を覆い隠すように、建物の外壁に巨大な影が張り付いていた。

「――!」

 ヒトリが自分の腕から羽を数本引き抜き、その影目掛けて投げた。羽はダーツのように標的目掛けて飛ぶが、当たったのは外壁だけだった。影は獣ような速さで動き、今度は路地の出口を塞ぐ様に立ち塞がった。

「大きい……!」

 街灯の明かりに照らし出された姿は、長身の男だった。くすんだ金色の髪を肩先ぐらいにまで伸ばしており、縁の丸い眼鏡の奥で緑色の瞳が覗いている。何故かヘルラには、その瞳がまるで肉食獣の目であるかのように思えた。

「お前は……!?」
「……都市伝説・侵話が一灯」
『都市伝説・侵話!? それって――』

 アビの言葉に対する回答を示すように、男は脇に抱えたマスクを被った。犬歯の長い、サーベルタイガーの頭を模したマスクだ。

「人面虎(マンティコア)。それが俺に与えられた別名だ」

 マスクの瞳が――肉食獣の眼が光る。本物の人食い虎と対峙しているかのような錯覚を、三人は感じた。

「都市伝説……確か、百物語組や、出雲寺組を襲ったって言う……!」
『千年王国の所属だったんだ……』

 人面虎は、三人に近付きながら右腕に巻き付けた皮製のバンドを引き千切る。機械性の義手が、剥き出しになった。

「……何が目的なの、アンタ達?」
「自分達の組織の邪魔になる存在を潰す……お前達が何時もやっている事と同じだろう」
「ううん、違う……確かにそんな風に見えるけど……無々世が言ってた。『お前達に他の組織を潰す気なんて全く無い』って」
「…………」
「考えてみれば分かる事だった……ウスワイヤ襲撃事件の時だって、ジングウはバトルドレスを戦わせるばかりで、他にもあった筈の手札を使おうとはしなかった……百物語組を襲撃した事件もそれから音沙汰無いし、出雲寺を襲った時も怪我はさせても命までは取らなかった」
「……随分と詳しいんだな。まぁ、敵対勢力について知っていても、不思議ではないか」
「あんた達、一体何なの!? 潰す気なんか全く無くて、悪戯に暴力を撒き散らすばかり! そんな事をして、一体何の為に――」
「――合理的な、世界の創造の為、ですよ」
「……え?」

 ヘルラの言葉に割って入ってきたのは、新たな登場人物だった。人面虎の背後から現れたのは、外套に身を包んだ小柄な人影。巨大な人面虎の体躯と並び立つと、巨人とホビット位の対格差を感じてしまう。

「あなた達、無々世一派は『永遠なる平和な世界』を目指しているんですよね」
「え……ええ、そうよ。差別も暴力も無い、平和な世界の創造……それが無々世の名の下に集まった、私達の目標だもの」
「平和……確かにいい言葉ですね。争いの無い、穏やかな世界……」

 小柄な人影は、どうやら男であるようだった。それも若い、少年の声だ。

 少年の言葉に偽りは無いのだろう。その響きには、平和と言う言葉への憧れ、そして共感する響きがある。ジングウのよくやる芝居がかった口調などでは決して無い。

「僕もそれは、いい事だと思います。だけど――」
「俺達の頭(かしら)に言わせれば、それはまやかしだ」

 少年の言葉を、人面虎が取り次いだ。マスクの下から覗く口元が皮肉そうに嘲笑(わら)う。

「何?」
「平和であると言う事は、即ち競争が起きないと言う事だ。競争が起きないと言う事は、つまり上を目指さないと言う事だ……人類がどうやってここまでやって来たのか。それは競争が存在したからだ、向上心があったからだ」
「そして、平和と言う言葉は向上心を殺す。向上心が無くなったら、人はゆっくりと腐っていく」
「「争いがあるからこそ、人はここまで来る事が出来た」」

「「「ッ――――!?」」」

 アビも、ヘルラも、そしてヒトリも。背筋に悪寒を覚えた。目の前に立っている二人が――まるで彼らが喋っているのではなく、ジングウが喋っているかのように錯覚したからだ。

「俺達、都市伝説:侵話は、一人一人が蝋燭を持っている。戦いの火種になる蝋燭をな。それを、各組織へ撒き散らし、火勢を大きくする……つまり、火付け役って事だ」
『火付けって……何の為に?』
「そんなの、戦争を起こす為に決まっているだろう?」

 人面虎が再び嘲笑う。そんなの、分かりきった事ではないか、と。

「ジングウさんが言う合理的な世界って言うのはね……争いの絶えない世界なんだよ。戦いが永遠に続く修羅の世界……それが、あの人の望む理想」
「……馬鹿げてる。そんなの、ただの地獄じゃないの!」
「かもしれない、あまりにも苛烈な世界だ。だけどそれ故に怠惰は許されない。誰もが前に進む事を、前進する事を、今より良い存在になる事を強いられる世界」
「まさに、弱肉強食の理論だな。もっとも、頭はこの言葉が嫌いでな。どちらかと言えば、適者生存の方が適当か」

「「「…………!!」」」

 三人は、ただ息を飲むしなかった。

 永久に争いの無い世界を目指す無々世に対し、
 永遠に争いの続く世界を目指すジングウ。

 間逆だ。千年王国は、無々世一派が目指す道と、間逆の道を歩んでいる。そしてその内容に、イカれているとすら三人は思った。

「そんなの――」
「やらせる訳が無い、ってか?」

 ジャキリ、と人面虎の右腕が変形した。瞬時に、機関銃のような形へと変わる。鋼が放つ凶暴な輝きに、ヘルラはごくりと生唾を飲み込んだ。

「主張はご自由に。だけどな、どんなに正しくても、力が無ければその主張は通らないんだよ」
『ヘルちゃん――!!』

 ヒトリが、ヘルラを庇う様にして立った。たがしかし、それが一体何になると言うのだろう。機関銃の弾丸は、人間の身体などたやすく貫き抉る。人一人が身を挺したところで、その圧倒的破壊力を防ぐ事など叶わない。ましてや、人面虎の右腕に内臓されているのは細かい針のような弾丸を高速で撃ち出す千本機関銃(ニードルガン)だ。

 人面虎が引き金を引いた、その数秒後。待っているのは、二人分の挽肉に変えられたヘルラとヒトリの姿――

 ――の、筈だった。

ロイドさん!」

 人面虎の隣に立っていた少年が声を上げた。人面虎本人はと言えば、苦痛にその表情を歪めている。見ればその右腕は……煙を上げながら、まるで爆発でもしたみたいに、ボロボロに破壊されていた。

「なるほど、これが『危険因子化(ハザードファクター)』か……一度食らってみないと、どう言うものか分からないものだな」

 人面虎が顔を上げる。その視線は、三人の背後に向けられていた。

「な、無々世……」

 一体いつの間にそこへ現れたのか、そこには十二歳位の少年が立っていた。亜麻色の短い髪の毛に、虚ろな瞳。まるでその瞳は虚空へと続く穴のように深い。この世の何もかもに絶望した人間の瞳は、こんな風になるのかもしれない。

 無々世一派の中心人物、「人無(ヒトデナシ)」無々世その人だった。

「くくく……頭から頼まれたんで代わりに言うぜ……『ようやく会えたな』」
「…………」

 無々世は、無感動に自分達の「敵」を見つめている。彼が一体何を考えているのか、同じ「仲間」である筈のアビ達ですら、その心中は全く理解出来なかった。

「……撤収だ。行くぞ、『獣帝(ビーストマスター)』」
「は、はいっ!」

 それまでの執拗さと打って変わり、人面虎と少年は踵を返す。もっとも、敵対者に無々世が容赦する筈も無く、その腕が彼らに向けて上がる。

「〝危険因子化(ハザードファクター)〟」

 ビシリ、と両側の壁面に亀裂が走った。次の瞬間には、それが砕け、二人目掛けて落石となって降り注いだ。

 轟音、そして砂埃。それらが視界を埋め尽くす。一瞬の出来事に、三人は息を呑んだ。

「……逃げられた」

 ポツリ、と感情の欠落した声で無々世が言った。ただ、目の前に起きた出来事に対する結果だけを彼は述べていた。

『へへーん! 一昨日来やがれなのよー!』

 敵を退けられた事がよほど嬉しいのか、未だ晴れない砂埃に向かってアビがアッカンベーをする。

(……違う)

 しかし、ヘルラとヒトリは違っていた。二人は浮かない表情で顔を見合わせる。

(奴らはとっくに、目的を達成している……)

 ――ようやく会えたな――

 人面虎を通じてジングウから放たれた言葉が、ヘルラの中で木霊する。

 そうだ、初めから彼らは言っていた。「潰す気なんて始めから無い」と。都市伝説達が襲ってきたのは他でもない――無々世を、彼女達のリーダーを引き摺り出し、表舞に挙げる事だ。

 轟々と、何かが音を立てて燃えているような――そんな気が、ヘルラにはしてならなかった。

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最終更新:2012年11月11日 19:33