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愛を見出す『話』

「…ふう」

いかせのごれのとある森の奥深く。
大きなガラクタ達を前に、一人の女性がそこに立っていた。

「今日はやたらと数が多かったわね…」

血を思わせる赤色をした長い髪、黒い輪の瞳に赤目、横に伸びた鬼の様な角、額から覗く不気味な眼球。
その姿はまさしく、妖怪と呼ばれるそのものだった。

彼女の名前は、紅花。
守人に属する古の大妖怪である。

「よう。お疲れ」
小烏丸

同じ妖怪で守人の青年―――小烏丸が声をかける。

ホウオウグループの奴ら、飽きもしないでよく作るよな」
「そうね」
「ま、オレらが全力を出せばこんなモン、敵じゃねーし」
「でもこちらだって負傷者はおろか、死者まで出てるわよ?」
「うぐ…」

最もな指摘に小烏丸は言葉を詰まらせる。
一方、紅花は溜め息をついてこう言った。

「だから人間は外せと言ってるのよ…妖怪より弱い癖に」
「まーだそんな事言ってんのか? ったく…」
「そりゃあ、貴方は愛しの恋人のお陰でそう感じてないでしょうよ」
「…冷やかすか嫌味を言うかどっちかにしろよ」

ジト目の小烏丸。

「人間なんて、弱いし愚か者ばかりだし、何よりすぐ死んでしまうじゃないの」
「いや、確かにそうだがな…」
「たったの数十年しか生きられない人生の、どこが良いのかしら。それでも馬鹿みたいに、懸命に生きてる人間の気持ちは本当に理解できないわね」

ふいと顔を背け、紅花はその場から去った。


「はぁーあ。神も神よ。何であんな貧弱な生き物作ったのかしら」

愚痴りながら帰路を歩く紅花。
と。

ウェエン ウェエン

「…? 赤子の泣き声…?」

不審に思った紅花は、泣き声が聞こえる方へ向かう。
案の定、まだ生まれたばかりであろう赤子が泣き続けていた。

「捨て子…愚かな事をするわね」

泣き止まない赤子を見下ろしながら、彼女はポツリと呟いた。

(まあ私には関係ないわ)

そのまま歩き出す紅花。
しかし数歩歩いた所で足を止める。

「…………」

赤子はまだ泣いている。

「……仕方ないわね」

赤子の元へ戻り、それを抱き上げる。
そして揺すってあやしてみた。

「よしよし、よしよし…」

頭を撫でたりもしながらしばらくあやすと、やがて赤子はすやすやと寝息をたて始めた。
それを見て紅花はホッと一息をつく。

「とりあえず、家に帰りましょうか」


翌日。

ウェエン ウェエン

「あら、どうしたの。お腹すいたの? それともおしめ?」

突然泣き出した赤子の元へ駆け寄る。
おしめを見たが、特に漏らしていなかった。

「そういえばおむつもミルクも無かったわね……他の守人に色々聞こうかしら。ちょっと恥ずかしいけど」

トントン

「あら…はーい」
「よう山姥よ」
「……その呼び方はやめてナオトキ。言っておくけど、私は山姥じゃないわよ」
「はっはっは。そんなに怒らなくてもいいだろう、可愛い顔が台無しだ」
「殴るわよ」
「はっはっは、どうどう」

急に紅花の元へ訪れた老人、ナオトキ。
実はヒロヤアンジェラの祖父に当たる人物なのである。

「…おや、お前。子供がいたのか」
「ああ、違うわ。昨日捨てられていたのを拾ったのよ」
「なんだ。お前、世話の仕方も分からんのに拾ったのか?」
「うぐ…だって、放っておく訳にはいかないでしょ…」
「まあ確かにそれは正しい。で…用件なんだが、緊急に会合が開かれる事になってな。今すぐ来てくれんか?」
「ええ、分かったわ。ただ…」
「連れてきてもいいぞ。どうせ、他の者に世話の仕方を教えてもらおうと、思っていたのだろう?」
「………」

図星だ、と言わんばかりの表情で睨む紅花。
余談だが、その会合で赤子の事で弄られたのは言うまでもない。


「はあ…全く、大妖怪をからかうなんて。これだから人間は…」

月光りだけの明かりで薄暗い家の中で、紅花は呆れ気味に呟いた。
傍らには、揺りかごの中ですやすやと眠る赤子。

「………」

(ところで紅花、名前は決まっているの?)
(いや、別に…)
(あら、早く決めなさいよ)
(そんなに慌てる事でも無いでしょ)
(いーや! 拾って育てていくって決めたからには、ちゃんと名前をつけてあげないと!)
(う………)

「ああ言われたけど、簡単に決まる訳無いじゃない…」

眉間を押さえて唸る。

「んー………」

ふと赤子を見つめる。
気持ち良さそうに、すやすやと寝息をたてるその顔を見て、紅花は閃いた様な顔を浮かべた。

「…そうだ、この子の名前は―――」


「『ミミ』ぃ?」

翌日。
小烏丸とナオトキが家に訪れてきた。

「そ、良い名前でしょ?」
「………お前、ネーミングセンス無いんだな」
「何ですって!?」
「まあまあ…紅花、由来はあるのか?」
「…昨日ね、この子の寝顔見て可愛いなって思ってさ。だから名前も可愛い方がいいかなって」
「なるほど。いいんじゃないか?」
「えー…」

不満そうな顔の小烏丸。
一方で紅花は、はにかみながらも笑っていた。
すると赤子、ミミがキャッキャッと笑い出す。

「おや」
「お前のネーミングセンス笑ってんだよ、きっと」
「どつきまわすわよ」
「おー怖い怖い」
「ったく…」

顔は呆れているものの、赤子を見る目は優しい。
それを見た二人も微笑んだ。

「…どんな子になるんだろうな」
「さあ。…この子が大きくなるまでは、なにがなんでも守らないとね」

「今日から、あんたはわたしの家族だもの」


「おばあちゃん、絵本よんで!」
「あら、あんたまだ起きてたの?」
「だってねむれないもん」
「もう…しょうがないわねえ」

あれから数年。
「ミミ」と名付けられた赤子は健やかに成長し、5歳になっていた。
そして変わった事がもう一つ。
血の様に赤い長髪はクリーム色に、目も普通の黒一色になっている。
額の不気味な目も、鬼の角も無い。
紅花はまだ幼いミミを怖がらせないように、人間に変化していたのだ。

「これでおしまい…あら」

絵本を読み終えた時、ミミは既に夢の中に旅立っていた。
紅花はその頭を微笑みながら一撫でし、絵本を棚にしまう。

「…前まで絵本なんて置かなかったのにねえ」

しみじみと呟く紅花。
そして以前ナオトキに言われた言葉を思い出す。

『変わった? 私が?』
『ああ。ミミを拾うまで、全く笑う事なかったろ』
『そういや…そうかもしれない』
『確かに紅花、以前と比べて丸くなったな』
『何よ、冷たかったとでも言いたいの?』
『まあまあ。何にせよ、良い変化だな』

「…笑ったの、いつ振りかしらね」

妖怪は寿命が長い。
ゆえに記憶があやふやになってしまうのはよくある。

「全く、何故今まで笑わなかったのかしら」

一人クスクス笑う。
その後ろで幼い子供は、幸せそうな寝顔をしていた。


「おばあちゃーん! 遊ぼー!」
「まだご飯食べてないでしょ」
「やだー! 遊ぼー!」
「ダメ、我慢しなさい。本当に遊んであげないわよ」
「むう…」

頬をふくらませ、壁を背に座って絵本を読み始めたその姿に、紅花は思わずに苦笑いする。

「おっと、鍋見なきゃ」
「ごはんなーに?」
「シチューだよ」
「ホント!? やったぁー!」

昼食が好物だと分かった途端、満面の笑みでぴょんぴょん跳ね出すミミ。
コロコロ変わるその表情に、紅花は顔を綻ばせずにいられなかった。
彼女は気付いているのだろうか。
自分もそうなっている事に。

「早くごはんたべよー!」
「ったく、現金ねえ。さっきまで遊びたい遊びたい言ってたのに」
「そ、それはいーでしょ!」
「はいはい」

ぷぷっと吹き出しつつ、シチューをかき混ぜる。
家の中は、美味しそうな匂いと、温もりとで満たされていた。



その夜、紅花は眠るミミの傍らで物思いに耽っていた。
数年前まで、人間も世界も何もかも好きになれず、ただただ、流れに身を任せて生きていた自分。
生に執着してはいないが、かといって死のうとも思った事は無い。
これからずっとそうだと思っていた。

赤子と、ミミと出会うまでは。

「不思議なものだね」

そう、呟いた。
神が定めたのか、それとも元からそう決められていたのか。
とにかく、この出会いは自分を大きく変えた。
それは確かだ。

「人間なんて、すぐ死んでしまう弱くて愚かな生き物だと思ってたけど…」

だがそれは違った。
そう、思いながら愛しい孫娘(少し引っかかる表現だが妖怪なので)の頭を優しく撫でる。

「命は短くても、誰かと出会い、絆を作り、思い出を紡ぐ事で、永く残るものがある」

「そして短いからこそ、大切なものをたくさん作れる、見つけられる。」

「弱いからこそ、悩んで傷つきながらも、懸命に強くなろうとする」

「愚かだからこそ、それと向き合い、努力する事が出来る」
「そして何より」

そこで一間置いて言った。

「暖かな、幾千ものの色になれる心を持っている―――」

優しい微笑みで、ミミを見下ろす紅花。
最初こそ夜泣きやら何やらで悪戦苦闘し、拾わなきゃ良かった、誰かに託せば良かったなどと思った事すらあった。
だがある日のこと。

『おばーちゃん』
『ん、何…?』
『はい』
『? 花…?』
『おばーちゃんにあげるっ』
『………』
『…いらない?』
『……ありがとう』
『…! えへへ』

幸せに満ちたその笑顔を見て、紅花の心に暖かな波が流れ込んでくる。
気付けば、右手は小さな小さな命の頭を撫でていた。

(人間って、こんな風に笑えるのか)

それからミミの成長と伴い、彼女もまた変わっていく。
笑顔の数も、増えていった。
少しずつ人間を理解していった。
そこでようやく分かった。
自分は人間の儚さ、弱さ、愚かさしか見ず、それを非難していた事を。
それがあるから、人間の心の美しい色が見えてくるというのに。

「…あんたは、いつか誰かと結ばれて、子供生んで、幸せに暮らして、それで死んじゃうんだろうね」

でも大丈夫、この世界を愛せるようになったから。
そう思いながら、紅花はミミに言った。

「ミミ、私の孫になってくれてありがとう」


愛を見出だす『話』




(愛してるよ)

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最終更新:2013年07月10日 13:33