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迷う者、抗う者

―――私がいつからこうなったのかは、正直なところよく覚えていない。
骨董市で私を見初めてくれた女の子と出会ったのは……いつだっただろう。もう、随分と昔のことのような気がする。
もう、前に住んでいた家がどんなだったか、どんな人達がいたのか、よく覚えていない。
ただ一つ、

『ごめんね……あなたは連れて行けないの』

そう言って、悲しそうに微笑んだ、その子の表情だけを、今でもよく覚えている。
だから、私はどうしても聞きたかったのだ。

「どうして、私を連れて行ってくれなかったの?」

ただ、その答えだけが、知りたかった。
それだけ、だった――――。




ミレイを拾って来て一夜明けた、翌日。
琴音は先方と学校に一報を入れた後、登校したアオイを見送り、ミレイを連れて白波家に向かった。
「いらっしゃい」と出迎えてくれたのはアカネだった。ランカはというと、久々に風邪をひいて寝込んでいるのだという。

「幸い、回復に向かってはいるけどね。ともかくようこそ、ヒナちゃん。そっちの子が?」
「ええ、電話で話したミレイちゃんよ」

よろしく、とぺこり、頭を下げるミレイ。会釈で返したアカネは、奥の部屋に行くよう目で促し、着席したテーブル越しに琴音に話しかける。

「それで、あの子をうちで預かって欲しい、ってことね?」
「ええ。出来れば、だけど」

そうね、と一言置いて。

「預かるのはやぶさかじゃないけど……家族が増える分には構わないし」
「……何かあったの?」

煮え切らない言葉に琴音が尋ねると、アカネは心配そうな表情になって言った。

「ヒナちゃん、あなたの事よ。正確にはスザクちゃんのことだけど」
「…………」

ストラウル跡地で「カチナ」なる人物に襲撃されたスザクは、その戦いで致命傷を負い事実上死亡している。それをどうにかこうにか現世に繋ぎとめているのが、今その体に憑依している琴音の存在だ。ただ、スザクの心は精神の奥底の底まで落ち込んでしまっているらしく、マナの能力でも全く位置がつかめなかったという。

「……まだ、目覚める気配はないわ」
「……そう」

暗い面持ちで琴音が言った通り、スザクを目覚めさせる手段は今の所見つかっていない。以前、虚無感に呑まれて同じような状態になった際は、琴音が直接説得することで起こすことが出来た。ところが今回はその手が使えない。
接触すべき心が、見つからないのだ。

「……私は諦める気はないわ。そう、絶対にあきらめるものですか」

それでもなお、琴音は折れない。仮にも母として、娘を見捨てるような選択肢は絶対に取らない。
――――スザクが死んだなどと、絶対に認めない。
琴音の瞳には、未だ炎が消えてはいなかった。

席を立っていたミレイは、奥の部屋でランカの看病から降りてきた人間形態のアズールと話していた。

「……ミレイさん言いましたか、付喪神の類ですな?」
「つくもがみ?」
「器物が意志を持った妖怪のことですわ。そういうのをこの国では付喪神と呼ぶんでっせ」

説明されてもなお、ミレイは首を捻る。

「……よく、わかんない」
「ふうむ……力もあんま強うないようですさかい、成ってからそない日が経っとらんようですな」

変異タイプの人外の場合、「成った」時のことは基本的に覚えていない。ある程度力がついてきた辺りで、ふっと思い出すのである。

「そうなの?」
「そういうもんです。……そいで、ミレイさんはあれですか、人探しを?」
「うん。私を捨てた、あの子を」

それを聞いた途端、アズールの表情がこわばる。

「え、と……一応聞きますが、復讐とかで?」
「…………」

が、彼女の予想に反してミレイからは答えが返らない。ただ一言、

「…………わかんない。でも、探さない、と」

淡々と、しかし譲れないという響きで、それだけを呟いていた。アズールはこれを聞いて、これがミレイの存在の根幹にかかわっていると直感的に悟った。ならば、止めるのは無意味だ。

「……そうですか。ほなら、ウチも及ばずながら手伝わせてもらいます」
「……いいの?」
「もちろんですわ。ただ、あまりやり過ぎんようにお願いします。アカネさんやマスターの顔を潰すような真似は出来ませんよって」
「ん……じゃあ、そうする」

一応受諾の返事を受け、ほっと息をつくアズール。さすがに家族の中から人殺しが出るのは避けたかった。

「……それで、あなたは?」
「ウチですか?」

問われたアズールは、ごく簡単に自分の事を話した。
妖狐と呼ばれる妖怪であること。
傷ついていたところをランカに拾われたこと。
以来、彼女を主としてこの家に厄介になっていること、など。

「……こういうわけで、マスターはウチにとってはあらゆる意味での恩人なんですわ」
「……そうなの。よかったね、いい人に出会えて」

喜ばしそうに言うミレイだが、その表情には複雑なものが見え隠れしていた。
彼女はアズールいう所のマスターにあたる人物に捨てられ、その結果としてこうなったのだから。
だが、それは表には出さず、話を続ける。

「私も、頑張るから。よろしく、アズール」
「ん。ほな、ウチの方からもよろしう頼みます。マスターの体調が戻ったら、改めて紹介しますわ」
――――時同じくして、アースセイバー・研究室。

「……確かっスか、アルマ?」

獏也経由でゲンブとスザクの一件を知り、それに関する調査に行っていたシノは、突然入ったアルマからの連絡に耳を疑っていた。
モニターには「SOUND ONLY」と表示され、アルマの声は抑揚に欠けた機械的なものに変換されていた。

『情報の出所は確かです。それらをここ数日かけて解析しましたが、99,81%の確率でこの結果に間違いはありません』
「マジっスか……シュロに何て言えば……」

思わず頭を抱え、呻く。それ程に、アルマから入った情報は衝撃的なものだった。
曰く、ゲンブについては特段の問題はないとのことだったが、問題はスザク。彼女の状態は、周りの人間が思っている以上に深刻かつ危機的なものだったらしい。


火波 スザクの意識は現在、ほぼ死の状態にあります。辛うじて肉体に繋ぎとめられていますが、代理の意識として融合している火波 琴音と肉体の同調率が日を追うごとに高まっています。このままの状態が続けば、同調が完全なレベルにまで高まり、同時にスザクの意識が消滅・遊離する……つまり、存在を乗っ取られる危険性が高まります』


つまり、このままだと琴音に肉体を乗っ取られ、スザク当人が完全に死亡してしまう可能性が日増しに高まっているのだという。

『ともかく、戦闘はご法度です。特殊能力を使えば、「エンプレス」の副次効果で同調率が跳ね上がってしまいます』
「…………え、と、アルマ?」
『何か?』
「アタシが聞いた限りだと、既に一回、戦闘をやってるって……」

間をおかず、アルマからの返答が帰る。

『それ以後は?』
「今の所、報告はないっスけど」
『……こちらは引き続き調査を続行します。シノさんには、類似の事例の検索と対処法の模索をお願いします』
「……りょーかい。ところで、タイムリミットは後どれくらいっスか?」

ある種当然の疑問をぶつけたが、対する答えはあまりにも無情だった。



『今日を入れて残り68時間。それが最大限度です』



それを最後に通信は切れた。残されたシノは、ぎし、と椅子を軋ませて姿勢を変え、大きく息をつく。

「……一体どうすりゃいいっスか……何でまたこんなことに……」

スザクに残された時間は、あと三日を切っている。今の時間からすると、明後日の6時を迎えた時点でゲームオーバーだ。
手を打つならば今すぐでなければならないのだが、

「そんな簡単に手が見つかれば苦労はしないっスよ……」

シノは常々「天才」と言われてはいるが、彼女本人はそれを肯定したことは一度もない。
天才とは詰め込んだ知識を自在に応用できる存在であり、自分は単なる頭でっかちなのだとよく言っている。
そして、シノの知識の中にはこの事象に関する事例はほとんど見つからなかった。何しろ、希少極まりない精神体に関わる事例だ、おまけに今回は状況が特殊にすぎる。

「……何で、アタシはこんな肝心な時に無力なんスか……」

天才と呼ばれた女性は、何が出来るでもない己を大いに嘆いた。




同刻、ウスワイヤの病室。

「…………」

未だ意識の戻らないゲンブの枕元。その床に、影が凝ったような流体が広がる。
そしてその中から、伸び上がるようにして一人の男が姿を現す。

「………………」

古びた帽子、同色のコート。
左手をポケットに突っ込んだまま、帽子から覗く薄青の眼光で眠る男を射る。

「……目を覚ませ、水波 大悟。彼女の……ひいては―――のため、お前が必要だ」




迷う者、抗う者

(彼らの道が交わる先には――――)

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最終更新:2012年12月01日 18:18