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一夜の後に

「そう……そんな事があったのね」

 路地裏の惨劇から一夜明け。タマモと珠女は、春美に昨日の出来事を話していた。

 帰り道の途中、前触れも無く表れた『双角獣』。
 彼が残した、不吉な言葉。
 路地裏から出て来た、ボロボロの姿の子供。
 まるで『双角獣』の言葉が予言であったかのような、路地裏の惨状。

 昨日あった事を、掻い摘んだ形で二人は話した。春美は考えるように、口元に手を当てた。

「バラバラの死体が路地裏に……か」
「いかせのごれ署では殺人事件として捜査する、と言う話でした……まぁ、あんな死に様をしているんだから、当然の話ですが」

 タマモの脳裏に、あの凄惨な光景が浮かんだ。しばらくは、この光景が焼き付いて頭から離れられなそうだ。全く、嫌なものを見た、いや、見せられたものだ。

「それで……その子が、その死体のあった路地裏から出て来た?」
「えぇ……」

 春美の視線が、タマモのすぐ傍にいる少女へと向けられる。少女はタマモに寄り添うようにして立っており、彼女の着物の裾を掴んでいた。

 年の頃、五、六歳程度だろうか。黒い髪の毛を、肩口くらいの長さまで伸ばしている。肌が透き通るように白く、大きくなったら美人になるんじゃないか、などと自身の年齢に不似合な事を春美は思う。見つけた時はボロボロのホームレスのようだったが、今は桜色の着物を着せられていた。

 少女は無垢な、それこそまるで、赤子が外界に興味を向けるような眼差しで春美を見つめ返している。その姿に、春美は「生まれ立て」と言うような印象を受けた。

「ねぇ君、名前は?」

 明るい、人懐っこそうな笑顔。春美特有のもので、この笑顔で彼女は誰とでも仲良くなる事が出来る。春美と言う名前に相応しい、暖かな笑い方だ。

 少女は春美の質問に小首を傾げた後、にはっと愛らしい笑みを浮かべた。見た目は本当に可愛らしいのだが、その反応に春美は違和感を覚える。

「タマモ、この子……?」
「この子を見た医者によれば……失語症じゃないか、と言う話でした」
「! 失語症……」

 春美は思わず、労わる様な目で少女を見た。そんな彼女の視線が不思議だったのか、少女は再び小首を傾げた。

「……あれだけの現場にいたのだから、当然だと思います」
「無理も無い話じゃぜ。こんなに小さいのに、あんなスプラッタなもん見せられたら……下手したら発狂もんじゃ」

 胸糞悪い、と珠女が言う。大人ですらあんな光景を目にして、正気でいられるかどうか怪しい。それを、こんなに小さな子供が目にしたのだから……タマモも彼女同様に、鎮痛な面持ちを隠す事が出来なかった。

「それじゃ、この子喋れないの?」
「ええ……あ、でも、名前は聞きました。りん、と言うそうで」
「え? でも、失語症って確か喋れなくなる病気じゃ……」

 首を傾げる春美に、タマモは懐から何かを取り出した。それは、五十音すべてが書かれた紙だった。

「これで、言いたい言葉を一つ一つ指で追ってもらったんです。それで名前を聞いたら、り・ん、と」
「なるほどねぇ……だけど、」

 くすっ、と春美が笑った。その様子に、タマモは不思議そうな表情をする。

「? 妾、何か変な事でも言いましたか、主?」
「いやだって……その紙の文字を、その子が指で差していったんでしょ? それも、タマモの質問に。それじゃあ、逆こっくりさんじゃない……」
「あ」

 その時気付いたのか、タマモが間の抜けた声を出した。何やら笑い声を押し殺す声が聞こえるので振り返ると、そこには口元を手で押さえた珠女がいる。声を抑えているが、その目は誰が見ても分かる位に笑っていた。

「……た~ま~め~? さてはお主、分かってておったじゃろ? 分かってて、この方法でおりんに名前を聞かせたじゃろ? そうじゃな、そうなんじゃな!?」
「ぷくくく……逆……こっくり、さん……!」
「ぬぐぐぐ……」

 こっくりさんと言えば、狐の専売特許。気付かなかった自身の迂闊さに、タマモは悔しそうに表情を歪める。「りん」は、と言えば、何が何だか分かっていないらしいが、「面白い事が起きている」と言う事は察したのだろう。にはー、っと楽しげに笑っている。

「あははは……それで、りんちゃんはこれからどうするの?」
「それに関しては、大丈夫。タマモが面倒見るからのぉ?」
「は? ちょっと待つのじゃ、珠女。どうしてそんな話になるのじゃ?」
「このまま放っておく訳にはいかんじゃろ? 子供の扱いだって心得てるし、お主なら何も問題無しじゃ!」
「勝手に決めるでない! 妾にだって事情が……」
「そうは言っても、ほれ」

 そう言って、珠女は「りん」の方を指差した。着物を掴む「りん」の手に、タマモは「うっ」と怯んだ。

「おりんはお主にすっかり懐いとるし……それに事情がどーたらって、別にお主、そんなに忙しくないじゃろ」
「それはそなたも同じ事じゃろうに! ……あぁ、もう……」

 タマモは困ったように頭を掻き回す。百物語組の中で、子供の世話を出来る者はそう多くない。結局彼女は、自分以外にアテがいない事が分かっていたのだろう。ため息をつくと、その手を「りん」の頭に乗せた。

「はぁ……仕方が無い。よろしく頼むぞ、おりん」

 「りん」の頭を撫でる。すると嬉しそうに、彼女はタマモにしがみつくのだった。

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最終更新:2012年12月17日 17:08