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恋敵の目覚めを望む銀角

「…………」

 放課後の、いかのせのごれ高校、屋上。柵に寄り掛かるようにして、そこにシスイの姿はあった。

「…………」

 呆、と彼は夕焼けの空を眺めている。心、ここに非ずと言ったところか。まるでここにある身体は抜け殻で、魂だけが外に出て遊んでしまっているかのようだ。

「……スザク……お前が眠っちまってから、一体どれ位経っただろうな……」

 ぽつりと、シスイは呟く。その声にも、覇気が無い。まるでただ、口から零れ出て来ただけのようだ。

「……お前、何時になったら帰って来るんだ……?」
「――どうだろうね。もしかしたら、このまま帰って来ないのかもよ、彼女」
「ッ――!?」

 シスイの瞳に、魂が宿る。彼は立ち上がると、声のした方へと身構えた。

「アッシュ……!」
「そう固くならないでよ、兄さん。別に僕は、兄さんとやり合おうと思ってここに来た訳じゃないし」

 にこやかな笑みを浮かべながら、アッシュは屋上へと踏み込んできた。その様子に一切の邪気は感じられないが、仮面で自分を偽るのはこの男の十八番だ。あの笑みの下に、殺人者の顔が隠れているとも限らない。シスイは、アッシュの動作に油断無く備えていた。

「……どう言う意味だ? って言うか、何でお前がそれを知っている……?」
「……兄さんもトキコちゃんも、僕の事ちょっと舐め過ぎてない? そりゃあ、兄さんの模造品なんだから、そう思われても仕方ないけど……でもさ、あんなに中身が違っていたら、それ位の違和感には気付くよ」
「…………」
「……カチナシに火波スザクが敗れた……その情報は、僕の耳にだって入ってくる。その後に起きた、火波スザクの言動の変化……頭をやられたね、彼女? おそらく今の火波スザクは記憶喪失にかかっているか、或いは今まで出ていた人格以外の人物が表に出てきている……ってところかな」

 正解ではない。だが、それでも限りなく正解に近い部分にまでアッシュは迫っていた。手持ちの材料だけでここまで見抜いた彼の力量に、シスイは思わず舌を巻いた。流石に、彼はスザクの中にいるのが彼女の母親の魂である、と言うところまでは分からなかったようだが、それでもここまで分かっただけで大したものだ。

「人の心は鋼の様に強いが、しかし矛盾した事に風でも吹けば折れてしまう位に脆い……案外とっくに、それまでの火波スザクは上書きされちゃってるんじゃないかな?」
「そんな訳無いだろ! あいつは、スザクは――」

 帰ってくる。そう言い掛けて、シスイは言葉に出来なかった。

 絶対に戻ってくるなど、一体誰に言い切れる? 一体、誰に保障出来る? 今起きているのは目で見て、はっきりと分かる事象ではないと言うのに。

「眠り姫を起こすのはいつだって王子様のキスだけど……くくく、本当にそんな事で目を覚ます訳がないだろう?」
「――そうだな、あいつはお姫様なんてガラじゃねぇ」
「!」

 シスイの声に、アッシュはハッとしたように顔を向けた。シスイは、真っ直ぐにアッシュを見ていた。

「キスで目を覚ますとか、そんなの似合う訳ねぇだろ、あいつに……だったらやる事は一つだ。スイネの時みたいに、呼びかける。海の底に沈んでるなら、そこまで潜ってって救い上げる。寝惚けてるなら、ほっぺた叩いてでも起こす!」
「…………」
「はははは……そうだよ、そうじゃねぇか……琴音さんにまかせっきりで、俺達何やってたんだよ……」

 琴音にスザクを委ねるばかりで、果たして自分達は何をしてきただろうか。否、何もしてはいない、何もやってはいない。スザクの仲間を自称していながら、自分は、彼女の為に何もしてやっていない――!

「ダチが目を覚まさないって言うのなら、その手を握って呼びかけてやるのが、普通じゃねぇか!」
「……そうだ、その通りだ」

 今までと違う、第三者の声。その声に、シスイとアッシュは顔を向けた。一体何時からそこにいたのか、薄い青色の瞳で、こちらを見つめている長身の男がいた。

「あんたは……確か、ブラウ=デュンケル……」
「火波スザクの意識を呼び戻す。その為に、君の力が必要だ……協力してくれるか、都シスイ?」
「ああ、言われなくても!」

 それを聞くと、話は早い、とばかりにブラウはアッシュの方を向いた。その視線の意図を察した様に、アッシュは肩を竦めつつ道を開ける。

「……うまくいけばいいね、兄さん」

 屋上を出ていく、擦れ違い様。アッシュがそう漏らした。シスイは彼の方を振り返ったが、すぐに彼は階段を降りて行った。

 一人、屋上に残されたアッシュ。その横顔は夕焼けによって赤く染まり、もう片側は昏い影になっている。

 にぃ、とその口元が弧を描いた。

「やれやれ、ようやくお目覚めか……これでようやく、サシでやり合えるな……火波スザク」



 <恋敵の目覚めを望む銀角>



(駒の数は対等でなければ、ゲームは評価されない)

(とっとと起きろよ、火波スザク)

(まだ寝惚けてるようなら、僕がかましてやってもいいんだぜ。お目覚めのキスをさ)

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最終更新:2012年12月28日 15:40