「~♪ ~♪」
「これこれ、おりん。そんなにはしゃぐでないぞ」
パタパタと走り回る「りん」を
タマモが窘める。次の瞬間、ぽてん、と「りん」が倒れた。
「ああ、言わん事ではない……」
タマモが駆け寄り、「りん」を立たせてやる。結構、豪快に倒れたように見えたが、「りん」はさほど痛がる様子でもなく、涙も見せずに「にはっ」と自分を抱き起したタマモに笑って見せた。
「全く、そなたは本当によく笑うの」
言って、タマモも微笑む。それから、今度は転ばない様にと、タマモは「りん」の手を取り歩き出した。
「りん」が秋山家にやって来てから、数日が経過した。
どこかの家の子だろう、と言う事で警察の方で調べてくれていたが、不思議な事にそれらしい子供は全く見つからなかった。戸籍を調べて貰っても、「りん」に該当する子供がいなかったのだ。
一度、「りん」に直接住んでいる場所まで連れて行って貰った。ところが、そこは既に主を失った住居の廃墟であり、とても人の住めるような場所ではなかった。その時は結局、「りん」が道を忘れてしまった、と言う事で解釈されたのだった。
「お主の母も父も、今頃お主がいなくて心配しているじゃろうて……困ったのぅ」
「りん」の頭を撫でながら、苦笑を浮かべながらタマモは言う。彼女の言っている言葉の意味が分かっているのかいないのか、「りん」は首を傾げるばかりだ。
「……まぁ、こればかりは仕方が無いのぉ……妾がもう少し高位の狐であったなら、それこそ『こっくりさん』でお主の家を探してやる事くらい、造作も無いのじゃが……」
「?」
「妾は狐が化けて出ただけの妖怪じゃ。きちんと修行した仙狐や天狐なら、色々な事が出来るんじゃがの……妾に出来る事と言えば、毒を扱う事ばかりじゃ」
「役に立てなくてすまんの」と、タマモは申し訳無さそうな顔を浮かべた。すると、彼女の感情を察したように、「りん」はタマモの着物を引っ張った。
「? おりん?」
「りん」はタマモの目の前で、両手を振ったり、くるくると回ったりと、へんてこな踊りを始めた。一体何がしたいのかと、最初呆気にとられていたが、やがて彼女の意図に気付き、タマモはふっと笑った。
「すまんの、おりん。お主に励まされるとは、妾もまだまだのようじゃ……」
「りん」の手を握ると、彼女は「にはっ」と笑った。
「まったく、お主はよく笑うの……まるで、それしか表情が無いのではないかと、たまに心配になるぞ……おや?」
その時タマモは、あるものが目に留まった。
道端に立つ、一目で「それ」と分かる者。傘を真深く被り、黒色の着物を纏い、片手に鈴を、片手に鉢を持って佇んでいる。纏う雰囲気が違う。それが立つ、その周囲のみ、まるで世俗から切り離されているかのようにすら、錯覚する。
「今時珍しいの、托鉢僧とは……ほれ、おりん。ちょっと待っておれ」
そう言って「りん」をその場に待たせると、タマモは托鉢僧に近付いた。僧侶はタマモに気付いて小さく会釈する。傘を深く被っている為にどんな顔をしているか分からないが、しかし肌の瑞々しさなどから、まだ若い僧侶である事が伺えた。
「……これはこれは。こんな街中で、かような貴人とお会い出来るとは」
「おやおや、坊主の癖に軟派かの? 腰が軽いのぉ、そんなんでは悟りなぞ、満足に出来んぞ」
「心配なさらずとも、この身に仏性は宿っております……後は、それに気付くのみ」
「ふふふ、流石お坊さんじゃの。上手なお説教だ」
僧侶の鉢の中に、タマモは千円札を数枚入れた。ちりん、と僧侶は鈴を鳴らし、再び会釈する。
「――時に、婦人」
タマモが「りん」の下へ戻ろうとした時、僧侶が呼び止めた。
「何かの? お布施が少なかったか?」
「いえ、お布施はむしろ多いくらいです……一つ、お尋ねしたい事があります」
「何かの」
「この――世界について、貴女はどう思っていますか」
「…………」
タマモは振り返り、僧侶の方を見た。相変わらず、傘のせいでどんな顔をしているのか伺えない。だが、言葉に込められた感情。それはタマモの鼻でも嗅ぎ取る事が出来た。
「妾は……良い、と思うぞ」
「ほう……それはどうして?」
「……好きである事に、理由など要るのかの?」
「そうですね……それは、一理ある……失敬、ありがとうございました」
「うむ」
タマモは僧侶に背を向け、「りん」の元へと歩いて行く。その中で、彼女は僧侶から感じ取ったものについて考えていた。
(〝嘆き〟と……〝悲哀〟、かの。もしやあの坊主、世を憂いて仏門に下ったクチかもしれぬな……ふむ。やはり、珍しいのお)
末法と呼ばれて等しく、崇拝対象が科学へと移って等しい現代であるが、それでも人は神や仏への信仰を忘れられない、と言う事なのだろうか。
――それとも、再び神仏に縋らなければいけないくらいに、今の社会は嘆くものなのだろうか。
「……そんなに捨てたものではないと、妾は思うがの……」
確かに、今の社会は様々な問題を抱えている。嘆きたくなるのも分かるが、しかし、悲観するほどでもないとタマモは思う。
「世界がおかしくなれば、それを正す者が現れるのも摂理……その内、よくなっていくじゃろう」
能天気と言われればそれまでだが、しかし悲嘆するにはまだ早いと、タマモは呟いた。
「……大体世界は、何時滅びたって構わないのだ」
大事なのは、その「何時死んでもいい」「何時滅びてもいい」、心構え。常に目の前の事に全力で当たれるか否か。己が生を常に全うしているか否か、それなのだ。
(だが――)
ちら、とタマモは「りん」に視線を向ける。彼女の視線に気付き、「りん」は不思議そうに首を傾げた。
「お主と過ごす日々が、もう少し続いてほしい、などと、妾は願ってしまっているな」
否、「りん」ばかりではない。彼女の主たる春美しかり、百物語の仲間達しかり。まだ別れるには惜しい者達が、彼女にはたくさんいる。
「……うむ。もう少しばかり、世界は続いていて欲しいの」
<〝おりん〟と散歩>
(それは、誰もが心のどこかで願っている、)
(ささやかな、)
(願い)
最終更新:2012年12月28日 15:45