―――たまに、
―――たまに、夢を見る。
いいや、あれを夢と呼んでもいいものなのか……。
眠ってはいないのに、いないはずなのに、
そこは、上も下も、右も左も、前も後ろも真っ白な世界で。まるで自分が宙に浮いているような感覚に囚われるんだ。
そんな世界で、暫くすると、何か小さな文字のようなものが浮き上がってくる。
それらはぽつ、ぽつ、ゆっくりと降ってくる雨のようで。
「え?」という声をあげているうちに…なんて、本当は声も出せなかったのだけれど。
辺りは文字、アタシがこの世で一番と言っていいほどに嫌いな文字で埋め尽くされる。
ほんの数秒、数分前まで真っ白だったこの世界は、黒の文字で暗黒の世界へと姿を変えた。
そんなことを思うのも束の間、今度は白い文字が螺旋を作り始める――。
一瞬見えたのは、―――あぁ…、「あの時」解けずじまいだった、「あの問題」?
眩暈がする。頭が、割れそうだ――。
「榛名ー!」
声がする。自分の名字を呼んでいる?
そうだ、今、アタシは何をしていたんだ?座ってる、椅子、木の机、黒板。アズマ先生。
(ッ! 数学!!)
「榛名、この問題解いてみてくれ。ちょっと難しいけど…」
「え、あ……5です」
「おぉ、正解。…早いな。よくわかったなー」
基礎中の基礎ができなかったはずのユウイが突然難問をすらりと解けるようになったからか、周りからは感嘆の声が上がる。
ユウイはほっと胸を撫で下ろした。どうやら、意識が飛んでいた時間は大して長くはなかったようだ。
「ユウイさん、…大丈夫?」
「あっ…だ、大丈夫!ごめんな」
しかし隣に座っているスイネにはあたふたとしている様子が丸わかりだったらしく、こそっと声をかけられた。
あまり話したことのない相手だったため、少しどもってしまう。恥ずかしい。
(―――ん?)
……あれ?ちょっと待て、アタシ…あれ、え?
こんな答え、こんな計算、いつ、書いた…?
どうも、ここ最近調子がおかしい…。
休み時間、ユウイは眉間に皺を寄せ難しい顔をしながら廊下を歩いていた。
気が付いたらスゥッと意識が飛ぶのだ。しかし、それで地面に倒れたりだとか、保健室に運ばれたりだとかしたことはない。
「それ」は決まって数学の勉強をしている時に起こる。ペンを持ち、問題を解こう!と思った瞬間だ。
酷いときには看板に書いてある数字を見たとき、時計なんて見たときには数字がそこらじゅうを飛び回っていた。
おかげで、授業に集中するどころじゃない。病院に相談に行った方が良いのだろうか。
ただ、不思議で不可解なのは、意識が戻った後解いていた問題を見てみると、答えが全てずらりと書いてあることだ。
「アタシ、ほんっとうにそろそろやばいんじゃあ…」
「ね、ねぇ、キミ!」
突然、後ろから声をかけられた。その声は何故だか少し慌てているようで。
疑問符を浮かべながら振り返ると、そこには亜麻色の髪を肩口で切り揃えた、小柄な少女がいた。
あっ、とユウイは声を上げた。昼休み、リオトやトキコ、アオイに会いに行くときによく目にする少女であったからだ。
「えっと…
コロネさん?」
「そうそうっ、嬉しいなぁ。名前、覚えててくれたんだ!…って今はそれどころじゃなくて、あの、大丈夫?!」
「へっ」
思わずキョトン顔で固まってしまった。
「あのね、後ろから見ててなんか変だなって思ったから」
「変?」
「うん。なんだろう…オーラが違うっていうか、灰、色…?」
「なんだよそれ」
わけがわからん、とユウイは頭をかいた。正直、今自分にはそんなことを考えている余裕はない。
数字に追い詰められて気が狂いそうなのだ。できればそうっとしておいて欲しい、と心の中で思う。
「ごめんね、変なこと言って。でも、本当に大丈夫?顔色悪いよ?」
「え、うそっ、そんなに? ……なんでだろ」
「何か、あった?」
「………」
なかった、と言えば嘘になる。では、「ある」と言えば。
(ある、って言って、話したところで、馬鹿にされるだけだろうな)
一体誰が、彼女の話を信じるだろうか。周りの景色全てが数字に見える時がある。建物も、机も、椅子も、人もだ。
数学の問題を解いていたら、まだ解いていないはずなのに解けている。
そんな非現実的なことを、誰が信じるだろうか。
自分はそんな光景を今まで見てきたのだ。真面目な顔で、周りに注意を呼びかける糸目の彼。
その話を、笑い飛ばすクラスメート。
「なんでも、ないよ」
ぎゅ、っとスカートの端を握りながら、精一杯笑って見せた。
「……、なら…いいの。ごめんね!引き止めて」
「ううん、ありがとな、心配なんてしてくれて」
苦笑しながらコロネは手を振り二組の教室へと入っていく。
ユウイも手を振り返すと、一つ溜め息をついた。
彼女の言っていた「変」「灰色」とは一体なんだったのだろうか。
自分のあのことと何か関係があったのか?それならば、馬鹿にされてもいいから、「数字」が見えることについて
話すべきだったのだろうか。
「……いや、そんなわけない」
ありえない、と首を横に振る。
あぁ、もう。このままじゃ次の授業だって集中できないだろう。
どこかでサボりをキメてしまおう。確か次は――地理、担任は
アザミだったはずだ。
サボり、決定。
ぞろぞろと教室に入っていく生徒達を横目に見ながら、屋上を目指した。
先客がいたらどうしよう。――まぁ、それは、その時に考えよう。
(―――「数学」はあの時を思い出すから、だから)
(…だから、数学は嫌いなんだ――)
目覚めた『能力者』
最終更新:2012年12月28日 15:51