“真”犯人は、廃頽したビルの屋上にいた。
彼女は薄いピンクのワンレングスヘアーを風に靡かせながら、セピア色の細い目で地上を見降ろしていた。
ここからでは粒程の大きさにしか見えないボサボサ髪の少女は依然、蹲って動かないままで、人型の兵器は歩みを止めずに迫ってくる。
このままでは、あの兵器に殺されてしまうだろう。だが助けるなどという慈悲深い考えは、『冷血』の異名を持つ彼女には毛頭なかった。
風ではためいた白衣の下には、HとOの重なったバックルの白いベルト。
「…駄作ね、とんだ期待外れだったわ。」
クルデーレはそう呟いて、髪を耳にかけたのであった。
グループ内で生物体製造、生物学的実験と研究を担当していたクルデーレは昔、とある生物兵器を製造していた。
それは、ヤマアラシをモチーフとしたもので、対象を問わず、無差別に近寄った者へ攻撃を仕掛ける生物兵器であった。
しかし、大量生産になるとどうしてもデメリットの方が多くなってしまい、最初に作った試作機の段階で開発を取り止めてしまった。
その一番初めはというと、クルデーレではない誰かが廃棄処分してしまった為、彼女の中ではそれは行方知らずにあった。
クルデーレの耳に再びその生物兵器の名が入ったのは、開発を打ち切りにした数か月後の事であった。
山に住むヤマアラシのような化物が、人を襲ってくる。
少しだけ興味の沸いた彼女はその現場へと赴いたのであったが、目にしたのはかつての生物兵器の姿ではなく、破壊された後のただのガラクタであった。
どういうことだ、と思考する前に聞こえたのは、バタバタと駆けていく足音。視線で追えば、ボサボサの髪を山のように蓄えた少女が背を向けて走っていく姿が見えた。
今思えば、それが『ハリマミク』であったのだ。
「これ以上の成果は望めない、か。」
素体として興味の沸いた実験体、『ハリマミク』を調査すべく『手駒』として黒髪の少女を使っていたのだが、
先程の
パニッシャーの狙撃を受けた後、地に伏してからまったく動かない。恐らく、あの一撃が致命傷となったのだろう。
やはり人間は使えない、脆弱で愚かしい存在である。クルデーレは立ち上がると、そのまま踵を返し、支部へ帰還することにした。
「…?」
すると、振り返ったクルデーレの前に、一人の少年が立っていた。赤い眼と緑色の髪をした、いかせのごれ高校の制服に身を包んだ少年。
観察対象の補足事項として、クルデーレの記憶の中に彼は存在していた。『ハリマミク』の幼馴染、
カイリ。
「…何か、御用かしら?こんなところにいたら、危ないわよ。」
クルデーレはあくまで一般人を装って、カイリへ声をかけた。
しかし彼はその問いに答えず、クルデーレに尋ねた。
「…サヤカにちょっかい出したの、あんた?」
「何の話かしら?」
「とぼけないでよ。数日前、市街地のカフェでサヤカに声をかけてたでしょ?」
「………」
カイリは抑揚のない、しかしはっきりとした声で突き付けてくる。
クルデーレは、ええ、と軽く微笑んだがそれは余裕の笑みにも捉えられた。
「そうね、ソレが黒髪をした女子生徒なら私はサヤカという子と会ったわ。」
本当は数日前ではなく、それより前に彼女と出会っていたが、とクルデーレは心中で呟いた。
彼女がサヤカと接触したのは、彼女とみくの友人関係が破綻する前だ。
『ハリマミク』の情報を集めるべく彼女の周囲を探っていた際に、もっとも近しい人物として二人の名前が挙がった。
一人がカイリ、もう一人がサヤカだ。本来であれば幼馴染であるカイリに近付くべきであったが、
とある事情から接触は難しいと判断したクルデーレは、まずはサヤカと接触を図る事にしたのであった。
彼女がピアニストを目指していてくれたおかげで、きっかけはいくらでも転がっていた。
とある公民館で開かれたピアノのコンサートにクルデーレは赴き、ピアノの先生をしていると偽り、アドバイザーとして彼女に近付いた。
元々、人見知りの傾向にあったサヤカだったが、彼女の好きな音楽を話題に引き出し、少しずつその警戒心をクルデーレは削ぎ落としていった。
そして、数か月もしない内にサヤカの中で『知り合い』としての地位を築き上げたのであった。
『私、もう、ピアノが弾けないんです…!』
件の事故があった数日後、サヤカからの突然入った連絡でクルデーレはそう告げられた。彼女から事の経緯を説明されたが、クルデーレは既に把握していたのだ。
自分が仕掛けずとも、神は有利にこちらへと運命を傾けてくれたようだ、とサヤカに悟られずに笑いを押し殺しながら、クルデーレは声をかけた。
『…悔しくないの?』
『え…』
『その子、謝って許して貰おうとしているのよ?ねぇ、悔しくない…?あんなに貴方、頑張ってたじゃない。』
それは慰めではなく、憎悪の花を咲かせる毒だった。
後はクルデーレが介入せずともとんとん拍子に進んでくれた。
サヤカのいじめをきっかけに周囲の人間も面白半分に参加し、それを『恐怖』と捉えた『ハリマミク』は意図せずとも能力を発動するようになった。
それがどのような効果を発揮しているかは、花丸が教えてくれた。
しかし、実験が様相を変え始めたのは、ほんの数日前。
『ハリマミク』が能力を使わないようになってきた、と彼から報告が入ったきた。
原因は
汰狩省吾や蒼崎啓介といった第三者の介入だ、『ハリマミク』のいじめが彼ら妨害されることにより減少し始め、主犯のサヤカも必要以上に関わらなくなってきた。
つまり、サヤカの中で復讐心が薄れ始めてきたことを意味する。これでは実験に支障が出てしまうと判断したクルデーレは、久しぶりに彼女を適当な喫茶店へと呼び出したのであった。
案の定話を聞いてみると、サヤカはいじめに関して諦観しており、自分は傍観者になる、とクルデーレに話した。その時は必要以上に彼女を問い詰めず、そう、とだけ答え、
彼女と別れたのだが、クルデーレがそれで終わるはずがなかった。
「…でも、もう使えなくなったのよ。あの子。」
「だから、捨てることにした。」
「そう、いじめの主犯らしく、自殺に見せかけて、ね。」
「………」
そう言ったクルデーレの顔は、冷酷そのもの。
芯の強いサヤカは自分から崩れることはない、そう考えたクルデーレは彼女の取り巻き達にサヤカと同様の手段で毒を流した。
効果はすぐに表れ、今度はサヤカをターゲットにし始めた。
ヴァイスのマニピュレイトの効果もあって余計惨く仕打ちを受けていたのを、クルデーレはこの時知らなかったが。
「この場であの子だけ始末するつもりだったけど、貴方のお友達も来てしまったから…色々手間が省けてよかったわ。」
「…みくにはもう用がない、って?」
「そう、欲しいデータはもう十分手に入った。後は始末するだけ…貴方もね。」
クルデーレは笑みを深くすると、右腕を突き出し、カイリに向けて掌をかざした。
掌は何も触れていないはずなのに大きな亀裂が生まれ、その間から影で出来上がったような狼、いや、狼の形をした何かが次々と這い出て、地面にぼたり、と落ちた。
それらは起き上がって、唸りながらカイリを威嚇するが、彼は怖気づくことなくその場から動こうとしなかった。
クルデーレは、気が迷ったか、とため息をつくと右手を掲げ、その手を振り落して彼らへGOサインを出そうとした。
だが、そこで違和感に気が付いた。
「…っ…?」
呼吸が、妙に苦しい。
クルデーレが自分の胸元を掴むと、周りの獣も連動するかのように戸惑った動きを見せる。
ただ、目の前の少年は苦しむ様子もなく、それを淡々と見つめているだけだった。
「…窮鼠猫を噛む、って言葉…知ってる?相手が弱くても、逃げ道のないところに追い込んではいけない、っていう故事成語。」
「私に…何をした…?」
「直接は、何もしてないよ。」
クルデーレはカイリを睨む。
彼の右手にいつの間にか細身のボイスレコーダーが握られていた。
「…ホントは厄介事に巻き込まれるのは嫌だったけど、みくが絡んでたし、これっきりにするよ。」
そう言ってカイリは『停止』ボタンを押すと、背を向けて屋上を立ち去ろうとした。
クルデーレは片膝をついて大きく噎せたが、唸るような声で呟く。
「…猫が一匹だけだなんて、誰が言った?」
「―――!」
刹那、黒い影がカイリの視界に入る。
「ッテメェェエエエ!!!デレ姉さんに何しやがったぁぁぁぁあ!!」
「っ?!」
突如現れた黒の軽装をした少女、
サディコが飛び掛かり、カイリの鳩尾に蹴りが入れた。
その勢いで崩壊したフェンスまで身体を吹き飛ばされたカイリは、蹲りながらげほ、げほと息を吐いた。
もはや内と外を隔てる役割をフェンスは持っていなかった為、あと少しで屋上から落ちていただろう。
苦しげに歪むカイリの眼から、赤色が消え失せる。
「…どうやら、彼も能力者だったようですね。」
「ラティオー…」
サディコの後ろから現れた、同様の風体をした少年、ラティオーは自身の口を手で覆いながらクルデーレにそう伝えた。
よくよく見れば、サディコの口には布が巻かれている。ラティオーの眼がカイリのように赤く光ると、彼は何かを払うような仕草をした。
すると、先程の身体の重さはなくなって、クルデーレはすくっ、と立ち上がった。
「…なるほど、現れた時点で既に罠を張っていた、というわけね…確かに、直接は何もしてないわ。」
クルデーレは倒れているカイリに近付くと、その手を勢いよく踏みつけた。
激痛にカイリは声をあげたが、彼女は意もせずに痛みつけるように足を動かす。
「この私に膝を付かせた代償は高いわよ、ぼく…」
「く、っう…」
クルデーレは足をよけると、カイリの腫れた手の手首を掴み、フェンスの外へと彼の身体を持ち上げた。
ふらふら、とカイリの足は力なく揺れた。もし『ハリマミク』にとって最愛の人物が、彼女の目の前に落ちてきたらどのような表情を浮かべるだろうか。
そんなことを考えたクルデーレは、また冷酷に笑った。
「じゃあね、」
そして無慈悲に、その手を離した。
しかし、
「カザマさん!!」
一瞬の浮遊感の後に一陣の風が吹いたかと思えば、誰かの腕に受け止められていることにカイリは気が付いた。
衝撃に目を瞑っていたが、ゆっくり見開くと目の前には眠たげな印象を持った薄い表情をしている青年…その背中からは黒い羽根が生えていた。
「みっしょんこんぷりーつ。」
「…誰?」
「千羽鶴のおにーさんから君を助けるように頼まれたなんでも屋みてぇなもん。」
そう名乗った風魔は羽ばたきながら、ゆっくりと地面へと降り立った。
下に降りると、遠くに見える小さな山嵐とそれを護るようにパニッシャーと戦ったであろう傷付いた人々が視界に入った。
騒ぎを聞きつけたのか、パニッシャーも一体ではなく数体に増えていて、それらはすべて瓦礫に還って周りに散らばっている。
「………」
「帰らねぇの?」
「…誰が。」
カイリは風魔を見ず、走って向かっていった。
その後ろ姿を見て、ふ、と一息をついた風魔は先程降り立ったビルを見上げた。
「…さて、お仕事お仕事。」
そして、黒い羽根を再び広げると、屋上で戦っているであろう千羽鶴を助けに飛び上がっていった。
「みくちゃん!」
「みく!!」
冬也の知らせを聞いた汰狩省吾、その彼の姿を見た青崎啓介とストラウル跡地へと向かう三人の姿を目撃した
モエギは現場に着いた時には、
今まさに
張間みくがパニッシャーに襲われるところであった。衝動的に駆け出した省吾がパニッシャーを蹴り飛ばし、怯んだところを彼の後ろにいたモエギが追撃をかけ、破壊した。
しかしその騒ぎを聞きつけたのか廃ビルの影からぞろぞろと別のパニッシャーが現れた為、四人は戦闘を余儀なくされた。幸い、アタッカーの省吾とモエギ、
サポートの啓介と冬也とバランスの取れたメンバーで数もそれほどでなかったので、大した苦戦は強いられなかった。
問題は、その後であった。
「みくちゃん…!」
冬也が声をかけても、針山と化したみくは一向に警戒を解こうとしない。
針山の下から誰かの両足が見える、おそらく誰かをみくが護っているのだろう。
「おい、どーすんだよ!っちくしょう、みく!みく!!」
「アオサキ、これ…」
「…能力の暴走、に近いものですね。誰かがパニッシャーに襲われ、ハリマがそれを護ろうと能力を発動した。」
啓介は顎に手を当てながら冷静に分析するが、だからといって解決の糸口は見つかっていない。
元々抱え込みやすい、悪く言えば自分の世界にのめりこみやすい彼女の性格だ。今も「自分のせいだ」と思いこんでしまい、周りの声が聞こえていない状態だろう。
現にモエギや冬也、省吾が声をかけても一向に反応してくれない。
「(どうすれば…)」
「みく、」
「!カイリ、」
四人が振り向けば、そこには少し衣服の汚れたカイリが立っていた。
「おい、お前どこから…」
「…みく、」
モエギの問いかけに答えず、カイリはみくに近付き、視線をあわせるようにしゃがんだ。彼の声もまだ、彼女に届いていない。
「………」
「!!カイリくん!!」
カイリは茂みを掻き分けるようにみくの棘に触れて、彼女を探した。当然、鋭利になっているみくの髪は容赦なくカイリの手に刺さり、
数分もしない内に彼の手を真っ赤に染めていく。それでもカイリは探す手を止めず、ようやくみくの頬に触れた。
「…みく、」
「……ぅー…」
みくは目を真っ赤にして、泣いていた。
カイリを認知するとみくは更に涙を増やし、ぼろぼろとその雫を落としたが、針山は役目を終えたかのように引っ込んでいき、いつもの長さへと戻った。
「みく、…!それ、は…」
「ちか、ちゃ、せんぱ、っとーや…っう、ひっぐ…うぅ…!!」
「………」
倒れていたのは、真っ白い顔をしたサヤカであった。
彼女らの足元はサヤカが流したであろう血で赤く染まっていた。
誰が見ても、これはもう助からないと把握できるほど、だ。
省吾が悔しそうに拳を握りしめていたが、ふと、サヤカの身体が大きく震える。
「…み、く…」
「!サヤカちゃん、サヤカちゃん!!」
「っげふ、ぁ…あ…」
「喋るな、…これ以上は…!」
サヤカに駆け寄った啓介が携帯電話で呼ぼうとするが、それをカイリが制した。
「…お前…」
「………」
それは暗に、言わせてあげて、と示しているようなものであった。
「…みく…」
「だめ、っサヤカちゃん、やだぁ…!」
「……ごめ、…も…むり…」
「むりじゃないよぉ、っあきらめちゃだめ、って……!」
みくは目の前の現実を受け入れたくないように、頭を振り、必死に否定する。
それでもサヤカは止めないどころか、うっすらと微笑んでいた。
「…アタシ、うれしー…よ……だって、…さい、ごに…なかなお、り……でき…たもん…」
「さいごじゃないよ、さいごじゃないって!!」
「……みく…」
「やだ、やだぁ!!」
こぽ、とサヤカは口から血を吐き出して、苦しそうに噎せる。
その様が痛々しく、冬也は思わず視線を逸らしてしまった。
「サヤカちゃん…っサヤカちゃん…!?」
「おくびょう、ものは…だれ、だって…?」
みくではない、誰かに語りかけるようにサヤカが呟く。
もうその眼には、誰も映っていなかった。
「…みく、じゃない……アタシ…だよ…。」
臆病者と代償
(…あれ?へんだな。)
(さやかちゃん、こんなにさむかったっけ?)
(…どうして?)
(ゆすっても、おきないよ。)
最終更新:2012年12月29日 12:31