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<大集合・秋山妖怪百物語組>

『くあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 雄叫びを上げながら、瘴気で出来た大狐が飛び掛かる。その四肢が踏みしめた場所、その身体の触れた場所は、何もかもがたちどころに腐り果てていく。

「シャアァァァァァァ!!!!」

 奇声を発しながら、それを迎え撃つのは八つ首、八つ尾の大蛇。組み付こうとする大狐を、その頭をまるで鞭のように振り回し、弾き飛ばす。

『ぐ……!』

 弾かれた大狐は地面を転がりながら、何とか体勢を整える。その身体の通り抜けた場所は崩れ、地肌が剥き出しになっていた。

 戦いが始まってから、まだものの数分しか経過していない。しかし、周囲の地形はすっかり変わってしまっていた。

 大蛇ののたくった後はすり潰され、蛇腹状に抉れている。大狐の周囲は何もかもが腐り落ち、劣化し、ところによってはまるで泥の塊の様な場所まである。そこは先程まで樹木の生い茂る茂みであった場所であり、大狐の毒気によって腐敗し、溶けてしまったのだ。

 廃墟は面影すら残っていない。跡にあるのは崩れて粉々になった、瓦礫の塊だけだ。

『燃えろ!』

 大狐が、口から青白い火炎を吐き出した。熱量を持たない狐火などではなく、高温の火炎だ。炎を吹き付けられ、大蛇の身体がぐすぐすと燃え上がる。

「シャア――!!!!」

 身体を大きく振り、大蛇が炎を吹き飛ばす。しかし炎が消えても、その身体からは煙が上がっており、所々が焼け焦げていた。流石の八岐大蛇と言えど、炎が効かない訳ではないようだ。

 だが、

『く……駄目か……!』

 負傷した場所が泡を吹き、見る見る負傷した場所が癒えていく。修復は速く、すぐに大蛇は、何事も無かったかのように快調な姿を現した。

『復元じゃと……その様な能力、本来の八岐大蛇には無かった筈じゃ……!』
「蛇は不死の象徴。自らの傷を癒す事など、容易い事だ」

 大蛇の背の上から、僧侶が言う。これだけ激しい戦闘の最中にいると言うのに、この男は男で、それこそ何事も無いようにそこに居る。その衣装には傷どころか汚れ一つ付いていない。

『戦いは大蛇に任せて、自分はその背中から文字通り高みの見物とは、全くふざけた坊主じゃ……』
「私はふざけてなどいない」

 僧侶の指令に従い、大蛇が大狐へと向かう。その重量に押し負けた大地が抉れ、向かって来る様は地を割りながら流れゆく土石流の様だ。

『くっ……!』

 体格差があり過ぎる。まともに突進を受けては、この瘴気を固めて作った大狐でも一溜まりもない。そう判断し、タマモは大蛇の突進をかわそうとした――

 ――しかし、

『な!?』

 大狐の目の前で、大蛇がその首を四方八方へと大きく広げた。その様はまるで、獲物を捕らえようとして身体を広げた蛸にも似ている。タマモの視界全体を覆い尽くす様に、大蛇の首が襲い掛かる。

(これでは、逃げられん――!!)

 退路を失い、大狐と大蛇が激突する。重量差では、大蛇の方が上だ。大狐の身体は吹き飛ばされ、

『ぐ……は……!』

 地面に叩き付けられた。大狐は身体を痙攣させるように震えた後、元の瘴気となって霧散した。大狐の姿は無くなり、代わりにその場所には、傷だらけになったタマモが倒れていた。色鮮やかな着物は引き裂け、体中に打撲の跡や切り傷が出来ている。瘴気の鎧を纏っていたからこの程度で済んだだけで、実際にかかっていた負荷を考えれば、タマモはとっくに十は死んでいる。

「がはっ……がっ……」

 血を吐き、地面にタマモは蹲っている。身動きの出来ない彼女に、大蛇がゆっくりと近付いて行く。

「く……」

 間近で見ると、改めてその大きさを感じる。まさに蟻と像の差だ。その威圧感だけで押し潰されてしまいそうになる。確かにこの怪物なら、世界を終わらせる事くらい、可能なのかもしれない。

「これで終わりだ」

 八岐大蛇の首の一つが、ガパリと口を開いた。そのまま一気に、タマモを呑み込もうと突っ込んで来る。

(……ここまでか……)

 もはや、毒を生成するだけの妖力が残っていない。それに、この傷では逃げる事も叶わない。潔く腹を括り、タマモは目を閉じた。

(神話の怪物と戦って討死か……妾らしくも無いのぉ……) 

 自分の二度目の死がよもや、この様な形で訪れるとは。皮肉そうに、タマモは口端を歪めた。しかしすぐに、彼女の表情は悲しげなものに変わった。

(すまんの、おりん……お主を助けてやれなくて……)

 悔いはある。人より永く生きたが、それでもタマモにはやり残した事が多くある。主たる春美の事、仲間である百物語の妖怪達の事。そして、何より「りん」を救えなかった事。

 しかし、ここまでだ。もはやこうなっては、足掻くだけではどうにもならない。どんなに他人を欺く事に長けたイカサマ師でも、百年を超える年月を経た妖狐でも、この状況を引っ繰り返す事など――

「――……?」

 所が、何時まで経っても大蛇の大口がタマモを呑み込む事は無かった。奇妙に思い、恐る恐るタマモが瞳を開けると、

「――な、」

 そこに、信じられない事が起きていた。

「う、うぅ……」
「お……」
「く……うあ……!」
「おりん!」

 タマモを呑み込もうとした、大蛇の首の一つ。その眉間の部分から、人間の子供の上半身が生えていた。タマモが見紛う筈がない。見間違えるものか、それは「りん」の身体だった。

「だ、だめ……!」
「おりん! お主なのか、おりん!」
「タ……マモ……逃げて……!」

 「りん」は必死に何かを堪えるように、辛そうな表情を浮かべている。よく見ると、八岐大蛇自体が、小刻みに震えている。まるで、何かを堪えているかのようだ。

「タマモ……いまの……うちに……! う――あぁぁぁぁ!!」
「おりん!」

 突然、「りん」が苦しげに声を上げた。見れば、その身体が再び大蛇の中へと呑み込まれようとしている。

「おりん、待て!」

 反射的にタマモは手を伸ばすが、その瞬間全身に激痛が走った。タマモの場所からは余りにも遠く、「りん」の姿は再び大蛇の中へと消えた。

「まだ幼いと言うのに、大蛇を抑え込むとはな……」

 八岐大蛇の身体が戦慄き、まるで痙攣でもするようにのたうつ。暴れ回る大蛇によって地面は抉られ、土埃がまるで煙幕の様に巻き上がった。

「……おりん……妾を、助けようと……」

 タマモは、空を切った右手を見つめていた。

 大蛇に呑み込まれる寸前の、「りん」の必死な姿が脳裏に焼き付いていた。彼女はあんな小さな体で、タマモを守ろうと、あの巨大な八岐大蛇の意識と戦っていた。その結果、タマモを殺そうとしていた大蛇の動きを止め、そして今も、大蛇の動きを封じようとその胎内で力を尽くしている。

 「りん」に救われた。その事実に、タマモの目頭が熱くなった。

「何を……諦めておったんじゃ、妾は……!」

 頬を流れる涙が熱い。その熱さは紛れも無く、自分が生きている証だ。

 生きているなら。命があるなら。その生すべてを全うしなければ、そんな命は死んでいるのと変わらない。それこそ、僧侶の言う通り「必要の無い」ものになってしまう。そんなものは、妖怪でもなければ、ましてや獣ですらない。

「妾にはまだ――こんなにもやり残した事があるではないか!」

 立て、身体よ。痛みなど気にするな、むしろ喜べ。その痛みは紛れも無く、己が生きている証明!

「はあぁぁぁぁ…………」

 全身に残った、ほんの僅かな妖力。そのすべてを掻き集める。

「くくくく……」

 思わずタマモは笑ってしまった。ほら見ろ、まだやれる。まだこんなにも、力が残っているではないか。

 己のすべてを振り絞り、タマモは妖力を集める。だが、それに集中していたせいだろう。

「――な、」

 眼前に迫る、巨大な大蛇の尾。まるで巨大な大木の様なそれが、タマモに向かって来る。大蛇はまだ制御を取り戻していない。おそらくは、ただの偶然だろう。しかし、偶然だろうと、意図的であろうと、それがタマモにとって脅威である事に変わりは無かった。

「全くもって、間の悪い――!!」

 今からでは、到底回避など間に合わない。防御しても、あの丸太の様な尾に耐えられるのか。否、無理だ。満身創痍のタマモに、あんなものを防ぎきれる訳が無い。

 ここまでか。ここまでなのか。

 今度こそ、ここで終わり――

「ふ――ざけるでない――!!」

 迫り来る大蛇の尾に――タマモは掻き集めた妖力のすべてを叩き付けた。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 紫色の閃光。タマモの手と大蛇の尾の間で、彼女の妖力が炸裂していた。バチバチと紫電が走り、衝撃がビリビリとタマモの身体に伝わる。その全身に、大蛇の重量が掛かり、彼女の身体が地面に沈み、更には数メートルも後方へと後ずさっていく。

 だが、負けていない。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 圧倒的質量差、圧倒的膂力差、圧倒的重量差――しかし、タマモは負けていない! 妖力の過剰放出に耐え切れず、爪は割れ、皮膚は破れて血を吹いている。だが負けていない! 彼女の両足は地を踏みしめ、大蛇の一撃を間違い無く、紛れも無く、受け止めている!

 そして――

 ぐん、と突然、タマモは前方からかかっていた負荷が無くなったのを感じた。

「あ――?」

 突然の出来事に、身体が反応出来なかった。勢いに流され、身体が前のめりに倒れそうになる。しかしその細い体を、受け止める者がいた。

「……全く、無茶をしおって」

 聞き慣れた声が、頭上から振って来た。だが、聞き慣れた声であるが故に、タマモは混乱していた。何故、今この場で「彼」の声が聞こえて来るのか、全く状況が分からない。

「何故……お主がここにおるんじゃ……?」

 顔を上げると、血の様に赤い二つの眼が目に入った。普段とは違い、本当に驚いて放心しているタマモの姿に、「彼」は苦笑を浮かべた。

「何故? そんな事、決まっておるじゃろう?」

 ヒュンヒュン、と言う音と共に、ゴクオーの手の中に鉄槌が収まる。見れば大蛇の尾は、その槌に弾き飛ばされ地面の上を跳ねていた。

『タマモ―――!!!!』

 自分を呼ぶ声が聞こえる。

 振り返ると、そこには――

「タマモ、大丈夫――!?」
「助けに来たぞ――!!」
「助太刀に来たぞ――!!」
「主……それに、皆の衆……!」


 <大集合・秋山妖怪百物語組>


(さぁ、幕を閉じよう、八岐大蛇)

(セカイの幕を引くのは、怪物の役目ではない)

(物語を始めるのも終わらせるのも、)

(何時だってヒトの役目だ)

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最終更新:2013年01月25日 13:16