スザクの問いには、誰も応えることが出来なかった。唯一回答を持つアオイも、それを口に出すことは出来なかった。
母・琴音は精神体。つまり、心だけの生命体だ。それでも今までは、自分のみで存在が完結していたがために、大きな問題は起きずに済んでいた。
それが、スザクの身体に憑依したことで、事情が変わった。
かりそめとはいえ肉体を得たことで、精神体として独立していた存在が、核となる魂のみに還元され、それがためにスザクの魂が弾かれ、存在が乗っ取られつつあった。
今回ブラウが提唱した案は、スザクの魂を呼び覚まして引き戻し、蘇生させるというものだった。……だが、その場合、今度は琴音の魂が弾かれ、肉体から抜け出ることになる。そして、肉体を失った魂がどうなるかと言えば……。
「……お母さんは……」
「…………」
口に出してしまえば、それを認めるようで言えないアオイだったが、スザクも、他の者も、それで事情を察した。行動を開始する直前、わずかにアオイが見せた逡巡の意味と共に。
スザクは何も言わず、しがみついたままのアオイの手を握った。
「…………」
誰も、口を開かない。立っているのに疲れたのか、ゲンブやランカが座り込み、
アズールが狐の姿に戻る。
スザクの右腕を抱えたまま、トキコが気遣わしげな目線を向けて言った。
「……ママさん、行っちゃったの?」
「…………そうみたいだ」
聞いて、答えた瞬間、スザクの心に虚脱感が襲い掛かった。母がもういない。その事実が、彼女に少しの寂寥を覚えさせていた。
(母さん……)
カチナに倒され、死んだはずの自分を生かしてくれた母。その彼女がいなくなったということを、スザクは認識
「――――え? ちょっと、どうして?」
―――せざるを得なかったはずが、二階から聞こえてきた素っ頓狂な声に中断を余儀なくされた。スザク当人とアオイは覚えがなかったが、
シスイとトキコはその声を知っていた。
「トキコ、今の声って確か……」
「ママさん、だよね……? 屋上で話した時はあの声だったし」
顔を見合わせる二人。見に行った方がいいんじゃないか、と
シュロが言いかけた時、声の主が階段を駆け降りて来た。
「これっていったい……あら。スザク、目が覚めたのね」
そこにいたのは、山吹色の髪をした20代後半くらいの女性だった。どことなくアオイに通じる雰囲気を持っており、顔立ちや体形はスザクに良く似ていた。ただ、女性の方は目つきが穏やかで、若干垂れ気味になっており、優しげな印象を与えていた。
「……え、と、どちら様で?」
何とかそう呼びかけたアズールに応えたのは、一瞬早く自失から立ち直ったマナだった。それでも驚愕は隠せなかったが。
「……何と言うか、お久しぶりです、琴音さん」
「マナちゃん? そっか、みんな来てくれたのよね、ありがとう。……それにしてもどうして……」
返事を返して礼を言いつつも、女性――――琴音は首を捻らんばかりに怪訝な様子だった。どうして自分がここにいるのかがさっぱりわかっていない様子だ。
火波姉妹は突然の母の帰還に、喜ぶよりもただ呆気にとられていた。色々と認識が二転三転し過ぎ、反応が追い付いていない。
「……お、お母さん? 何で……」
「アオイ。確か、母さんはいなくなったはずじゃ……?」
それに答えられる人間は、今ここにはいなかった。それなりに場数を踏んだゲンブも、結構な物知りであるマナも、これには回答の術を持っていなかった。何となく気まずい沈黙をどうにかしようと、ランカが口を開いた。
「と、とりあえず、お茶でも飲まない?」
「ブランカ……ここって姉貴の家じゃなかったか?」
効果は覿面だった。
ランカが提案するや否や、至極常識的な突っ込みを入れるシュロを横目に琴音とアオイがてきぱきと動き、3分後には人数分のハブ茶が仕上がっていた。ただ、なぜかスザクの分だけはほうじ茶だったが。
「……なんで僕だけ?」
「ごめんね、お姉ちゃん……はぶ茶、さっきので切らしちゃって」
「もうなくなったのか!? ……しょうがないな、後で買い足しとくよ」
いつもと違う、しかしいつもと同じやり取りを交わす姉妹。既にテーブルについた者や、ソファにかけた者も、手に手に湯呑みを取って頭の中を整理しようと努めていた。
混乱極まる沈黙、というおかしな状況を破ったのは、シスイだった。
「琴音さん、聞いてもいいですか」
「私がどうしてここにいるか……ね?」
全くその通りだったので、質問を先取りされたシスイは無言でうなずく。それはこの場の誰もが知りたいと感じていたことであったので、特に反対は出なかった。むしろそんな奴がいたらおかしいが。
「よく覚えてないんだけど……綾斗さんに会ったような気がするわ」
「お父さんに?」
「ああ……じゃあ、やっぱり父さんは行っちゃったのか……」
ぼそりと呟いたスザクに、いつの間にか湯呑みを空にしていたゲンブが話しかける。
「スザク。お前、父親に会ったのか?」
「うん。おかげで僕、本当に自分が死んだと思ったよ。だって、父さんはずっと前に事故で死んじゃったはずだろ?」
「まあ……死んだ人に出会えば、そりゃ幽霊か、さもなければ自分が死んだと思うでしょうなぁ」
微妙な顔で言うアズールをよそに、琴音は首を傾げつつ、思い出し思い出し語る。
「私も一緒に行きたかったけど……あの人は、私に生きて欲しい、って……そうしたら……」
「いつの間にか部屋にいた?」
マナの問いには、一つ頷くことで肯定する。
「それってお母さんと同じ……?」
「んー……でも、アカネさんは体ごと異空間に放り込まれてたんだろ? 琴音さんは一度は死んだわけだし、完全に同じってわけでもないような」
「確かに……ね、またアルマさんに見てもらう?」
これにはゲンブが待ったをかけた。
「それは出来ん。今、奴は俺とスザクを襲った相手についての調査を進めている。現状手が離せん」
「そっか……」
「……だが、検査は必要だ。スザク、明日、ウスワイヤに来てくれ。シノと教官にこの一件の報告をしに行くんだが、そこで2日程時間をもらう」
「……わかった。母さんは?」
「出来れば来てもらいたいところだが」
琴音に目を向けると、「わかったわ、明日ね?」と首肯した。話がとりあえずにでもまとまったのを見計らい、ゲンブは湯呑みをコト、とテーブルに置いて立ち上がった。
「忙しなくて失礼だが、俺はここでお暇させてもらう。報告は速い方がいいのでな。シュロ、お前も来てくれ」
「わかったよ、兄貴」
「シスイ、お前も……」
「すみません、俺は無理です。ちょっと、調べたいことがあるんで」
「何? 何だ」
問うが、シスイはこう返した。
「まだ、不確定なので……能力者絡みか、超常現象絡みか、そうでないのかもまだわからないんです。だから、まずは俺の方から調べを入れて見ようかと」
「そうか……わかった。事が済んだら、簡素にでも報告は仕上げておけよ」
わかりました、とシスイは頷き、次にスザクに目を向ける。
「スザク」
「ん?」
「……また明日、学校でな」
「……ん」
それだけ言うと、足早に火波家を後にした。トキコの「鳥さんは私のだからね!? そこ忘れちゃやだよ!?」と言う叫びを後に引きつつ。
全員が帰宅する頃には、すっかり日が暮れていた。お茶の片付けをする琴音を見ながら、スザクは久々に見たような気がする妹と話をしていた。
「それにしてもさ……お前、そんな喋り方だったかな?」
「元々はこうだったんだよ? ツバメ叔母さんのお客さんの真似であんな喋り方してたんだけど、今考えたら何で普通にあんな口調が出来たのかな、って」
「ふぅん……僕は、ああなる前のアオイは知らないからな。何か、今の方が違和感あるというか。その内慣れると思うけど」
今までと異なり、年頃の少女らしい物腰のアオイに若干戸惑いつつ、未だ薄い生還の実感と共に言葉を交わす。
そこへ、片づけを終えた琴音が戻って来た。
「二人とも、明日は学校でしょ? 早く寝なきゃだめよ」
「「はーい」」
図らずも子供のような返事が見事にハモり、思わず顔を見合わせて笑った。
――――時同じくして、ウスワイヤ。
「……以上が今回の経過です」
「そうか……生還したならばいい。だが、これでますます、あの男を放置できなくなったな」
ゲンブからの報告を受けた獏也は、真剣な面持ちでそう呟いた。その内容に心当たりのある、他ならぬ「その男」の報せを持ち込んだ当人であるシュロが尋ねる。
「七篠さん、それってやっぱり……」
「
ブラウ=デュンケルだ。敵対行動こそとってはいないが、これからもそうだという保証はない。何より、狙いも目的も大雑把にしかわかっていない。その辺りを明らかにする必要はあるだろう」
「では、七篠教官。この後はどうしますか」
しばし考え、言う。
「警戒はしておけ。次にコンタクトが取れたならば、最低でも目的だけは聞き出してくれ」
窮天勅化
(ひとまずの収拾)
(残された謎)
(それでも、一つ終わった)
(朱雀と玄武もまた、変わった)
最終更新:2013年02月10日 16:19