おかしい。
夕重は鉛のような瞼と死闘を繰り広げつつ、心の中で呟いた。
ここ最近、夕重は眠くならないことがない。
夜眠れていないわけではない。友人の中ではかなり早寝である夕重は、その生活スタイルを崩すことなく今まで生きてきた。
当然、昨夜もその前も、早々に床についた。
それなのに、まるで一日中起きていたかのように眠い。
確かに今までも授業中に居眠りとかはしたことがあるが、ここまでひどくはなかった。
耐えかねて想に事後処理を押し付けて屋上で睡眠をとったはいいが、さすがにずっと授業をサボるわけにも行くまい、形だけでも出席しなければ。
あぁ、でも、瞼が重い。開けようと思ってもなかなか開かない。
心なしか温かくて柔らかいものに包まれていて、それも瞼を重くしている一因かもしれな………
「!?」
唐突に意識が覚醒した夕重は、今までの瞼の重さも忘れて飛び起きた。
「あ、目が覚めた?」
「………保健室?」
夕重を出迎えたのは、保健医の
玉置静流だった。
そこで、初めて夕重は、自分が保健室のベッドで寝かされていたことを知る。
「随分とぐっすり寝てたね。もう下校時刻だよ」
「……げ」
玉置から聞かされた事実に、思わず呟く。
お昼前には戻ろうと思っていたはずなのに、一日中眠ってしまっていたらしい。
サボりどころの話じゃないな、とため息をついていると、ふとある疑問が頭をよぎった。
「……せんせー。何で自分は保健室で寝てるんですか?」
「
ハヤトくんたちが連れてきたんだよ」
話を聞いてみると、昼休みに屋上で昼食を取ろうとしたハヤトたちが、屋上で眠り込んでいる夕重を発見。
昼休みが終わる頃に起こそうとしたが、呼べど揺らせど一切反応しない。
これはちょっとやばいんじゃないか、仮に大丈夫にしろここでずっと寝てたら風邪を引くだろうと、保健室に担ぎ込まれた…というのが経緯らしい。
「……うわぁ」
やっちまった、という表情で夕重は肩を落とした。
「大丈夫?具合が悪いのなら、病院に送っていくけど…」
「ん…いや、大丈夫。一日寝てたら、気分よくなったから」
「そう?なら、いいけど…夜はきちんと寝るんだよ?具合が悪くなったら、無理しないでお医者さんに見てもらうこと。分かったね?」
「はーい」
軽く注意を受けると、保健室を出る。
「……あ、鞄」
そのまま普通に帰ろうとしたところで、鞄を持っていないことに気づいた。
すっかり忘れてしまっていたらしい。
寝起きで重い体を引き摺りながら教室へ向かうと、放課後ながらまだまばらに人が残っていた。
「あ」
「…あ」
「よかった、起きたんだな」
「うん」
「犬塚さん、大丈夫?」
「平気」
心配そうに声をかけてくるハヤトと
シスイに軽く返事を返して、自分の机から教科書等を引っ張り出して鞄に詰める。
「…今日は何しに来たのか分からなかったな…」
「夕重、今日部活じゃなかったか?」
「あー…………駄目だ、今日は帰って寝る」
会話の間も気を抜くと下がってきそうな瞼と格闘しつつ、「じゃ、明日」と二人に手を振って教室を出た。
「……大丈夫かな、犬塚さん…」
「あいつが部活サボるなんて、重症かもな…」
残された二人は、そんなことを話していた。
「………まずい」
帰路に着いたはいいが、だんだんと重くなってくる瞼に夕重は危機感を覚えていた。
さすがに道のど真ん中で寝るわけにはいかない。
そもそも一日中寝ていたのにこの眠たさは何だと自問自答しても、答えが出ないどころかまともに考えることもできない。
「………う……」
我慢の限界に達した体は鉛のように重く、足も進まない。
電柱の影に隠れるように寄りかかると、そのまましゃがみこんでしまった。
「………」
その様子を、住宅の屋根の上から観察する人影があった。
人影は、夕重がしゃがみこんだまま動かなくなったのを見ると、ひらりと地面に降り立ち、その近くへと歩み寄る。
まるで他者に見られることを嫌うかのように、フードやマント、ぐるぐる巻きのマフラーで防御した人影の顔を窺い知ることはできない。
人影は、夕重をしばらく見下ろすと、おもむろに声をかけた。
「いつまでそうしているつもりだい?もう動けるんだろう?」
すると、しゃがみこんでいた夕重が顔を上げた。
しかし、その顔にさっきまでの彼女の面影はない。
『それ』は、きゅっと弧を描いて笑った。
「―ああ、“ティミッド”。君の目的を果たしに行く準備は、できているよ」
覚醒の兆候
(その夜、夕重は帰ってこなかった)
(次の日、夕重は学校に来なかった)
(彼女の行方を知る者は、いなかった)
最終更新:2013年03月28日 20:51