「……奪い取った?」
瀬良、と名乗った相手を前に、長久は軽く眉を寄せた。
「そう。あの子は僕のものだ。勝手に持っていかれては困るんだよ」
「言ってる意味が分かんねぇな」
眉間の皺を深くし、吐き捨てるように返す。
そんな長久の反応にも、セラは笑顔を崩さず、嫌な顔ひとつしない。
「君には分からなくて十分さ。あの子は僕のもの、僕の言うことに逆らうはずがないんだからね」
そう言うと、唐突に声を張り上げた。
「
カチナ、カチナシ!!僕の可愛い兵器!!いるんだろう!?迎えに来たよ!!」
ぎょっと目を見開く長久に構わず、セラは大声でカチナを呼び続ける。
「さあ、こっちに来なさい!
邪魔者は全部排除してくるんだ!!“命令”だよ!!」
しばしの沈黙が流れ、そして唐突に空気が動いた。
ごっ、という微かな鈍い音。
がん、という何か重たいものが落ちる音。
そして一拍置いて、
『――うああああああああああああああああああああああああっ!!!』
アーサーの悲鳴が聞こえた。
直後、ばたばたと二階を駆ける足音が聞こえる。
『長久、長久!!どうしよ、ハヅルが、ハヅ、 っげぐ!!」
アーサーの悲鳴にも似た声が掻き消され、代わりに何かが潰れたような音がする。
直後、重いものを何度も叩きつけるような鈍い音が聞こえ、すぐに止まった。
「………」
おそるおそる、長久は音のした方を、居住空間へと続く扉を見る。
扉が開き、空虚な目をしたカチナが、足を引き摺りながら歩いてくる。
その背後、扉の向こうに僅かに見えたものは、
「………アーサーっ!!!」
階段付近の床に倒れているアーサーだった。
先程の連続した鈍い音は、アーサーが階段を転がり落ちる音だったのだろう。
打ち所が悪かったのか、横たわったままぴくりとも動かない。
「アーサー、おい!!しっかりし…」
駆け寄ろうとした足が、目の前に突きつけられたものによって止まった。
カチナが握り締め、長久に突きつけているものは、血のついた木槌だ。
ハヅルがよく趣味の日曜大工やガーデニングの支柱作りにそれを使っているのを、長久は思い出す。
「……おい。お前…まさか、それで、ハヅルを…」
「良く出来たねぇ、カチナ」
血の気の引いた顔で問いかける長久とは対照的に、セラは嬉しそうに微笑んで拍手をする。
そのセラの声に、カチナは怯えたようにびく、と肩を震わせた。
「…………ぁ……」
「ん?どうしたんだい、カチナ。怖がらなくていいんだよ?」
「……う、ぅ……」
「…もう。君は昔から怖がりで弱虫なんだからなぁ。しょうがない子だ」
まるで、やんちゃな子供をたしなめるような口調で、セラは笑う。
それに反比例するかのように、カチナの怯えた表情は深くなっていった。
ひゅうひゅうと、苦しそうに息をしている。
「……おい。何が目的だ、いきなりこんなこと…」
「煩いな。君に答える義理はないよ」
辛辣な言葉と笑っていない目に気圧され、長久は怯んだように一歩下がった。
その笑顔のままセラがカチナに向き直ると、カチナは大きく体をはねさせる。
「カチナ。まだ一人残ってるだろ?さあ、アイツを殺すんだ」
「……蒼介。こんな奴の言う事なんざ聞かなくていい。こっちに来い」
「ねえ、カチナ。アイツは“障害”だ。命令を聞くのに邪魔な障害は、どうするのか…分かるだろう?」
「蒼介、お前は兵器じゃないだろ。何もしなくていい、殺さなくていい」
「カチナ、僕の言う事が聞けないの?また、お仕置きをされたいのかな?」
「蒼介、流されるな!お前は人だ、人間だ!そっちに行くな、逆戻りだぞ!」
「「さあ…」」
「殺すんだ、カチナ!!」「こっちに来い、蒼介!!」
「………あ……あ………
…………ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!!!!!」
頭を抱え、大きく咆哮したカチナ。
そのまま、錯乱した獣のように飛び掛った――
夕暮れの空、赤と青が混じりあった紫色の空の下。
情報屋の前に、二つの人影が立っている。
「よくできたね、偉い偉い」
「…………」
「でも、まだ駄目だ。まだたくさんやり残しがあるだろう?それらはどうする?」
「……こ、ろ、す」
「そうだ、全て殺すんだ。そして最後に僕も…。出来るね、カチナ?」
「……カチナ、は、へいき……てき、ころ、す……」
「そう。敵も邪魔者も全て殺すんだ。大丈夫、僕も手伝ってあげるからね」
「…………」
「君の手に余るなら、僕も手を貸してあげよう。武器がないのなら、僕が見繕って………ああ、その木槌、持ってきていたのかい?ならしばらく武器は大丈夫かな」
「…………」
「大丈夫。僕が君を一人前にしてあげるから。…だから、僕の言う事を聞かなきゃ、駄目だよ?」
「……カチナ、は、めい、れいを、きく…」
「うん、それでいい。いい子だね」
虚ろな声で何度も繰り返すカチナを見て、セラは満足そうに笑う。
二つの人影は、暗がりに溶けて姿を消した。
消えた灯火、外せぬ首輪
(情報屋の灯は消えた)
(男は後頭部を強打されて、血だまりの中に倒れ)
(少女は階段から突き落とされ、痣だらけのままぐったりと横たわり)
(青年は喉に痛々しいほどの手の痕を残し、壁に寄りかかって座り込みぴくりとも動かない)
(そして、病院では―)
(一人の女が、集中治療室へと運ばれた)
最終更新:2013年05月12日 20:28