「ちわーっす!『大将』のメグミでーす!出前持ってきましたー!」
出雲寺家の屋敷の前に声が響き渡る。
門番係が屋敷の中でモニターを覗けば、門の前には白いエプロンに灰色の岡持ちを持った、活発そうな女が顔を覗かせている。
彼女は謎の男が奇襲して以来、主に炊事面で世話になっていた顔馴染みだ。
彼らは特に気を留めず、敷地内へと通したのであった。
出前の女…メグミが門をくぐり中に入ると、玄関まで伸びている石畳みの道の上で冴子が竹箒で掃除をした。
その傍らでは、現在居候中である
汰狩省吾が手伝いをしている。
先にメグミに気付いたのは、冴子であった。
「…?あれ、この前のお姉さん…?」
冴子が
来訪者に気付いて顔を上げると、省吾もまたつられるように視線を向けた。
メグミは営業マンよろしくと言わんばかりの笑みを浮かべながら、持っていた岡持ちを見せ、彼へ声をかける。
「どーも、ショウゴ君。組長サンいるかな?ラーメンの出前を受けてたんだけど。」
「出前?」
昼はとっくに過ぎているのに、と省吾は一瞬疑問に思ったが、それ以上は深く考えなかった。
分かった、とだけ告げると持っていた塵取りを冴子に預け、愛澄を呼びに屋敷の玄関へ向かおうと背を向けた。
その時、
ガシャンッ
「…ん?」
シャッターを開くような、そんな音。
その違和感に気づき、冴子は音の方へ顔を向けた。
通常、岡持ちとは器に入った料理を持ち運ぶ為の道具であるので、長方形の箱の中には板が差しこまれている。
しかし彼女が目撃したのは、それとは違い、穴がたくさん開いたボールが壁に埋め込まれているような、そんな奇妙な岡持ちであった。
メグミの言った愛澄の頼んだラーメンは、どこにも見当たらない。
鉄の壁の標準は、背中を見せている無防備な省吾へと向けられている。
メグミは箱の隙間から伸びていた線を引っ張りあげた。
「っショウゴさん!!」
何か嫌な予感がする、そんな危機を覚え冴子は咄嗟に叫んだが、やはり予感は的中してしまった。
乾いた銃声の音、マシンガンそのものように岡持ちから放たれるはずのない銃弾の雨が省吾に襲いかかった。
煙が巻き、省吾の姿が見えなくなっても尚撃ち続けるメグミに、冴子は腰に飛び付き制止しようとした。
しかし、彼女は手を止めるどころか彼女を見もしなかった。
「っやめなさいよ、どういうつもり!?」
「…大人の邪魔をするのはよろしくないですぜ、お嬢ちゃん。」
「え、っきゃあ!?」
人が変わったようにそう呟いたメグミに冴子は一瞬気を取られ、次の瞬間、荒々しく腕を振り払われると、
地面へと叩き付けられてしまった。
コンクリートの衝撃に、地に伏した冴子はすぐに起き上がることは出来ない。
視線だけかろうじて彼女の方へ向けたが、今度は手に持っていた箱を地面に置き、エプロンを脱いだ。
その下は機能性に富んだ服装ではあったが、その身体にはハンドガンの入ったホルダーと、
幾つかのナイフが納められているケースなどが装着されていた。
明らかに常人でないことを、それを見た者に嫌でも思い知らせる。
「ショウゴ、さ…」
冴子は泣きそうな思いで砂塵の晴れない向こうを見たが、姿が見えず、省吾の安否は一向に掴めない。
一方で武器を纏ったメグミが、ケラケラ笑いながら冴子にこう言ってきた。
「いやいやぁ、あれぐらいじゃ死にゃしませんって。」
「え…?」
「だぁぁああ!!!」
何故、と彼女がその理由を問う前に、砂埃に撒かれながら省吾が突進してきた。
省吾の狙いはもちろんメグミだ。勢いのまま、顔目掛け拳を放つが、呆気なく交わされる。
続けて追撃をかけるが、やはり見抜かれたかのように身体を捻るだけで一撃も与えられてない始末である。
回避を続けるメグミは悠々と胸元のホルダーからハンドガンを抜き取ると、省吾の目の前に突き付けた。
「フリーズ。」
「く、…」
省吾は静止を、余儀なく言い渡された。
動けない彼は警戒を解くこともなく、彼女に問いかける。
「何の真似だ、メグミ姉さん…。」
「何の真似?おやおや、ここまでしておいてまぁだ気付いてないんスか、”坊”は。」
「…は?」
坊、と呼んだ彼女に省吾が疑問符を浮かべたその時、屋敷の玄関から荒々しい音が耳に飛び込んだ。
駆け付けたのは、
出雲寺組の組長である愛澄と側近の亜樹斗、そして騒ぎを聞きつけた構成員達だった。
皆思い思いの得物を手に取り彼らを囲んだが、単独であるはずのメグミから余裕の笑みは消えることはなかった。
亜樹斗は倒れている冴子を抱え、起こす。
「サエコ!!一体何の騒ぎだ!?」
「アキト、っそれが、このお姉さんがいきなりショウゴさんを撃って…!」
「あ、それねー
武器工場で繕って貰った武器っスよ。ちょーど箱型の奴があったんで、使えるかなぁって思って。」
世間話のように楽しげに喋るメグミに、亜樹斗は噛み付いた。
「んだと、テメェ…!」
「待って、アキト!」
亜樹斗は持ち前の金属棒を手に取り振り被ろうとしたが、愛澄がそれを制した。
舌打ちをする彼を下げながら、愛澄はメグミに問いかける。
「…メグミさん、これは一体どういうことなのですか?」
「見た通り?」
「我々に危害を加えるつもりで?」
「やだなぁ、組長さん。アタシが用があんのはタガリショウゴ、…いや、”坊”だけっスよ。」
「”坊”だぁ?おいショウゴ、一体どういうわけ…」
「……ミヅチさん?」
彼女に問い迫る亜樹斗を他所に、省吾はぽつりと呟いた。
その表情から殺気は失せていたが、代わりに戸惑いの色を浮かべている。
「あんた、もしかして…ミヅチさんか…?」
「御名答!そして出雲寺組の皆々様方、お初目にかかります。…アタシは鬼英会構成員の一人、ミヅチと申します。」
ミヅチ、と名乗ったメグミは丁寧に、そして大げさに両手を広げ、頭を下げた。
そして、顔を上げると歪んだ笑みを浮かべ、全員こうに言い放った。
「"前"最高顧問の九鬼兵二の部下兼、娘でございます。」
「!!」
その名を聞いた時愛澄の脳裏に浮かんだのは、刈り上げた頭に、狐のような印象を与える細目。
省吾に愛澄の拉致監禁を強いたあの男の姿であった。
「…"前"最高顧問っつーことは、オジキは…」
「坊もご存知の通り、亡くなりましたよ?不慮の事故で。」
たいして悲しそうな様子もなく、あっけらかんとミヅチは話した。
省吾は、そうか、とだけ返し、続けて問いかける。
「どういうつもりだ、こんな真似しやがって。今更オジキの仇討か?」
「やだなぁ、そんなつもりじゃありませんよ。今日は坊にお願いがあって、足を運ばせて頂きやした。」
「…お願い?」
「そ、お願い。」
ミヅチは両手を合わせ、可愛らしく首を傾げウインクをした。
そして、そのおどけた様子から表情を一変させ、省吾に”お願い”を告げた。
「――…単刀直入に申し上げます、今すぐ鬼英会へ戻れ。」
それは、”お願い”ではなく”命令”であった。
「断る。」
しかし、省吾はその”命令”をいともたやすく断った。
その態度にミヅチはきょとんと目を丸くする。
「…へぇ?ずばっと言い切りましたね?それぐらいの理由があると?」
「…ミヅチさんも知ってる通り、今の出雲寺組は何者かの襲撃があって、まだ立ち直れる状態じゃねぇ。
あいつらの受けた恩を返す為に俺たちはここにいる。」
都市伝説:侵話「人面虎(マンティコア)」の襲撃。
まさしく虎の爪痕を残したかのようなあの時の惨状を省吾は思い出していた。
出雲寺組の参謀である義人は組の中のトップクラスの強さだと言われているにも関わらず、アレを相手にして血塗れで床に伏していた。
また出雲寺組を奇襲されたら、今度こそ壊滅してしまうかもしれない。
ならば、それを防ぐ事があの抗争で受けた恩に報いる最善の策であろう。
それに、と省吾は言葉を続けた。
「鬼英会は、今はサトルが俺の代わりに仕切ってる。アイツは俺より頭が回る。だから戻る必要は――
「は~あ?ばっかじゃねぇーですかぁ?」
省吾が言い終わる前にミヅチは、馬鹿、とそれだけで切り捨ててしまった。
彼がその言葉にどんな想いを馳せていたか、それを考えもせずに。
「…なんだと?」
省吾が表情を曇らせる。明らかに気分を害したかのような顔色だ。
しかしミヅチはそれに臆さず、ハッ、と鼻で笑った。
「んな甘ぇ考えがこの世界で通るわけねぇだろうが。こんな正義正義謳ってる阿呆者達を守る必要が、
一体どこにあるっていうんですか?」
ミヅチは眉をひそめ、さも不愉快そうに顎で彼らを指し示した。
もちろんその言葉を出雲寺組の彼が聞き逃すはずがなく、怒声を上げた。
「バカにしてんのか、テメェ!!」
「えぇ、えぇ…バカにしてますよ?なんせアンタは、組長を目の前で拉致されても何にも出来なかった大馬鹿者ですからねぇ?
守護者が、聞いて呆れる。」
「ーーーっ!!!」
「アキト!」
今度ばかりは、愛澄の制止は効かなかった。
亜樹斗は弾かれたかのようにミヅチに向かい走り、手持ちの金属棒を彼女の頭目掛け振り落とす。
ガァン!!!
鈍い音が、屋敷中に響き渡る。
しかしそれは、骨を折ったような音ではなかった。
振り落とした先には穴と少しの亀裂が入っているだけで、ミヅチの姿はそこにない。
「な、」
「やー、危ないですねぇー。こりゃ頭蓋骨損傷どころじゃ済みませんわー。」
「!?」
亜樹斗の金属棒を喰らうはずだったミヅチの呑気な声が、彼の背後から聞こえてくる。
驚いた亜樹斗は振り返ったが、次の瞬間、胸ぐらを掴まれ、一本背負いの要領で地面に叩き伏せられてしまった。
「ってぇ…」
「ほら、これで人質の出来上がり。」
「!」
仰向けに倒れ、怯んでいる亜樹斗にミヅチはしゃがむと、腰から取り出したナイフの刃を彼の首へと添えた。
そのまま後ろに引けば、大きな赤い線が引かれることになるだろう。
省吾がミヅチに食って掛かった。
「ミヅチさん!!いくらアンタでも、こいつらにとやかく言う資格はねぇぞ!!」
「坊も坊ですよ、いつからそんな緩くなっちまったんですか?」
ミヅチは冷笑し、問いかける。
心なしか、亜樹斗の首に添えられたナイフに力が込められ、うっすらとその刃を肉に食い込ませている。
僅かに走った鋭い痛みに、亜樹斗は顔を歪ませた。
「…極道は弱肉強食の世界。互いを守り合う組なんざどこにもいません、そんなの日和者がやる愚行だ。
なのにアンタはそれを許してる、認めてる。…アンタ、よくそんなんで自分が極道の者だって言い張れますねぇ?ほんっと大笑いモンですよ。」
「っ…」
「ああ、だからか。馬鹿の元には馬鹿しか集わないって。」
「…は?」
ミヅチは呆れた様子でそう呟くと、ポケットに手を突っ込んで何かを探し始めた。
ナイフは以前添えられたままで、自由な行動を許されず、省吾は思わず舌打ちをした。
ああ、あったあった、とミヅチはポケットから目的の物を取り出して、省吾に見せた。
「これ、なんでしょーか?」
「………!!!」
そこに写っていたのは、ボロボロの姿で拘束された男。
荒縄で縛られており、顔や身体には明らかに傷めつけられたであろう鬱血や打撲痕が見えた。
写真の中の男に、省吾は見覚えがあった。
何故なら彼が組を任せていた、組長代理…サトルであったからだ。
「ってめぇえええええ!!!!!」
もはや冷静など、保っていられなかった。
亜樹斗を余所にミヅチに向かった省吾は彼女を掴みにかかる。
対するミヅチはすぐに亜樹斗から離れると、省吾を向かい撃つべく構えた。
「ははっ、武芸の稽古なんて何年振りでしょうねぇ~?」
そう言って笑う彼女の笑みは純粋な喜びにも、嘲笑にも捉えられた。
(おかしい)
省吾がミヅチに戦闘を仕掛けてから数十分、愛澄はただ呆然と目の前の光景を眺めながら、違和感を感じた。
「ほらほら、坊?まだ一発も当たってないじゃないですか?」
「っぜぇ、っぜぇ、…んのやろ!!」
省吾の振り被った拳が、ヒュッ、と音を残して空を切る。
空振ったその拳をミヅチは冷ややかな眼で見ながら、顔面を狙い蹴り上げる。
爪先は省吾の鼻を掠っただけで、体勢がやや崩れたものの省吾は直撃を回避した。
(さっきから、ずっとこのままじゃない…)
彼の腕は出雲寺組の誰もが知っているし、あの戦い以来のブランクがあるわけでもない。
しかし省吾の攻撃は、未だに一度も当たっていない。いや、当たるはずなのに、当たらないのだ。
「坊、いつまで肉弾戦に頼るんですか?そんなの、一度もアタシに勝ったことないじゃないですかぁ?」
「うるせぇ!」
ミヅチに徹底に回避されているせいか、省吾もだいぶ息が上がっており、苦悶の色を見せている。
涼しい顔をしている彼女とは、正反対だ。
にじみ出ている苛立ちを抑えようと、省吾はただ相手を見据え、何度も攻撃を仕掛ける。が、
「あぁ、ほら、またスカした。」
「っくそ!!」
彼を嘲笑って、ミヅチはその猛攻を悠々と交わしていたのであった。
そういえば、と愛澄は先程の光景を思い出す。
亜樹斗の攻撃を受けず、そのまま逆手に取って形成を逆転したミヅチ。
まるでテレポートをしたかのように消えたかと思えば、次の瞬間、彼の背後に立っていた。
今も、省吾の攻撃を回避する彼女の姿が一瞬消え失せているように見えて、愛澄の目にはどこかおかしく映っている。
(まさか、)
___彼女も、”特殊能力者”?
そう悟った愛澄の表情を、ミヅチは見逃さなかった。
「………ッハ、」
ミヅチはせせら笑うと、向かい来た省吾の拳を掌で止めた。
華奢な体躯とは裏腹に、省吾が力強く押している筈なのに彼女の身体はまったく動かなかった。
「日和者のお嬢さんは、気付いたようですねぇ。」
「何が、だ…っ!?」
「おや、坊はまだお気付きになってないんですか?それじゃあ、ミナコ様は救えませんぜ?」
ミナコ、の名前を聞いた時、省吾の身体は強張った。
「っミナコは
「『死んだだろ、何故アイツが生きてるかのように言うんだ。』って?」
彼が続けようとした言葉を、ミヅチが先に当ててしまった。
そしてニヤリ、と笑うと、だって、と続けた。
「ミナコ様は生きてますもの。なのに、坊は頑なに死んでいると思い込んでやがりますねぇ?」
彼女の指摘に、省吾は反論出来なかった。図星、であったからだ。
ミナコが生きているかもしれない___
その可能性を示唆されたのはほんの数日前、琴刃と龍座がとある情報屋から得た話を聞かされた時であった。
街中で彼女にとてもよく似た人物が誰かと一緒に歩いていたのを目撃した、そんな噂話によればあの騒動の後、
連れ去られて監禁されているらしい。
しかし、省吾はそれを真っ向から否定し、それどころか、そんなことよりも出雲寺組の支援に徹底しろ、と二人を叱責する始末であった。
何故なら、彼の中では叔父に見せられたあの映像が全ての真実であったからだ。
壁に塗られた血飛沫。
ペンキを撒いたかのように思わせる床の赤い海。
切り傷、散乱としている家具。
誰が見ても、あの中で大切な妹が生きているとはとても思えなかったのだ。
否、彼がそう思いたかったのはもしかしたら、こんな事をどこか望んでいたからかもしれない。
彼女が止むを得ず亡くなってしまったことで鬼英会の組長の座に自分が穴埋め出来るかもしれない、と。
「酷いお方だ、子供の頃はあんなに仲がよろしかったのに。」
「…違う、ミナコは、ミナコは死んだ…!」
「でもそうやって思い込んだ方が坊は楽ですもんねぇ?どんな非道な事だって、それで言い訳が作れる。」
「違う、俺は、違う!」
「違うのは、坊だろ?本当は、ミナコ様なんていなくなればいい、って思ってますよね?」
だって、と紡ぐ彼女の口が釣り上がる。
「___”仕方なく”鬼英会の組の座につけますから。”仕方がなく”ね。」
「―――あぁぁあああああああ!!!!」
咆哮と共にミヅチに突き出したのは、ショウゴ持ち前のモデルガン。
実弾なんて入ってない、ただの遊戯銃だ。しかし、彼にとって武器である事には変わりない。
省吾の目が、文字通り色を変えると同時に彼は引金を引いた。
射弾の悪夢。
省吾が相手に撃ち殺された際に発動した、悪夢(ナイトメアアナボリズム)だ。
装填される物質によって弾の性能が変わるという特性を持っており、その物質の対象は空気にまで及ぶ。
つまり、弾は無くとも射撃は可能なのだ。
バンッ、という音と共に弾かれたのは圧縮された空気の塊。
ミヅチはその音を聞くと同時に、また姿を消した。目に見えない弾丸は空を切り、先にあった木にぶつかり弾けた。
「うわぁぁあああ!?!?」
近くにいた構成員達は呆気無く空中へと上げられ、間もなく地面へと落とされる。
次にミヅチが姿を現せば、省吾はそれを狙い撃つ。しかし弾は彼女に当たることはなく、
流れ弾を喰らった構成員は吹き飛んでしまった。
省吾はただ、ミヅチを狙い撃つだけに集中しており、周囲にいくら風が吹き荒れようともその手を止める事はなかった。
「っきゃ…!!」
「アスミ!!」
次々に生まれる暴風の渦によって、愛澄は空中へ弾き飛ばされそうになる。
亜樹斗は手を伸ばして浮かんだ彼女の身体を引き寄せると、強く抱き締めながらその場にしゃがんだ。
「逃げるんじゃねぇよ!!」
省吾は地面に転がっている小石を掴むと、それを詰めて射撃した。
中に込められた小石が弾け、ショットガンのように発射される。当たればタダでは済まないのは、目に見えている。
しかし彼女は、避けなかった。
「へぇ、そんな事も出来るんすね。」
ヒュンッ
「!?」
パラパラ、と何かが落ちる音がした。
省吾が視線を向けると、ミヅチの足元には砕けた小石が転がっていた。
間違いなく省吾自身が詰めたあの弾丸の残骸だ。
ミヅチはただ、足を上げただけで、一切、被弾はしていない。
何が起こったか分からず唖然としている省吾を余所に、彼女はニヤリと嘲笑う。
「さて、反撃ですよ?坊。」
「な、がはっ!?」
腹部に強い衝撃、突然の痛みと呼吸困難に省吾は陥った。
前のめりになったところを顎で蹴られ、続けて右頬を蹴り飛ばされる。
いや、蹴られたかどうかは分からない。もしかしたら殴られているのかもしれない。
そう正常に判断出来ないのは、省吾が尋常ではない速度でその猛攻を受けているからだ。
分からない、何が起こってるのか。
ただひたすら、身体のあちこちに痛みが走り、世界がぐるぐると回る。
「っぐ、ぁ……」
ようやく開放されたかと思えば、省吾はそのまま地面へと倒れてしまった。
身体は重く、起き上がる事は出来なかった。
(銃、は、ど、こ)
朦朧とした意識の中、省吾は反撃をしようと手放されたハンドガンを探す。
それは、後少し手を伸ばせば届く位置に落ちていた。
あと少し、ほんの少し、激痛に耐えながら身体を引きずり、そして手を伸ばした。
「坊、」
しかし、
「おねんねの時間ですよ。」
その手が届くことは、なかった。
「――…さて、と。」
動かなくなった省吾から目を離すと、ミヅチは出雲寺組の方へと向き直る。
屋敷の庭は整備したばかりだというのに強風のせいで荒れ果てて、奇襲後の状態へ逆戻りになっている。
被害を被った構成員もあちらこちらに倒れており、冴子も横たわったまま目を瞑っている。
愛澄を庇っている亜樹斗らがミヅチと対峙しているが、手負いであることは変わらない。
しかしミヅチにはもう既に、戦意などなかった。だから迫り来る殺意を、すぐに感じ取る事が出来た。
「…リュウザさん、とコトハさん、でしたっけ?ちょうどいいや、伝言頼まれてくれます?」
ミヅチはそう言って、右手で龍座の蹴りを、左手は持ちのナイフで琴刃の刃を受け止め、2人の動きを制止した。
刃と刃が擦れ合う音がキリキリと鳴り響き、お互い少しでもずらせば刺さってしまうであろう。
それほど切迫した状態であっても、ミヅチの余裕が崩れることはなかった。
「…やだなぁ、坊は生きてますよ?」
「!」
彼女がそう告げると、龍座は目を見開いた。僅かではあるが、足の力も緩んだ気がする。
そんな戸惑いを見せた彼へ、琴刃がクギをさす。
「リュウザ、ハッタリよ。」
「コトハさんだって心配ですよねぇ~?声震えてますよ?」
「黙れ。」
「あらら。」
今度は心なしか、迫る刃の力が強まった気がするとミヅチは苦笑した。
続けて、独り言のようにこう呟いた。
「生きて貰わなきゃ困りますもん。」
その言葉の意図を、今は龍座も琴刃も理解出来なかった。
頼みに応じなければ殺すしかない、それが彼女の目的だと思っていたからだ。
ミヅチは受け止めていた龍座の足を前にどかし、続けて琴刃のナイフを弾き上げて一歩退いた。
ヒュン、と目の前を刃が掠る。
「っ!」
「一週間後、再び訪問し、坊に答えを出して貰います。」
「答え?」
問いかける龍座に、答えです、とミヅチは笑って返す。
「…考える時間を坊に与えましょう、ここへ戻ってくるかどうか。 時間が遅くなることは許しませんが、
早まるなら喜んで受け入れるっスよ。」
「…お前何言ってんだ?またここに来るだと?」
「ああ、迷惑でしたら場所変えてもいいですよ?アタシは坊だけに用がありますし、日和組には何の用もありません。」
「テメェ…!」
「動いたら、腕の中のお嬢様に負担をかけるのでは?」
「…ッチ…」
上げかけた得物を亜樹斗はおとなしく下ろし、代わりに愛澄を抱く手の力を強めた。
「そうそう、まだ坊に情をかけて他の奴が来てアタシを殺すなら、それでもそれで構いませんよ?またこんな目に遭うのは、嫌ですもんね?」
クスクス、とミヅチは笑い、ただ、と言葉を付け足した。
「その瞬間、坊は今後『極道』ではなく『チンピラ』と呼ばれるでしょうけどねぇ?」
鬼を喰らう災厄の蛟
最終更新:2013年05月12日 21:35