「なるほど、なるほど。お二方とも、なかなか面白い意見をお持ちのようで」
『!!』
アッシュが立ち去ろうとしたまさにその瞬間、横合いからかけられた声があった。忘れようにも忘れられない、奇妙に甲高い、それでいてどこか重さを持つ、特徴的な音。
弾かれたように綾音とマナが、ゆっくりとアッシュが振り向いたそこにいたのは、
「御機嫌よう、御三方。お久しぶりです」
帽子を取ってかるく会釈をする、
ヴァイス=シュヴァルツの姿だった。
誰にとっても、この男は淘汰されるべき存在だ。それをわかっているからこそ、臨戦態勢に入る3人を、しかしヴァイスは左掌を向けて止める。
「おっと、それは勘弁願いたいですね。荒事は苦手なのでね」
どこか意味深なその言葉とは裏腹に、被り直した帽子の下から覗く生身の右目には、出来るものならやって見ろ、とでも言いたげな自信が垣間見えた。その目が、ちらりと一瞬だけアッシュを捉える。
「神、ですか。なるほど、特殊能力について語るならば、どうしても避けては通れない道ですね」
「……だから何? あなたには関係ない」
綾音の言葉にしかし、ヴァイスは笑う。
「そうでもありませんよ。それより、ワタシも少しばかり、話に混ぜていただけませんかね? ……おっと」
言う間に襲ってきたアッシュの一撃を、ヴァイスは軽く一挙動でかわす。
「危ない危ない、死ぬところでした」
「……良く言うよ」
「さて、どうですかね。まあともかく、ワタシにもワタシの言い分というものがありますよ」
三人全員が敵意を向けていることなど意にも介さず、白き闇は語る。
「綾音さん、でしたか? 特殊能力という異なる因子が世界に歪みを生み、それが集積した結果ワタシという存在を生んだ、と。確かそう言いましたか」
「そうよ。現実はこうだけれど、本来存在し得ない、存在してはならない因子。それが特殊能力と呼ばれるモノよ」
「なるほど、なるほど。それはまあ、確かにそうでしょう。このいかせのごれ以外ではね」
ニヤリ、と深くかぶり直した帽子の下で、嗤う。
「……どういう意味かしら?」
「そのままですよ。全く想像力のない……これでは、仮面の彼女の方がかなりマシですね。しばらく表に出ない内に、そこまで耄碌しましたか?」
「………」
「このいかせのごれという世界は、言ってみれば神の箱庭とも言える存在です。その中で『手違い』から生まれたのが特殊能力であり、それを持つ者。その意味では、まあアナタの意見は間違ってはいません」
ただし、とまるで生徒を諭す教師のように、黒い手袋に包んだ人差し指をぴっ、と立てる。
「摂理がどうであれ、特殊能力者は在るべくして在る存在なのですよ。そして、彼らの存在なくしては、現状このいかせのごれは立ち行かない。その意味では、彼の意見が正しいですね」
「へえ? まさか、お前と意見が合おうとはね。珍しいこともあるもんだ」
どこか感心したようにアッシュが呟くが、ヴァイスはそれを肯定せず、くつくつと笑う。
「いやいや、そうではありませんよ。ワタシはむしろ、アナタの意見に対して異見を示したいところでしてね」
機械の左目が、微かな駆動音を立ててアッシュを無機質な視線で射る。
「と、いうと?」
「ワタシは知っての通りの狂人ですが、それゆえに見えるものもある、ということです」
「これまで多くの人間を壊してきましたが、その中で感じたコトがいくつかあるのですよ」
「彼女は『神に滅ぼされる』と言った。アナタは『神を殺す』と言った。それはどちらも真実であり、また起こり得る事象でしょう」
「ただし、それは」
「このいかせのごれが、本当に『神の意志によって動くのなら』の話ですが」
俄かには理解しがたい言葉に、綾音のみならずアッシュやマナも少々混乱した。そんな彼らには委細構わず、ヴァイスは朗々と語る。
「実を言うと、未だに正確な所はわかりませんし、恐らく誰にも……それこそ
ホウオウであっても、証明するコトは永劫不可能でしょうが……今、我々がこうして存在しているいかせのごれには、数多くの『意志』が介在しています」
「それが何なのかは、永遠にわからないでしょう。しかし、確かに、それはいかせのごれに影響を及ぼしているのです。一つ一つの影響する範囲には限りがありますし、世界の運命や我々の生死を左右するほどの力はないようですが……それらの『意志』が複雑に絡み合い、影響し合い、そうしてこのいかせのごれは成り立っているのです」
「特殊能力者が在るべくして在るというのは、そういうコトです。確かに、元々は存在し得ない、存在してはならないモノだった。しかし、それは存在してしまった。神の手違いによって」
「そしてもしかすると、神の手違いと、それによる特殊能力の誕生……それこそが『意志』の成せる業なのかもしれませんね」
綾音が恐れ、ホウオウグループが敵視する「神」。だが、それすらも「意志」とやらの手の内であったなら……?
「……神がどう動くのか、それさえも思惑の内」
「そうなりますね。まあ、証明する手段はありませんし、本当に神にまで『意志』が働くかは知りませんが」
「しかし、確実にわかっていることがあります」
「このいかせのごれに生きる我々は、神を決して否定できません。しかし同時に、神も我々を否定できません。それは、このいかせのごれに引かれた、超えることの出来ない一線なのですから」
「……そんな言葉で僕達が止まるとでも思ったのかい?」
アッシュの言葉に、ヴァイスはしかし怯まない。どころか、平然と言い放つ。
「いいえ? 止まるとは思いませんし、止めようとも思いません。挑むなり殺すなり、ご自由にすればよろしいでしょう」
「元よりそのつもりではあるけど、お前に言われるのは腹が立つなぁ」
「それはどうも。まあ、どう考えるかは個人の自由でしょう。他人に言われてあっさり持論を翻すようでは、底の浅さが窺い知れるというものですよ。それに、ワタシの言葉は、もしかしたらただの戯言かもしれませんよ? 何せ狂人ですからねぇ」
言いたいことを一方的に捲し立て、ヴァイスは給水塔の陰の暗がり、そこに溶けるようにして消えていく。去り際に、こう言い残して。
「もし本当に世界が変質すれば、それを逃れることは決して出来ませんよ? 我々とこの世界は、運命共同体なのですから」
「では、これにて。もう遅い時間ですから、帰るならばお早くどうぞ……」
白き闇はかく語りき
(誰にとっても、敵でしかない)
(その言葉が真実か、偽りか)
(全ての、答えは)
(神のみぞ、知る)
最終更新:2013年05月14日 10:54