「む?」
惨劇をビルの屋上から眺めていた
ヴァイスに、その名を呼ぶ声がかけられた。怪訝な顔で振り向くと、そこにいたのは何とも異様な風体の少女。
三つ編みのポニーテールに黒のアイマスクとタートルネック、ブーツ、緑のホットパンツという、彼女。
ヴァイスは、その少女を知っていた。
「……確か『ヴァイオレット』と言いましたか? 崎原邸の警護についていたようですが……」
「そうだ。だが、交代の途中でこの騒ぎに遭遇してな。もしやと思えば、やはり貴様だった」
少女―――ヴァイオレットにとっても、このヴァイスという男は看過できない存在だ。美琴を操り、危うく破滅するところまで追い込んだ敵。
それ以前の問題として、苦手な部類の任務に就かざるを得なくなった原因。
「そういうコトだ。これ以上、話すコトはない」
「話したくない、の間違いではありませんか?」
指摘には答えず、ヴァイオレットは両手に紫の光を纏う。
「ほう……」
興味深げに見つめるヴァイスに向けて踏み込み、鉄拳を叩き込む。が、
「なるほど……バリアの類ですか」
「くっ」
突然伸びあがった影のようなものに阻まれ、本人までは届いていない。その向こうで、白き闇が嗤う。
「アイマスクはなかなかいい判断です。ワタシの眼が見えねば、マニピュレイトはかけられませんからね。……ですが」
その影が、瞬時に無数の棘と化してヴァイオレットを襲う。咄嗟に両手のバリアを拡大し、円形の障壁となしてそれを防ぐ。
「それでワタシを抑えたと思ったら、大間違いです」
「…………」
言われなくてもわかっていた。着任前に受け取った情報で、現状のヴァイスは本来の精神操作能力に加え、影のような物質を操る「ヤミまがい」なる能力を所有していると聞かされている。これがそうなのだろう、と目星をつけ、同時にサイコシールドで防げるレベルだと結論付ける。
(だが、攻撃が当たらなくては)
ヴァイオレットはその能力上、実は直接戦闘はあまり得意ではない。体術にこそそれなりに長けているが、攻撃能力はバリアで強化しての白兵戦オンリー。このヴァイスのような、遠隔操作型の能力持ちとは相性が悪かった。壁を撃ち抜くだけの攻撃力は、彼女にはない。
(どうする)
考える間にも、ヴァイスは影を伸ばしてヴァイオレットを攻撃してきている。今度は足元から喰らい付くように、無数の牙が伸びる。両足にシールドを展開、弾いた勢いで距離を取る。
「さすがにやりますね。ですが、アナタの相手ばかりしているワケにもいかないので……そろそろ失礼させていただきます」
「! 逃がさん……」
美琴の一件で使ったという影に潜り込んでの転移で逃げる気だ。判断するや否やヴァイオレットは走ったが、弾幕のように放たれた影の欠片が行く手を阻む。
しかし、ヴァイスがその場から逃げることは、結論から言うと出来なかった。なぜなら、
「何!?」
潜り込もうとした影が突然薄れ、弾かれて元の場所に戻ってしまったからだ。虚を突かれたのも一瞬、我に返って辺りを見回すヴァイオレットの眼に映ったのは、いつの間にか横に立っている、ニット帽にいつものサングラスではなくゴーグルをつけた少年。
「い……アルマ、だと?」
「何時まで経っても呼びに来ないから、探しに出たら……」
ゴーグルの奥から、アルマはヴァイスを睨む。
「まさか、ヴァイス=シュヴァルツとはな」
「……何をしに来た?」
「無論、お前を助けにだ」
「誰がいつそんなコトを頼んだ? 余計な世話だ、横入りするな」
仮にも助けに来た人間に言う台詞ではないが、アルマは彼女の性格を知り尽くしている。いつもの如く、
「まあ、そう言うな」
変わらぬ調子で、一言で返す。ヴァイオレットもそれ以上は言わず、またヴァイスへと視線を向ける。
そのヴァイスは、珍しく驚いた様子でアルマを見ていた。
「……何をしました? ワタシのヤミまがいをキャンセルするとは」
「答えると思うか?」
「でしょうね。まあ、いいでしょう」
とは言ったものの、ヴァイスはこの時点で実はかなり追い込まれていた。ヤミまがいでの転移には数秒ほどかかる。腕利きの秘密調査員二人が、その隙を逃すとは思えない。
(参りましたね……)
常々自分で言うとおり、ヴァイスは元々戦闘そのものはあまり得意ではない。他人を操ることに長けている代わり、自ら相手を倒す力は思いのほか少ないのだ。美琴の一件ではヤミまがいを駆使して戦ったが、同じ面子ともう一度戦えばまず間違いなく、負ける。
そんな彼に、この状況では打つ手がなかった。
「おやおや、何だか苦戦しているねぇ、ヴァイス君」
あくまで、ヴァイス自身に関する限りは。
「「!?」」
何時の間にかヴァイスの背後に、奇妙な男が現れていた。肩までの赤いストレートヘアに、道化師の仮面と派手な意匠の服を着た、男。
その男に、ヴァイスは驚くでもなく話しかける。
「アナタですか……どうしました?」
「いや、ね。最近顔を見ないから、挨拶でもしとこうかと思ったんだけども」
「……よくワタシの場所がわかりましたね」
「君、ヤミまがいを使っただろ? あれが使われると、僕には場所が何となくわかるのサ。ここまでドンピシャとは思わなかったけども」
眼前の二人を無視して語るその男を、調査員達は知っていた。
「……
ピエロ、か」
「確か、以前にリリス修道院や秋山神社を襲ってマークされていたな。ヴァイスと手を組んだのか?」
「のーのー、それは違います。彼が僕達、
運命の歪みに加わったのサ」
立てた人差し指を左右に振りつつ、ピエロは言う。
「運命の歪み……だと?」
ヴァイオレットの言葉には答えず、ピエロはヴァイスに向き直る。
「なかなかよくやっているようだね。しかし、君はまだ、ヤミまがいの力を舐めている。僕が今、本当の使い方を教えてあげよう」
言うや、ピエロは一足飛びに間合いを詰め、ヴァイオレット目がけてその手をかざした。
瞬間、
「!!? ああぁぁあぁぁぁ!!」
「かかった、かかった。さあて、今のうちに逃げるとしようか」
「あれは一体……」
「僕の……というかヤミまがいの切札の一つさ。一時しのぎだから長く持たないけど、時間稼ぎにはなるだろうサ」
「……わかりました」
ピエロが足元に「ヤミ」を広げ、二人はそこに沈むようにして姿を消した。
ヴァイオレットの狂乱が収まったのは、ヴァイス達が去ってから数十秒後のことだった。
「っ、はぁっ、はぁっ……」
「大丈夫か、紫苑」
「……くっ」
ヴァイオレット――――紫苑は、呼びかけに答えるより前に、倒れた上体を起こしてアイマスクを引き剥がした。
「こ、この程度……うぅっ」
「無理するな、寝てろ。送ってやる」
「……礼は、言わんぞ」
それには答えず、アルマは紫苑を背負い上げ、ビルの屋上から屋上へと飛び移ってその場を去って行った。
その背に負われる紫苑は、ストラウル跡地近辺で一旦降ろされた際、アルマに問いかけていた。
「……さっきの、転移を弾いたのは?」
「これだ」
獏也に連絡を取ったばかりのアルマが取りだしたのは、何の変哲もないスーパーボール。だが、紫苑は「それ」が何なのか、心当たりがあった。
「……『落とし物』か」
「正解。『当てた場所のエネルギーを拡散させる』という能力が付与されている。これを投げつけてやったんだ」
「落とし物」というのは、ここ最近秘密調査員の何人かが当たっている回収任務の対象だ。「ハーメルン」というレジストコードで呼ばれている男がいるのだが、この男は物体に能力を付与する、という特殊能力を持っている。タチの悪いことに、「ハーメルン」はそうして能力をつけた物体に対して無頓着であり、その辺に放り出しては忘れ去っている。
一般人が拾って騒ぎになることも多いため、それを防ぐためにウスワイヤがこれを回収して回っているのだ。
そうして集められた「落とし物」の一部は、任務の内容によっては隊員に貸し出されることもある。
「ともかく、ヴァイスの一件に加え、ピエロと『運命の歪み』なる新しいキーワードが出て来た。しばらくは忙しいぞ、紫苑」
「……はぁ。また、他人と関わるのか……」
「そう落ち込むな。
ささみかが心配するぞ」
本拠に戻ったヴァイスは、ピエロから先ほどの話を聞いていた。
「助かりましたよ。生死に拘りはありませんが、捕まってしまっては元も子もありませんからね」
「それなら何よりだ。良かった、良かった」
今一つ信用しにくい口調だったが、それよりも今は尋ねるべきコトがあった。
「先程の、ヴァイオレットを無力化したあれは一体?」
「あれはね、ヤミまがいの極みの一つサ。『人間を開け閉めする力』……文字通り全ての感覚を封鎖して、意識だけを孤立させる。知ってるかい? 人間はね、何の変化もない状況に長時間置かれると、簡単に発狂してしまうんだ」
「ああ、それは聞いたことがありますね。白い部屋の拷問、というヤツでしたか」
それそれ、と頷くピエロ。
「まあ、ヤミまがいを得て、かつ使いこなしてる人間は少ないし、コレが使えるレベルとなるともう僕くらいだね。ただ、君は可能性あるよ」
「ワタシが使えてもあまり意味は……」
「いやいやいや、そんなことはないよ。感覚を封鎖した上で君の暗示をかければ、どんな奴でも簡単に操れるんじゃないかい?」
「……言われてみれば」
孤立した意識ということは、裏を返せば、術者による干渉が容易という事だ。取りも直さずそれは、マニピュレイトに対して無防備となることを意味する。
「どうだい? 次のシナリオまでに、コレを身につけて見ないかな?」
「……乗りましょう」
闇 渦巻く
「……時に、ピエロ。メンバーが一人増えるのは、構いませんかね」
「? 『運命の歪み』が増える分には、まあ構わないけどサ。どうしたの、突然」
「いえ。少々、思う所がありましてね。どうするかは、まだわかりませんが」
最終更新:2013年05月30日 10:52