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ふたりの『群衆』の些細な会話

 彼は普通にありたかった。

 非日常には飽いていた。……と言えば、戦いの中に居る彼らには嗤われるだろうか。
 たった半年、地下の部屋にただ居ただけだ。
 たった数年、アースセイバーの兄たちの戦いをただ見ていただけだ。
 自分は護られていただけ。それでも、彼にとってはじゅうぶん過ぎた。

 彼は普通にありたかった。非日常な"物語"の主人公、主要人物と成るのはまっぴらだ。
 自分を護ると言った兄も、けっきょく自分を監禁するしかなくなった。
 あの"救世主"君の話も、事実と知っていれば恐ろしいばかりのものだ。
 同級生や皆の物語でも、きっと死ぬような折られるような思いをしているのだろう?
 自分はそんな冒険よりも、「その他大勢」のただの他人として、普通と呼ばれる日常に在りたいだけだ。

 浅田郁人は主人公には成らない。たとえそれが悪役に一瞬で屠られるようなモブだとしても……矛盾に聞こえるかもしれないが……それでも、看板役よりはずっとマシなのだ。




"ふたりの『群衆』の些細な会話"




 ……だからこの相手には、悪いが帰れと言わねばならない。

「君と居ると目立つんですよ、ミラ君」

 廊下の窓越しに声を掛けてきた元同級生にそんな言葉を返す。たぶんいつものとおり、相手は帰らないだろうから、小説には栞を挟んでおこう。
 仲の悪い相手ではない。むしろ今回のように「休み時間に見かけたからなんとなく声をかける」程度の仲はあるし、普通に話せる相手ではある。
 だが、現在の"目立ちたくない"を第一とする少年にとっては、あまり一緒にいるところを見られたくない相手でもあった。

 元同級生。自分が"元引篭もり"のダブりであることを皆に再認識させるだろう。
 厨二病。能力者としての目立ち方ではないが、目立つことには変わりない。
 そしてなにより、あの呼称だ。

「ふん、相変わらずだな、"万能鍵"よ。だが諦めるんだな」
「だからその呼び方は止めてくださいって。人をそんな、キーアイテムみたいに」
「ふん、俺の眼は誤魔化せんぞ。
 そろそろ認めるがいい。貴様も"こちら側"の者なのだと……」
「認めませんし事実からありません。こちらってどっちですか。
 というかどっちかというと君もどっちでもないでしょう」
「ん?」
「なんでもないです」
「……俺は貴様も大概だと思うぞ、キーアイテム?」
「やめてくれと言っているでしょう。
 つまりですね、僕は<物-アイテム>じゃあないですし、<主要人物-キー>より<脇役-サブ>がいいです。
 いや、むしろ<群衆-モブ>でいいですし……何ですか?」

 如何にその呼称が嫌であるか。説明しながらふと見ると、元同級生が苦笑するような表情になっている。
 彼は自分と会話する時、よくそんな顔をする時がある。……意味はよく判らない。

「無自覚なんだろうな、貴様は」
「はい?」
「未だ目覚めぬ力を持つ的な?」
「君って、僕に対して若干テキトーになってますよね?」
「それは、貴様が――」

 彼の反論は遮られる。背後で音がした。ひどい音だ。怒声が聞こえる。
 ……この休み時間も普通に過ごせそうだと思っていたが、残念ながらここまでらしい。厭だなあ等と考えながら、会話相手の吃驚した顔を眺めている。あまり珍しくは無いな。ああ、そうじゃあない。
 振り返る、それより先に、視線の隅を影が走った。そのまま教室から飛び出していく子がひとり。
 教室がざわつき出す。先刻の音は、彼の人が座席を蹴り立った音なのだろう。

「何だ?」
「なんでしょうね。このクラスにはよくあることな気もしますけど。
 ちょっと近くの席の人に聞いてみましょうか」
「ほう、首を突っ込みたくないとでも言うと思ったが」
「少しくらい興味のある素振りをするほうが"普通"でしょう」
「そういうのを無自覚と云うんだ」

 はいはい、と流しながら席を立つ。彼が手を出してきたから、持ったままだった小説を預けておく。
 休み時間も残り少ない。本の続きはまた次の時間だ。

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最終更新:2013年07月30日 22:46