――風景が一変していた。
木々は薙ぎ倒され、地面は所々が抉れている。
事象の中心に在るのは、異形、巫蠱が生み出した最強の毒虫。
そして、
その周囲に転がっているのは、
皿から落ちた、
最強に敗れた、
他の者達であった。
――・――・――
「く、くくくく……」
ムカイが嗤っている。右手で顔を覆い、しかしその下から見える口元には誰が見ても分かる位、笑みを形作っている。
「くくく――くはははははははははははは!!!!」
やがて零すようだった笑い声は、堪えきれなくなったような高笑いへと変化していた。
「無様! 無様だなぁ、
ジングウ! 何が、お前の同志が私を倒す、だ? これを見ろ、これを視ろ、これを認ろ! これが現実だ!」
優勢から一変。
千年王国は、合体した魔蟲にほとんど手も足も出せずにいた。
大クワガタ、大サソリが備えていた防御能力、大クモと大ミミズが持っていた機動能力、大カマキリの攻撃能力。五体の能力をすべて統合し、一体の怪物と化したそれは、単純な足し算の強化ではなかった。
「ぐわっ!!」
魎の下半身が魔蟲の攻撃に耐え切れず、破壊された。鉄くずと化した下半身を引き摺りながら、彼の身体が地面の上を転がっていく。
「魎――!!」
「
ブラン、駄目! 隊列を崩したら――」
「え――きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
レンコとブランの身体を、高速で振られた二つの刃がズタズタに切り裂く。
「レンコ、ブラン!! ――こンの野郎ッ!!!」
仲間を傷付けられ、激昂したリキがジェットハンマーを振りかざして飛び掛かる。
「ジェット――ハンマアァァァァァァァァ!!!!」
狙い過たず、ハンマーは魔蟲の背中へと命中する。ドスン、と言う鈍い音が辺りに響き渡った。
だが、
「嘘……だろ?」
先程通用した筈のハンマーは、魔蟲の装甲に罅一つ付けられてはいなかった。黒光りする甲殻には、へこみすら見当たらない。
何かの間違いだ。そう思って、リキは何度も同じ場所をハンマーで殴打した。右に、左に、振って振って、振り続け、何十回とハンマーを打ち据える。
その時、不意に手応えが無くなったのを彼は感じた。ようやく相手の装甲が砕けたのか。いや、違う。そうではない。自らの手にしている物を目にし、リキは絶句していた。
「んな……」
ジェットハンマーの槌の部分。その部分が無くなっていた。度重なる連続使用に耐え切れず、ハンマーは自らの威力に砕けてしまったのだ。しかもそこまで酷使していながら、相打ちではない。魔蟲の装甲にはやはり、ダメージは与えられていなかった。
「――ごはっ!?!?」
魔蟲が身動ぎし、リキを自分の上から振り落とす。更に鞭の様にしならせた大ミミズの胴体が、地面へと落下していくリキ目掛けて襲い掛かった。まるでバットに当たったボールの様に、彼の身体は吹き飛ばされ、数本の木を薙ぎ倒したところでようやく停止した。
「が……はっ……」
リキは大量の血を吐き出した。常人なら即死であろうが、それでも息があるのは流石は生物兵器と言ったところか。しかしだからと言って、無事と言う訳でもない。
『リキ――!!!!』
モニター越しで戦いを見ていた
エレクタが悲鳴を上げた。
『レンコ、ブラン、魎! みんな、返事して! みんなぁ!』
「狼狽えるんじゃありませんよ、エレクタ。これ位で死ぬほど柔に作った記憶はありません」
ディスプレイの中で泣いているエレクタを、ジングウが静かに窘める。
『キング、僕にも行かせて!』
「許可できません。電子戦しか能の無い貴方が行って、何になると言うのです。足手まといが関の山ですよ」
『で、でもぉ……』
電脳空間内でエレクタが地団太を踏むが、ジングウはそれに応えない。実際、エレクタが行っても状況は好転しない。先にやられた兄弟同様、彼も魔蟲の餌食になるだけだ。
「
サヨリさん、戦闘続行可能な人員は?」
「えっと、待ってください……出ました! アッシュさんと
ロイドさん、それにイマさんです!」
――・――・――
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
突撃銃を乱射しながら、双角の獣が疾走する。宵闇の中、銃口から放たれる火が人魂の様に辺りを淡く照らす。
それはまさしく獣の牙だ。人体であれば、その五体を容易に引き千切り、バラバラに打ち砕く。ましてや、その威力に麒麟の籠を施しているのだ。その牙は、戦車の装甲にだって穴を穿てるだろう。
だがしかし、効かない。魔を持ち、怪物と化した存在に、その牙は歯型すら付けられずにいた。
それでもアッシュは攻撃の手を休めない。空になった弾倉を捨て、胸の転送装置で取り出した新しいカートリッジを差し込み、再び魔蟲目掛けて引き金を引く。
これで良い、とアッシュは心の中で呟く。
攻撃が通用しようとしまいと、アッシュの攻撃は魔蟲の注意を自分へと引きつけている。それこそが彼の狙いであり、この場における役目だった。
魔蟲がその巨体を引き摺り、アッシュの方へと身体の前面を向けた。
その時だった。
木陰から、大きな影が飛び出した。右手の先から伸びる巨大な爪が、月光に反射して煌めく。
「――ちぃっ!」
魔蟲の首を狙った、ロイドの大爪の一薙ぎ。しかしそれは、蟲の右腕の鎌によって防がれていた。あの大サソリの装甲すら引き裂く大爪が、しかし食い込みこそすれダメージになっていない。
「くそっ! 今の攻撃すら受け止めるのかよ!」
アッシュの隣に着地しながら、ロイドが悪態をつく。見れば、その右腕にある爪は人差し指の物が折れており、他の刃はところどころが欠けていた。
『これだけ攻撃しているのに、傷らしい傷は無し……本当に、どうやったらあれを倒せるんですかね』
「ああ、全く……こうなりゃヤケだ。こっちも出し惜しみ無しで行くぞ」
そう言うとロイドは使い物にならなくなった右腕を外し、新しい右腕と取り換えた。
先程の爪とは明らかに印象の異なる腕だった。先の大爪は、その五指に備わった爪こそ巨大であったがしかし、それでも腕の部分は人間のものと同じシルエットをしていた。普段付けているニードルガン内臓型であれ、そうだった。だがそれらは、「そう言う形でなければならない」と言う制約があったからだ。
だが、これは違う。その第一印象は「鎚」と呼ぶのが相応しいだろう。腕の形をしたハンマー。まるで巨人の腕を思わせる程大きく、無骨な形状をしており、その肘に当たる部分からはピストンの様なモノが飛び出していた。手首の部分にはタービンがあり、まるで腕輪の様にそこに存在している。がちり、と接続すると、機能を確認する様にタービンが数回転した。
「イマ、援護してくれ!」
「りょーかいっ!!」
ロイドの声を合図に、空中で待機していたイマが動いた。魔蟲目掛けて、まるで雨の様に火球を吐き出す。それらは魔蟲の装甲を僅かに焦がす程度でしかなかったが、その注意をロイドとアッシュから逸らすには十分だった。
『大盤振る舞いだ』
そう言うと、アッシュの周りに無数の火器が姿を現す。転送装置によって呼び出しだされたそれらは、RPG-7やロケットランチャーの様な、歩兵が運用出来る兵器の中で最大級の火力を誇るモノ達だった。
『一発残らず喰らっていけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!』
両腕でロケットランチャーを構え、発射。空になったそれらを投げ捨て、次の武器へと手を伸ばす。魔蟲の身体に次々と着弾し、爆煙がその身体を包み込んでいく。その周囲にバラバラと、おそらく魔蟲の身体の一部であろう、破片が煙を上げながら散らばった。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
更に追撃。雄叫びを上げながら、煙を吹き飛ばしながらロイドが飛び掛かる。彼は振り上げた右腕を、思いっきり魔蟲の腹へと叩き付けた。手首のタービンが高速で回転しながら装甲を削り、肘のピストンが勢いよく打ち出される。それと同時に手首から先の部分が、打ち込まれたピストンの分だけ飛び出し、更にその肉を抉る。
「スレッジ――インパクト――ッ!!!!」
ロイドが叫ぶのと同時に、右腕の機械腕は爆発した。魔蟲はもちろん、その腕をつけていたロイドも巻き込んで。
『ロイドさん!』
爆風から吹き飛ばされるロイドの姿を見つけ、アッシュは駆け寄った。至近距離で爆発を受けた防護服はボロボロに千切れており、彼のトレードマークである仮面も割れてしまっている。右腕は完全に砕け散っており、その破片の一部が肉に突き刺さっていた。
「くっそ、頭の野郎……物騒なもん使わせやがって……」
『良かった。悪態がつけるなら、まだ元気ですね』
「んな訳ねぇだろ、アホかお前は……アレはどうなった?」
『死んだんじゃないですかね』
そう言って、アッシュは魔蟲の方へ顔を向ける。もうもうと煙に包まれるそれが、身動ぎする様子は見られない。そしてその周囲には、砕けた甲殻の破片が転がっている。
『流石に、戦車が壊れる程の火力には耐えられなかったみたいですね』
「そうか……」
『あ、安心するのは速いですよ。まだムカイが残ってます』
「……そうだったな」
ため息をつきそうになったロイドは、アッシュの言葉で気を入れ直す。ボロボロの身体を起こし、樹上から見下ろす狂科学者へと目を向けた。
「なかなか手強かったぜ、お宅の秘密兵器。だが、これで残すはお前だけだ」
「…………」
「今度こそ、その首を貰うぜ」
あえて腕の無い、右腕の方を向け、ロイドが言う。それをムカイは感情の無い眼差しで見ていたが――
「……ははっ」
――不意に口元を歪め、二人を蔑むように嗤った。その様子に、ロイドもアッシュも眉を顰める。
「何が可笑しい?」
「はっはっはっは……いえいえ、貴方達の愚鈍さと滑稽さが、ですよ」
「何……」
「まさか――まさか本気で、私の可愛い魔蟲を倒したとでも思っているのですか? 自信過剰も甚だしい!」
「な――」
反射的に、二人は後ろを振り返っていた。もうもうと立ち込める煙が、少しずつ晴れていく。そして、月光の中で露わになったのは――
『な……』
「抜け……殻……!?」
そこにあったのは、魔蟲のシルエットをした巨大な物体だった。薄い外皮だけの空蝉。中身の入っていない文字通りの抜け殻だ。それはロイド達の攻撃で著しく破損していたが、その中にある筈の本体の姿はどこにも無い。
『ッ――!? ロイドさん、伏せて!!』
アッシュがそう叫ぶのと、横薙ぎの一撃が二人を襲うのはほとんど同じタイミングだった。アッシュはロイドの盾になるように立っていたが、攻撃は二人を巻き込んで吹き飛ばす。麒麟の加護を受けて強固になっている筈のバイコーンヘッドに、亀裂が走った。
『が――はっ!?」
「ぐうっ!?」
ロイドの身体は地面を転がり、その延長線上にあった木の根元にぶつかる形で停止した。歯を食いしばって何とか意識を留めると、視界の端にアッシュの姿が見えた。身動ぎする様子は無い。
「アッシュ! おいアッシュ! 返事しろ!」
応答は無い。装着しているバイコーンヘッドは装甲部分が砕けており、基盤が剥き出しになって火花を上げている。瞳は閉じられ、ロイドのいる場所からでは生きているのか死んでいるのか、分からなかった。
「ぐあっ!?」
頭上から聞こえた声に顔を上げる。全身を糸に巻かれたイマが、重力に引かれて墜落していくのが見えた。
「あの男の部下である割に、どいつもこいつも想像力が足りませんね」
地に伏す千年王国の面々を見下ろしながら、ムカイは心底つまらなそうな口調で吐き捨てた。
「弱い……弱過ぎる。いや、違うか。私の作った蟲が強過ぎると言うだけの話か。哀れだな。鳳凰の眷属ともあろうものが、蟲に踏み潰されるとは!」
地響きを立てながら、宵闇の中から魔蟲が姿を現す――無傷だ。全く、微塵程も傷付いていない。抜け殻を使ってあの一斉攻撃をかわしたとは言え、それでもいくつかは命中した筈だ。しかし、傷は無い――攻撃が効いていない!
「どうした? 蟲だぞ、たかが一匹の虫けらだぞ? お前達が馬鹿にした、蟲だぞぉッ!!」
「う……ぐ……」
「ははははははっ!! 己の無力さを噛み締めて死んでいけぇ!!」
狂喜の哄笑が響く中、ロイド達の下へと魔蟲がにじり寄っていく。そんな事しなくても、その能力を持ってすれば満身創痍の彼らを駆逐する事など容易い筈だ。しかし、魔蟲はそうしない。
まるで主の意思を理解している様に、
「ぐあっ!!」
ゆっくりと、
「きゃあっ!!」
ゆっくりと、
「うあっ……」
まるで真綿で首を絞めるような緩慢さで、彼らを蹂躙していく。力の差はもう歴然でありながら、決着はもうついたにも関わらず、ムカイの、己を力を誇示するように魔蟲は嬲り殺しにしていく。
「ぜぇ……ぜぇ……」
もう誰にも、立ち上がる気力さえ残ってはいない。全身傷だらけであり、気力も体力も根こそぎ奪われている。もう死んでいるのか生きているのか、判別もつかないような有り様だった。
「ふっ、他愛も無い」
「ぐっ……」
倒れているロイドの顔面を、ムカイは踏みつけた。苦痛と怒りに表情を歪めながら、ロイドは睨みつける。
「貴方、さっきから威勢よく言ってましたよね? 次はお前の番だ、だとか、その首を貰うだとか。ほら、もう一度言って見てくださいよ、ホラ!」
「うっ……ぐっ……」
何度もムカイはロイドの顔を踏みつけ、その身体を蹴りつけた。身体を動かす程の力がもう残っていないのか、それともささやかな抵抗なのか、ロイドはそれを防御せずに受け続ける。
「はぁ……つまらない。もういいですよ、アバベルゼ」
ムカイが脇に退く。ロイドの顔は腫れ上がり、鼻や口から血が零れていた。
「殺しなさい。皆殺しです」
魔蟲の影が、ロイドの上に覆い被さる。彼を助けられる者は誰も、この場にいない。
蟲が右腕の鎌を振り上げる。自分の最後を覚悟し、ロイドは目を瞑った。
(……俺の命はここまでか)
死の瞬間、ロイドが想ったのは失われた自分の記憶。死ぬ前までに取り戻す事が出来なかった事、それだけが心の残りだと、彼は無念そうに思う。
大気を切り裂きながら、巨大な大鎌が迫る。あの威力なら、首と言わず胴体毎もって行ってくれる事だろう。
恐怖は――無い。諦観にも似た覚悟が、ロイドに心の安定を与えていた。
「…………?」
だが、何時まで経っても魔蟲の鎌は、ロイドの首を刎ねる事は無かった。先程と同じで、また焦らしているのだろうか。勘弁してくれ、とロイドは思う。こちらはもう覚悟出来ているのだから、ここに来て出し惜しみは美しくない。
「――~~!!!」
ムカイが何かを言っている、ような気がする。蹴られたせいか、周りの音がうまく拾えない。耳からでは、何が起きているのか感じ取れなかった。
意を決して、ゆっくりと瞼を開けた。
そして、そこに広がっていた光景に、息を呑んだ。
「――――っ」
「何だ、一体何が起きた!?」
ムカイが困惑の声を上げる。
魔蟲が、悲鳴にも似た奇声を上げている。
「何なんだ、こいつは!?」
魔蟲を押さえ込む、巨大な影が存在していた。大きさで比べれば、魔蟲とはずっと小さい。しかしその影は、魔蟲の膂力を大きく上回り、その巨体を力づくで押さえ込んでいる。
「う――うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
『W――WOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!!』
巨大な龍の咆哮と、それに重なるように少年の雄叫びが辺りに響き渡る。
そう、それは――
「は、花丸……」
赤色の装甲、巨大な力の象徴である竜を模した姿。鳳凰の眷属が生み出した強大なドラゴンが、バイオレンスドラゴンが、そこに在った。
≪蠱毒の皿の上で・後編≫
(なるほど、確かに魔蟲は最強なのかもしれない)
(しかし、皿の上における最強とは、同時に井の中の蛙と同義である)
(ここに現れたるは、こことは異なる皿より生まれし最強の存在)
(今こそ、どちらがより優れているかを決めようではないか)
――to be Conthinued
最終更新:2013年09月04日 11:20