「もう、行くんですか?」
「ええ。お世話になりました」
ブラウ=デュンケルはその日、瀕死の自分を解放してくれた「守人」の家を辞していた。
乃木鳩 蛍、ハルキと名乗ったその二人は、
ヴァイスの仕掛けに引っかかって死にかけていた自分を救ってくれたのだ。
恐らく奴はこのことを知らないだろうが、いつまでもここに留まっていては迷惑がかかる。何かの弾みで奴に捕捉されないとも限らないのだ。
帽子を被り直し、女性に一礼する。
「ついついご厚意に甘えて、長居をしてしまいましたが……やはり、俺がここに留まっていては、ご迷惑になるかと」
「迷惑だなんて……むしろ、こちらこそ大したことも出来ませんで」
女性はそういうが、ブラウにとってはなかなか得がたい時間だった。
かつてヴァイスに奪われ、二度と帰らない穏やかな時間。
(だが、だからこそ、俺がここにいてはならない)
妻も子供も失ったあの日、自分は全てを捨てて「ブラウ=デュンケル」になったのだ。
あの白き闇を追う、藍色の復讐者にて。
「蛍くんとハルキくんには、よろしくお伝えください」
「はい……どうか、お気をつけて」
「すみません。では、失礼します」
帽子をちょっとあげて挨拶し、ブラウはその家を後にした。
「こんにちは、アーサーちゃん、ロッギー君」
「その後、いかがですか?」
情報屋「ヴァーミリオン」を京とアンが訪れたのは、長久が退院して戻って来た、ちょうどその日だった。
「長久君、退院おめでとう」
「はは……どうも。おかげさまで、何とか生きてますよ」
『ベニー姉さんはまだ予断を許さないけど……でもちょっとずつ、良くなって来てるって』
アーサー、いやロッギーも、少しだけ安心を込めてそう言った。そうであって欲しい、という願いも多分に含まれていたが、京もアンもあえてそれを指摘するほど良心を捨てていない。
「そう、それはよかったわ。早く良くなるといいわね、紅さん」
「全くです。早く、あの方の元気な姿がみたいものです」
代わりに、今と、これからのことを少しだけ触れる。
「……と、何を調べてるの?」
京が目を留めたのは、ソファに腰を下ろす長久の持つ、書類の束。見ると、顔写真や記録写真が印刷されているのが見えた。
「ああ、これは……」
「……UHラボ、ね」
長久が応えるかどうか一瞬迷った間に、京がその答えを口にしていた。
「……わかりますか」
「わかるわ。……私も、こいつらとは無関係じゃないから」
見て、と言いつつ、京はズボンの右脚を一気にまくり上げる。
長久は一瞬動揺したが、その下から現れたものを見て目を見開いた。
ズボンの下にあったのは、本来あるべき白い肌ではなく、冷たい質感を持つ黒い金属。
「私は元々、アースセイバーの所属。これは知ってるわよね」
「……一応は」
「アースセイバーとしての最後の任務になったのが、とある能力者の監視。どこからか逃げ出して来たらしくて、いかせのごれに住みついてたそいつを見張っていた。でも、ある時そいつが能力を暴走させて、騒ぎになったの。そして……」
『!? 何、あんた達! その人をどうする気なの!?』
『チッ、気づかれたか……』
『殺せ。目撃者を出してはならない。それがUHラボのルールだ』
『UHラボ!? あんた達、一体……』
『隠、下がれッ!!』
『え、ッ!!……があぁぁあぁ……ッ!!!』
「……怪我は程なく治ったんだけど、半分千切れてた右脚はどうしようもなくてね。義足に取り換えて歩けるようにはなったわ」
「しかし、京様はそれ以来、現役時のようなキレのある動きが出来なくなり、事実上の引退を迫られたのです」
ちなみに、旅行先でアンと出会ったのはその最後の任務である監視を通達されてから数か月後、交代で時間が空いた時である。
ズボンを戻し、京は息をつく。
「そういうワケで、私も連中には因縁があるのよ。全く、壊滅しても諦めが悪いんだから」
「全くです。連中、頭にウジでも沸いているのでしょう」
真顔でさらりと毒を吐くアンである。
「そうね。きっとその通りだわ」
さらに否定しない京。
『ふ、二人ともキツいね……』
「当然よ、ロッギー君。私はね、アースセイバーだったからって、
アキヒロ隊長の理論に一から十まで賛成してるワケじゃない。でも、誰かを守るって言う信念だけは理解できる。だから、色んな人を今なお傷つけるUHラボが許せない」
「私も同様です。奴らは今の『
怪盗一家』と同じ、唾棄すべき集団です。排除されなければなりません」
珍しくギリ、と歯ぎしりをするアン。古巣である怪盗一家が、
ホウオウグループに引き込まれて殺人者の集団と成り果ててしまったことが心底気に食わないらしい。
「キングの意志を無視するなど……」
「アン、落ち着きなさい。二人が驚いてるわよ」
見ると、長久とアーサーが呆気にとられたように、あるいはどこか警戒するようにアンを見ていた。
それでようやく我に返ったアンは、意味もなくフォーマルウェアの襟を直しつつ言う。
「……失礼しました」
「まあ、そういうコトよ。私はもう戦えないけれど、出来ることはあるわ。私の力が必要だったら言ってちょうだい、手を貸すわ」
「京様がそうおっしゃられるのなら、私も御助力致します。個人的な感情の面からも、そうしたいと思っておりますので」
二人がそう述べたところで、情報屋にさらなる客が現れる。
「こーんにーちはー」
『ん? この声は……』
ロッギーとアーサーが一緒になってドアの方を向く。
ドアを開いて入って来たのは、髪を突っ立てた変わった風貌の少年。
「理人君、だったかしら?」
「そーうそう、赤銅 理人ですー。こんにちーはー」
変な所でためて変な所で伸ばす、その奇妙な喋り方は一度聞いたら忘れようがない。
「ハーメルン」のコードをつけられている要注意人物だが、少なくとも敵ではないのは確かだった。
その彼が、何をしにここまで来たのか?
「んんー、かーんたんに言えば、協力ー締結ってやーつですーよ」
「協力? 俺達にか?」
「んーむ。僕もねー、UHラボにはちょーっとした因縁があるーのーですよ」
言いつつ、理人は左の袖をずらして上腕を見せる。
そこには、大分薄くなってきているものの、焼き付けられたような何かの文字があった。
曰く、「PT-0707」。
「それは?」
「…………」
問われて、なぜか理人は黙った。ややあって、彼はがらりと口調を変えて言った。
「……識別番号だよ。実験体のね」
「何……」
「そうさ」
ニヤリと、理人はどこか恐ろしい、顔だけの笑みを浮かべて。
「僕は、UHラボの実験体だったんだよ。それも、『成功体』のね」
「! 成功体……ですって?」
京の呟きに、理人は「そうです」と至って普通に返した。
「奴らの目的は、つまるところ最強の生体兵器の開発。そのために、能力者になり得る人物を各地から攫って来ていた」
ゲンブやスザクもまた、彼らの被害者の一人だ。特にスザクは精神的に何度も改造を受けたため、最近になるまで精神状態が著しく不安定だったのは記憶に新しい。
「僕もその一人だったけど、幸いと言うか僕の能力は精神に直結する特殊なタイプでね。洗脳や強化で異常を来たしたら話にならない、と最低限の思考誘導だけを受けたんだよ」
その「最低限」ですら人道を大きく踏み外しているのは、長久の前の資料が物語っている。
「僕は早くからそれに気づいていたから、従ったふりをしていた。奴らは僕を成功体だと喜んだ。試作被検体0707、『特異点励起』。それが僕の力だよ」
何にでも存在する特異点。それに干渉し、励起して表に出すことで、神の手違いたる「特殊能力」を引きずり出す。それが、理人の力。
「ラボが壊滅する少し前に、僕はいかせのごれに逃げ出した。そこから先の事は、君達の方が詳しいと思うけどね」
とにかく、
「僕はね、連中が許せないんだよ。理由とかそういうことじゃなくて、その存在自体が。連中は滅ぶべきだ。そうは思わないかい?」
と、
「……滅ぶ、って、あの……」
入口の方から少女の声。理人が振り向くと、そこにいたのは、果物を入れたバスケットを抱え、赤い髪を背中まで伸ばしたどこかボーイッシュな少女。
「こ、こんにちは。お見舞いに来たんだけど……な、なんか、凄い怖い話してなかったか……?」
少女―――
火波 スザクは、らしくもなくおずおずとそう口にした。
状況変転
(それぞれの動き、それぞれの思惑)
(如何様に交差し、影響するか)
(今は、まだわからない)
最終更新:2013年12月02日 19:11