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朱鷺と用務員

 今日一番の不幸が、桐山貴子の元に訪れていた。

「タカコー、タカコー」
「・・・・・・・・・」

 この時間帯、普通の生徒であればもうとっくの昔に下校しているはず。
なのに今目の前には、この高校の生徒である朱色の少女・・・もっとも苦手なホウオウグループであるトキコがいる。
この少女は事あるごとに自分に接触してきては、能力者の存在を聞くか自分を凡骨だと罵って楽しんでいる。
学校にいる以上、誰よりも気苦労する相手だ。
極力接触を避けていたのにも関わらず、何故これから家に帰ろうとする時にこの少女と出会ってしまったのであろう、と貴子はため息をついた。
いっそ、無視してこの場を去りたい、いやそうしよう。

「・・・・・・・・・」
「タカコー、ねぇ、タカコー・・・」

 彼女の横を通り過ぎて、そのまま帰ろうとする。
背後にはいつまでも自分を呼ぶ少女の声が・・・

「・・・ん?」

 そこで貴子はふと、ある違和感に気が付き、振り返って校門まで戻ってきた。

「あ、やっと気付いた。」
「元から気付いていました。・・・何故そこから動こうとしないんですか?」
「動けないもん。」
「は?」

 そう言ってトキコが下を見ると、貴子もそれに合わせて視線を足元に下ろしてみた。
周囲が暗いのでよくよく目を凝らしてみると、トキコの両足は血に染まっていた。
わずかに足も痙攣しており、今立っているのがやっとだという様子は誰から見ても分かるぐらいだ。

「ちょ、ちょっと何でこんな・・・?!」
「うーん、まぁ色々あったの。だから、歩けないからタカコおぶってー。」
「は!?」
「おんぶー。」

 子供のようにトキコは両手を伸ばし、貴子にせがんできた。
貴子に2つの選択肢が迫る。自分の保身の為、トキコを見捨ていずれ拾われるのを待つ。
もう一つは、無条件の善意で彼女を送ってあげる。しかしこちらを選択してしまえば、
これから始まるタイムセールスに間に合わず、今日の夕飯はパァになる。
少し悩んでしまったが、貴子は心を鬼にすることは出来ず、伸ばされた両腕を掴んだ。

「・・・はぁ・・・」

 今日の晩御飯どうしよう、そんなことを考えながらトキコをおぶったのであった。



「ゆぅーやーけー、こーやーけーの♪」
「・・・・・・・・・」

 自分の背中でトキコが無邪気に歌う。
ご機嫌そうだが自分の気分はそれとは反対に最悪だ。
横を通り過ぎる通行人の視線が痛い、いや、微笑ましいと眺めているのだと思うのだが、
間違いなく、母親と勘違いされているに違いない。
決して娘ではない、まだそんな歳じゃない。
それでもそう思われるのは自分が年増だからか、トキコが幼すぎるのか。
・・・後者であって欲しい、いや後者だと思わないと心が折れる。

「あ、ここ、ここ!」
「・・・ここ?」

 ふとトキコが声を上げたので見上げてみると、目の前には何の変哲もないマンションがあった。
意外だ、てっきり一軒家にでも住んでいるかと思っていたが・・・

「・・・ここの何階ですか?」
「三階。」
「・・・上がれと?」
「歩けると思う?」

 背後でニヤニヤと笑う気配がした。
仕方なく、おぶったまま階段を上がることにした。

「・・・それで、この階の・・・」
「あ、1番奥だよー。」
「はぁ、1番お・・・く!?」

 貴子は、トキコの言われた通りの部屋に着いたが目の前の光景に驚愕した。
ドアには死ねだの売女などの罵詈雑言が書かれ、蹴られたのか酷く傷がついている。
それだけではない、郵便受けには大量の紙が投函されており、借用書という単語が目に入った。
こんなところに、この子が住んでいるというのか。

「あ、あの・・・トキコ・・・部屋間違えたのでは?」
「ここだよ?」
「え?」
「はやく中入って、鍵は開いてるから。」
「・・・」

 とりあえず今は詮索しないでおこう、そう思った貴子は言われた通り、部屋の中へと入った。
部屋の中もまた酷かった。
何かが暴れた後のように家具は散乱しており、とても人が住めるような環境だとは思えない。
ここも壁の至る所に落書きや傷があり、戸棚は倒れ、中身は床に落ちていて一歩間違えれば怪我をしそうだ。
唯一の食料庫である冷蔵庫も斜めになっており、ちょっとした衝動ですぐに駄目になってしまいそうなほど劣化していた。
入った当初は何にも驚かないと思っていたが、想像以上のものだったので驚きを隠せずにはいた。

「・・・・・・・・・」

 いつの間にか背中から降りていたトキコは、足を引きずりながら壊れかけの戸棚から包帯や薬を取り出し、治療をし始めた。
こんな環境の中で、一体どんな生活をしているのだろうか。

「・・・あれ、貴子まだいたの?」
「え?」
「もう帰ってもいいよ、送ってくれてありがと。」

 トキコは無邪気な笑顔を浮かべると、また治療に専念し始めた。
しかしその処置は、どんなに謙遜しても決していいものだとは言えなかった。
見ていられない、そう思い貴子はトキコの手から包帯を奪うと今彼女が巻いていた包帯を取り始めた。

「わ、何すんのさ!?」
「悪いけど、貴方のまき方全っ然なってない。」
「むー・・・いっつもこうだもん。」
「・・・いっつも?」
「うん、おうちだといつも自分で巻いてるもん。」
「・・・・・・・・・」
「・・・タカコ上手いねー、器用器用!」
「トキコは、」
「ん?」
「トキコは、いつもここで一人で過ごしているの?」
「そだよ。」
「どうして?」
「ここが私のおうちだから。」
「・・・お母さんは?」
「いないよ、殺した。」
「っころ・・・!?」
「うん、殺した。」
「・・・・・・・・・」

 トキコはまるで他人事のように、変わらぬ調子で話す。

「・・・そーだなぁ、タカコになら喋っていいかなぁ。包帯巻いてくれたし。」
「え?」
「私の昔話。どうせ包帯巻いている間暇だし、聞いてってよ。あのね・・・」




 生まれた時から私の環境は少し特殊だった。
少なくとも、普通の人とは違う・・・何故なら、私の母は娼婦だったからだ。
母がどうしてそうなったのかは、もう死んでしまった今では分からない。
いつもどこぞの馬の骨とも分からぬ男に足を開き、毎日生きる為にお金を稼いでいた。
だから私が生まれても、父親はいなかった。当然だ、誰のせいで孕んだかも分からないのだから。
普通なら堕とすことも出来たけれど、母はそれを望まずに出産することを希望した。

『生まれてくる子供に罪はないの、だからお願い、この子を育てさせて・・・!!』

 母はそう言って、赤子の私を抱えて仕事を辞めた。
そしてここへ引っ越してきて、新しい生活を送ることにしたのだった。
母は新しい仕事を見つけ、私も物心が付いてからは母の仕事の手伝いをして、一生懸命彼女を支えた。
決して良い生活ではなかった、けれど母と一緒にいるだけで私は満足だった。

 そんなある日のこと、私に突然“力”が目覚めてしまった。
それが発覚したのは、小学校で友達と遊んでいた時のことだった。
何気なく突き出した手に“力”がかかり、同級生を壁に叩きつけてしまった。
全治3ヵ月だった。始めは何が起こったか分からなかった、私も、彼らも。
その日は逃げるようにすぐ早退した。母には、何も話さなかった。
次の日から私に対するいじめが始まった。直接仕返しすることはなかった。
痛い目にあわせたい気持ちはある、けれども怪我を負わせれば治療代を払わなければいけなくなってしまう。
だから学校では何もしなかった、物を投げられても、バケモノだと罵られても、私は我慢した。
絶対に“力”を使うような真似はしなかった。しかし、“力”がまた私を苦しめていたのも事実だった。
人を傷つけることはなくても物を傷つけることは度々あった。
その都度先生に叱られ、母には弁償しろとの請求が押し付けられた。
母は薄々私の異常に気がついていたようだったが、何も言わなかった。ただ黙って、お金を支払っていた。
度重なる出費はついに母の限界を越えてしまった。
サラ金を借りざるを得なくなってしまったのだ。返します返します、といってもお金は作れない、他の機関から借りる、
それで返済してもまたそこから請求がくる、そして私の破壊も重なり、結果悪循環となってしまった。
借金取りは毎日私達の家に来た。貴子が見たドアや壁がその証拠。・・・そうだよ、中にも入ってきたんだ、あいつらは。
私はその度に母に押入れに入れられてたから、直接彼らから暴力を受けることはなかった。
ただ、母がその間彼らに何をされているかも分からなかった。
いつも押し入れから出てくれば、ボロ雑巾のような風体で倒れている母がいた。
身体を揺すって起こせば、母は私を力強く抱きしめてくれた。ごめんね、ごめんね、と、ただ謝っていた。




 私はこの現状を打破したかった。
母をこれ以上泣かせたくない。学校で私をいじめる奴等や先生よりも、その時はあの借金取り達がただ憎かった。
母が仕事で出掛けた日、私はこっそり学校から帰ってきた。“力”を使って、あいつらを殺す為だ。
いつもと違い、押入れではなく、部屋の中央でやつらを待ち構えていた。ただあいつらが憎い、憎い、憎い。
ドアが乱雑に叩かれ、蹴破られると視界にはあの借金取り達が入った。
下卑た笑み、汚い言葉、奴等が私をどうしようかなんて考えなかった。だって、今から死ぬのだから。
肩を掴んできた借金取りの一人の腕を掴み思いっきり捻りあげた。驚いた、捻ったつもりが肘から千切れてしまったのだった。
耳障りな悲鳴が部屋の中を木霊する。いつも自分たちが上だと思って見下していた奴等が、悲壮にまみれた顔で私を見る。
これ以上なく、嬉しかった。
その先はあまり覚えていない、初めての人殺しは思っていたより簡単であんまり印象強く残っていないから。

 嬲って殺していたら、いつの間にか時間はだいぶ経っていたようで、玄関に母がいた。
・・・その時のことは、どの記憶よりも鮮明に覚えてる。
母は部屋の中の異常を見て、信じられないような表情をしていたが、私は嬉しくて母に駆け寄った。

『おかあさん!あのね、わたしっ』

お母さんをいじめた奴をやっつけたんだよ、そう言葉を続けたかった。
しかし、母がそれを遮って私にかけた言葉は、予想と反したものであった。

『こないで!!』

 ・・・足が止まった。聞き間違いかと思った、でも母の顔はあきらかに私を拒絶していた。
その顔は、学校で同級生や先生が私に向けるものと同じものだった。
私が勇気を出してもう一歩近付けば、母は慌てて台所にある包丁を手に取り、私に向けた。

『こないで、こないでこのバケモノ!!』
『おかあ、さん・・・?』

 違う、こんなの私は望んでいない、そう思っていたのかその時声は震えていた。
それでも母は私を裏切って、思いのたけを叫んだ。決して娘には明かさなかった無念の想いを。

『なんで、なんでこんなことしたの!?私が、っわたしがどれだけ苦労したと思ってんのよ・・・!?
あんなみたいな、あんたみたいな望んでもない子供を生まされた私の気持ちが分かる!?ガキのあんたにそんなのが分かる!?
それでもあんたを育てたのは報われるからと思ったからよ!!あんたが変に力を強くなっても、いつか私に素敵な未来がくる、
そんなことがあると思ったからよ!!必死で働いて!!近所の人たちから学校から何を言われても!!借金取りから逃げていても!!
いずれ報われるとおもったからよ!!なのに、なのにあんたのせいで!!あんたの馬鹿な行いのせいで何もかもめちゃくちゃよ!!
この化け物!!化け物なんて私の子供じゃない!!死ねよ!!死ねよこのクソガキ!!!』

母が私に掴みかかって包丁を振り上げた。
まるで映画のワンシーンのように、その時はスローモーションに見えた。
反射的に私は母の首を掴み、捻った、いや、へし折った。
包丁は私の横に落ちて、母の首はその反対に落ちた。全身に母の血を浴びた。

その時の私の頭の中は、ひたすら真っ白だったと思う。




「・・・そして、一人になったトキコちゃんはホウオウ様に拾われて、幸せな人生を送るのでしたー。
ちゃんちゃん!」
「・・・・・・・・・」

 どう?面白かった?とクルクル回り楽しそうにするトキコ。
治療は話の最中で既に終わっており、後半からは立ちながら喋っていた。
わざわざご丁寧に、モーションまでつけて。

「あ、ちなみに死体はホウオウ様が消してくれたの。死体なんて、あってもいらないしね。」
「・・・・・・・・・」
「でもなんか名残惜しいし、一応小さい頃からお世話になっていたお部屋だから我儘言って残して貰ったの。
アイはもう少し良いところに住まないとホウオウグループとして示しがつかないって・・・」
「トキコは、本当に良かったの?」
「え?」
「トキコは本当にそれで良かったの?」
「・・・・・・・・・」


 少女の表情が固まる。
意に介さない疑問を投げかけてしまったかもしれない。最悪今この場で殺されるかもしれない。
けれども、この気持ちだけは譲れなかった。
子供のように振舞うのは周りを騙すため?違う。無邪気に振舞うのは明るい自分を保つため?違う。
この少女は狂信に酔いしれながらも、心のどこかで未だに「母」を求めているのかもしれない。
自分を愛してくれる、あの暖かな存在を。

「・・・っふふ、あははは!!」
「!?」

 突然腹を抱えてトキコが笑い出した。嘲笑う、のではなく心の底から本当に愉快だと思っているかのように。

「そうだよ?良かったに決まってるじゃん。・・・だって、そうしなきゃホウオウ様に出会えなかったんだもの。」
「・・・・・・・・・」
「私はホウオウ様に出会えてよかった、ホウオウ様が許してくれなければ・・・きっと、今の私はいなかったと思うから。だから、今凄く幸せ!」

 無邪気に笑うその姿は、まさしく本心からくるものである。
しかしその幸せにホウオウが絡んでいると考えれば、貴子は素直に喜べなかったのであった。










朱鷺と用務員



作者 登場人物
しらにゅい トキコ桐山貴子

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最終更新:2013年06月21日 21:08