『こんな所に呼び出して。なんですか?』
銀髪の前髪を鬱陶しそうにかきあげて
若年でありながらその才能を発揮し続けている科学者…
ジングウは、目の前の男をねめつけた
『いつもにやついているあなたが、そこまで不機嫌だとむしろ珍しいですね』
『質問の答えになっていませんよ。クルセ君』
クルセと呼ばれた中年の男は、さも愉快そうにくつくつと笑って、
こちらにどうぞ。と、キーカードを挿し込み。自動のドアを開いた
ホウオウグループ直属の研究所の機械開発部の部長であるクルセを、ジングウは酷く嫌悪していた
能力の低さを見下しているのが一番だが、
何よりも驕りの凄まじい浅はかな考えがジングウにとっては目障りだった
こんな男を、同じ開発者として認める気はさらさらなかったが、
どうしても見せたいものがあると詰め寄られ、
この日は大した予定もなくしぶしぶこの男の誘いに乗ったわけだ
ドアが開くと。ツンとした薬品の臭いが鼻をつく
…これは
『…あなたは屑ですね』
『なんとでも』
巨大なガラスプールの中に、以前ジングウの開発した人工神が眠りについていた
それは、『神』でありながら性別をもった“アダム”と“イブ”だ。
聖書について詳しいわけではないが、もっとも相応しい名だと、
つがいである二神に与えた名だ
素晴らしい完成度には満足していた。
だが、ある日突然何者かに神が盗まれ、一時騒然となったのだ。
まさかこの男だったとは
やはり気に入らない
『で?アダムとイブを返していただけるのですか?』
『…ええ、お返ししますよ』
『何のために、こんな茶番を?』
『…これを見ても尚、“茶番”と?』
クルセが、その異様に細い指をついと滑らせ、指したのは
イブの不自然に膨らんだ腹部だった
『…こ、れは』
『子を成す事の無い人工神の交配実験の、賜物です』
『交配、実験』
『ホウオウ様の命令です。元々あなたに下されたものではあったのですが、
…いや失礼。忙しそうだったので代わりに僕が』
クルセが興奮気味にジングウに何か話しかけているが、
彼の耳には雑音にすらならなかった
目の前に映る、まるで全ての理想を反映したような美しいヒトガタ
これを作り出したのが横にいる屑であろうが、
見知らぬ誰かであろうがもうどうでもよかった
本来、子を成さない筈の人工神が
受胎されている
どうやって?どんなウイルスを使って?
どんな機械を使って?どんな技術を駆使して?
感動と、科学者の好奇心に、いつもの薄笑いはさらにその笑みを深めていく
この完成品をもっと知りたい
私の手元に置いて、もっと調べてみたい
荒くなる心臓の音の波
手を触れたくてしかたがなかった。このたった数センチのガラスが煩わしい
こんな高ぶりを、私は知らない…!
『奇跡、だ』
『そう。奇跡なんです。“奇跡の神の子”ホウオウ様の理想と崇高なる…』
『奇跡だ』
こんな低能の男の手により生まれたものならば尚のこと奇跡と呼ばざるを得ない
こんなにも能力を使いたいとおもった生物が他にいただろうか
ガラスプールを泳ぐ長い青い髪を、どこか恍惚に似た瞳で見つめていた
この日は、ジングウの中の
完璧の法則が崩れたとき
(それからその奇跡の子が産み落とされてすぐに)
(研究所が爆破された)
(私が“生きているうち”に)
(その完成品に触れる事はとうとう叶わなかった)
最終更新:2011年03月13日 14:41