それぞれの思惑、それぞれの本音
「白昼堂々、しかもいかせのごれ高校で襲撃って……何が起こってるんだ、一体」
「後手に回るのは仕方ありませんわ、姉様。相手はそれこそ神出鬼没ですもの」
自宅に戻った僕は、アオイと話していた。内容は、放課後に突如起こったスイネ襲撃について。しかも、アースセイバーが始終警戒している「
パニッシャー」まで現れたという話だ。ほんとに何が起きてるんだ。
―――ちなみにアオイについてだが、本当に僕の妹らしい。本人の記憶を元に、ゲンブと連携して当時の記録を探ってみたら、確かに僕の誘拐についての記事があった。その中にあった名前は、誘拐された当人たる僕、つまり「綾音」。そして、その双子の妹と書かれていた「綾歌」。これがアオイのことらしい。
「だな……というか、アオイ」
「はい?」
「せめて宿くらい確保してから来いよ。後先考えなさすぎだろ」
「す、すみません。姉様に会えると思ったら、いてもたってもいられなくなってしまったもので」
ドジというか、猪突猛進というか。とにかくそんなわけで、今は僕の家で一緒に暮らしている。
「とにかく、今の段階じゃ僕らに出来る事はない。
シスイ達に任せるしかないな」
「そうですわね」
話を一旦切り上げ、ごろり、とベッドに寝転がる。天井を見つめながら思うのは、アオイと同じ日に現れた転校生。
(九条 光……)
長髪に青い瞳を持った、不思議な雰囲気の男(だと思う、多分)。当初はよくある話だ、と流していたが、実際その姿を見た時は、違和感を禁じ得なかった。
男子らしいのだが、男装した女子にも見える不思議な顔立ち。それでも大抵の場合は「ああ、良く見たら」と言った感じで判別がつくのだが、それがない。平均というか、中間。そんな印象がどうしても拭えない。
そしてその特徴は、僕にある人物を思い出させる。
ミツ。
ホウオウグループの生体兵器であり、しかし欠陥品と断じられ、廃棄された放浪者。一人だけで戦った最後の相手。
あの時は一言も会話しなかったから、どういう人となりなのかはわからなかった。しかし、あの転校生の雰囲気は、奴によく似ている。見た目が全然違うから別人だと思うけど、それでも何か引っかかる。何か忘れているような気がする。
(………?)
考えたが答えが出ない。起き上がって頭を振り、思考を打ち切る。
「アオイ、ご飯にしよう」
「はい、姉様」
姉様と向かい合わせになり、夕食の時間です。だけど、ああ、困りました。ついつい姉様の方を見てしまって、箸がちっとも進みません。
何度か注意されましたけれど、やめられません。だって幸せなんですもの、仕方がないでしょう?
「アオイ、早く食べないと冷めるぞ?」
「え? あ、はい、ただいま」
ああ、また上の空になっていました。早く慣れないとこの先問題ですわね。
とりあえず、卵焼きを一つ。
(ああ、美味しい)
口の中でふわっと広がる甘味が何ともいえず……どうしましょう、幸せすぎて感想が出て来ませんわ。
「姉様、料理がお上手ですわね。この卵焼きの甘い事……」
「えっ? それは出し巻きで……(ぱく)……甘い? うわっ、また間違えたーっ!!」
「ええっ?」
―――どうやら焼き間違えたようでした。それにしても、どうして出し巻きと普通の卵焼きを間違えるのでしょうか? 焼き方、結構違った様な気がしますけれど。
「姉様、明日からわたくしも手伝いますわ」
「そ、そうしてくれ……」
こうして姉様とお話が出来ると言う事が、本当に幸せです。父様と母様が失意のうちにお亡くなりになってから、わたくしはずっと一人でした。埋まらない寂しさを抱えたままの日々に、突如飛び込んで来た、姉様の知らせ。その時、わたくしはどれほど嬉しかったことか。
(今、こうしていられる日々……)
それを守るための剣が在り、それを脅かす者たちがいます。それなら、
「姉様」
「?」
箸を加えたまま、姉様が顔を上げます。そんな姉様に向かい、わたくしは自分の決意を告げました。
「もし戦いが起こったなら、わたくしも及ばずながら、力をお貸しします。どうか、ご遠慮はなさらないでください」
「………」
しばしの沈黙。ややあって、
「わかった。その時は、頼むな」
そう言って、姉様は微かに笑いました。
「不覚を取ったか……俺とした事が」
ぶつぶつ言いながら、俺は街を歩いていた。スザクに似た少女―――アオイというらしい―――に一杯喰わされたのはついこの間の話。
あの後よくよく考えて見ると、俺は拳銃など持っていなかった。くそ、俺とした事が油断した。あの眼を見ると認識や感覚がかく乱され、外部情報が役に立たなくなる。というか、解除されないと、認識を操作されているという自覚すら持てない、最高に厄介な能力だった。しかも射程が不明。
(
ジングウの奴め、ここぞとばかりに嫌味を言いやがって)
この間報告に立ち寄った際、出くわしたジングウに散々嫌味を言われた。人が失敗したとなると途端に調子づく。奴の根性はきっと、ドリルのようにねじくれているに違いない。それでいて独自に生体兵器を回収したり、スパイに仕立て上げたり、パワードスーツを開発したりと、何がしたいのかさっぱりわからん。ともかく、警戒を怠るわけにはいかん。
「まったく、ままならん世の中だ」
「かーらすさんっ、こんばんわー」
「誰が鴉……何だ、お前か」
突然横から声をかけられた。顔を上げて見ると、そこにいたのはトキコだった。……が、何でそんなに楽しそうなんだ?
「どうした、やけに機嫌がいいな」
「んっふふ~、でしょ?」
ノリがいつもと微妙に違う。これは何かあったな。聞いて見るか。
「何かいいことでもあったか?」
「そうそう。でも、内緒ねっ」
「何だそれは? 気になるだろうが」
何度か聞いて見たが、流されるばかりで答えが返って来ない。「鳥さん」がどうのと口走ったきりだ。いい加減疲れて来た、ここらで切り上げるとしよう。
「ま、いい。それより、いかせのごれ高校で何か動きはあったか?」
「動きって……鴉さん知らないの?」
「何かあったのか、おい」
そんな意外そうな顔をするな、仕方がないだろう。俺のところに連絡が来るのは珍しいことだ。伊達に暇人と呼ばれてはいない。いや、自慢ではなく。
「なにそれ……ま、いいか。あのねー」
呆れ顔のトキコから齎されたのは、謎のライダースーツが「スイネ」なる女子生徒を襲った事、その少し前に、かつて放棄されたはずの人造人間が転校生として現れたこと、そして俺に一杯喰わせたアオイという少女も同じ日に現れたことだった。
どれもこれも初耳だ。どういうことだ。
「そのスーツは何だ? 新兵器か?」
「知らない。そんな話は聞いてないよ」
スイネという女子については、能力者であるという以外の情報はなかった。
ライダースーツはそいつを狙ったらしいが、前後の事情が不明。一体何が起きている? 奴か? それとも俺達が知らないだけか?
(……これは、もう一度足を運ぶ必要があるな)
俺はトキコに別れを告げ、その場を後にした。
「……旅行?」
某日、とある喫茶店。その男は、隣に座る少年から話を聞いていた。
「ああ。例の
レストラン、今度全員で旅行に行くんで、しばらく休みらしい」
「そうか。また行こうと思っていたが、残念だ。……話はそれだけか?」
男が問うと、少年は「いや、ここからだ」と答えた。
「マナから聞いたんだが……不幸を呼びよせる能力の持ち主が参加するらしいんだ」
「何だそれは? 何の意味があるんだ、その力に」
「知らないよ。能力がその人のためにばかりはならない、ってことの証明じゃないかな」
言い得て妙だ。全ての能力が、能力者自身に益となるとは限らない。ナイトメアアナボリズムなど、その最たるものだろう。
「それで、あなたに頼みがある」
「俺に行けと? それは構わんが」
「それならありがたい。すぐにでも行ってやってくれ」
カラン、とグラスの中の氷が鳴る。男は目を―――見た者全ての能力を封じるその目を少年に一瞬だけ向け、言った。
「わかった。これから行くとしよう」
「了解。スザクとゲンブの方は僕が止めておくよ」
「そうしてくれ、エイト」
「任せてください」
「……?」
その日、いつものように窓際で読書に興じていたマナは、店内に入って来た「その人物」を見て目を眇めた。
見た感じでは20代後半に見えるが、雰囲気はかなり老成している。
無精髭が目につき、墨を流したような黒髪は、やや雑ながらも切りそろえられ、その眼は闇そのものの如くやはり黒い。ジーンズの上下を纏うその体は、小柄なマナからだと、見上げる程大きい。
何よりも、気配がほとんどなかった。流れた空気が頬に当たるまで、その男が入って来たことにまるで気付かなかった。
「おっ、いらっしゃーい。ご注文は?」
カウンターにいた店長が応対する。
「アイスコーヒー。ところで……」
「ん?」
厨房に戻ろうとした店長に、男はさらに声をかける。
「全員で旅行に行くらしいな?」
「ああ、そのつもりだけど」
「知人から聞いた。不幸を呼ぶ能力者も行くらしい、とな」
途端、店長の目が鋭い輝きを帯びる。
「……それ、誰から聞いた?」
「誰でもいいだろう。それよりも、俺も同行させてもらうが、構わんか? 無論自分の分は出す」
あまりに突然の切り出し方に、店長はもとよりマナもきょとん、とした。
「な、何をいきなり」
「連れて行って損はないと思うが」
そう言って、男はす、と何かをカウンターに差し出した。マナからは見えない位置のその紙―――名刺には、こう書かれていた。
――――異能殺し、いかせのごれに現る。
最終更新:2011年03月13日 14:46